第13話:そもそもの耳鳴りの原因。

好人の家にはサラダと言うポメヨン「ポメラニアンとパピヨンのミックス犬」

がいた。


小学生の時、好人がホームセンターへ行った折、なにげにペットショップ

コーナーの前を通った時、そこで目に止まったのがサラダだった。


子犬のプロフィールを見るとポメとパピのミックス犬と書いてあった。

黒毛が濃い目の、めちゃ可愛いミックス犬だった。

他にも犬や猫はいたが、なぜか好人は、その子犬だけが他の子と違って見えた。


値段は8万円。

たいがいのペットショップで売ってる子犬は20万とか30万くらいしたりする。

ミックス犬だったからって理由で値段が安かったんだろう。


これは連れて帰らなきゃ、そう思った好人は、すぐに母親に電話して詳細を

説明した。

最初、母親はしぶったが、好人の一生懸命な説得に、不承不承、それじゃ〜

と買うことを許した。

すぐに母親が来てお金を出してくれて好人はミックス犬を買って帰った。


好人はその子犬に「サラダ」と名ずけた。

だからサラダとは子犬の頃から一緒に暮らしてきた。


好人がサラダを亡くした時は、サラダはすでに老犬「おばあちゃん」になっていて

耳も目も不自由だった。


台風が近ずいてたある日のこと、まだ台風は来ないだろうと思った好人は雨が

降らないうちにと思って、やめておけばいいのに傘を持ってサラダと散歩に

出かけた。


毎日の散歩が好人とサラダの日課だった。


サラダとの散歩から帰ってきた好人はサラダのハーネスを外してやって

いつものように水をあげようと、ほんとに、ほんの少しサラダから目を離した。


その隙にサラダがひとりでいなくなった。


好人の家の前には幅が4メートルほどある大きめの人工の河が流れていて、

人が落ちないようガードレールが、ほどこしてあった。


好人が、いなくなったサラダを探していると、誰か近所の人が「どこかの犬が

川に流されてるよ〜」って叫んだ。


好人はすぐにガードレールに駆け寄って、あたりを見回すと河口の方に流されていく

サラダの姿を発見した。


サラダは目が見えなかったせいで、ガードレールの隙間から河に落ちたらしかった。


台風が近づいてることもあってか、河の流れはいつもより早くて、流れに逆らって

泳ぎきれるほどの力は老犬のサラダには残っていなかった。


好人はパニックになりそうになったが、自分を落ち着かせて何かサラダを救いだす

方法はないかと考えた。

だが、気持ちが焦るばかりで、サラダが流されていく光景を、なにもできない

まま、ただ見ているしかなかった。


いっそ河に飛び込もうと思った時、 近所に工事に来ていた役所の人が持ってきた

ハシゴを使ってサラダを救いあげてくれた。


助かったサラダは溺れずにすんだが、息絶え絶えだった。

好人は役所の人にお礼だけ言ってすぐにサラダを病院へ連れて行った。


獣医さんの診察では、サラダは肺には水が溜まっているらしいことがわかった。

歳のことも考えると回復は望めないだろうと言うことだった。

今日1日はもたないかもしれないって宣告された。


獣医にも、もうなすすべはなかったようだ。

泣く泣く好人はサラダを連れて家に帰ってきた。


犬用のベッドにバスタオルを数枚か敷いてサラダを寝かせてやって、

なるだけ暖かくしてやった。


サラダは、一生懸命生きようとがんばったが、間もなく苦しい息の中、

好人の腕の中で与えられた命を全うした。


「サラダ・・・ごめんね・・・怖かったよね、苦しかったよね・・・ごめん」

「僕は君を守れたかった・・・」


とめどなく涙があふれた。

好人はサラダを救えなかったことで、自分を責めた。


あんなに自分が無力で何もできないことって・・・目の前で大事なサラダ

が苦しい目にあってるのに自分はただ手をこまねいて見ていただけなんて・・・。


こんなに悲しくて胸が詰まる思いはもうは二度としたくない、そう思った。

それ以来、サラダのことを思い出すと好人は耳鳴りがするようになった。


そもそもの耳鳴りの原因はそれだった。

病院へも行ったが、耳鳴りが治る気配はなかった。

その耳鳴りのせいで、好人はコシュマールヴィルへ飛ばされることになった。

耳鳴りもそうなんだが、偶然にも歩道橋自体が悪夢の街と人間界を結ぶ境界線に

なっていたことは好人にも分からないことだった。


好人は、今さっきルシルと揉めたことで余計、やるせない気持ちになった。

耳鳴りはもう出なくなっていたのに、そんなことがあったせいでまた耳鳴りが

し始めた。


すぐに収まるだろうと思っていたら、耳鳴りはどんどん大きくなっていった。


「まただ・・・」


「え?なに?」


ルシルはなにが起きたのか分からず、好人の様子をうかがった。


「耳鳴りだよ・・・」


好人は声を出すのも辛かった。


「なんだって?」


「また、耳鳴りが始まった 」


「ヨシト・・・大丈夫?」


耳鳴りは、治るどころかどんどん酷くなり始めた。


「なになに・・・?ヨシト・・・どうしたんだ?」


アザゼルが言った。


ルシルのダチは事情を知らないから、何が起きたのか分からないまま心配そうに

好人を見ていた。


「また耳鳴りがし始まったみたい・・・治ってきてるって言ってたのに・・・」


そう言うとルシルは、そこにしゃがみこんだ好人の顔をのぞきこんだ。


「ヨシト・・・ねえ、大丈夫?」


好人は我慢できなくなって思わずルシルの腕を掴んだ。


「ルシル・・・」


ルシルは、今にも倒れそうになってる好人の体を支えた。


と、その瞬間だった。


目の前が真っ白になったと思ったら好人は急に気を失った。

歩道橋で起きた出来事と同じだった。


「・・・・・・・」


どのくらいの時間が経っただろう・・・。


「おい・・・おいヨシト・・・ヨシトったら・・・起きて・・・ヨシト」


それはルシルの声だった。

ルシルに名前を呼ばれた好人は、ハッと気がついて周りを見渡した。


「どうなったんだ・・・?」


ゆっくり体を起こすと、またルシルの声がした。


「ヨシト・・・あんた、私を一緒に連れてきたわね」


つづく。

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