第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 2-7

 先生はこの状況をただ単に面白がっているだけでしょう?

 ……という言葉を飲み込んで、雪緒は目をきらきらさせている中津川をじっと睨んだ。曰く付きの品を前にすると、中津川はいつもこうやって子供のようにはしゃぐのだ。

「私としては、一刻も早く鑑定を終わらせて、甲斐くんに買い取ってもらいたいところだ」

 英一はさもそれが当然のように言った。しかし中津川は首を振る。

「鑑定の結果、ただの古い西洋画ということもありえますよ。誰かの悪戯とか、もともと絵に何かの仕掛けがしてあったとか、そういう『作為』の可能性があります」

「ただの絵だと分かったなら、それはそれで変に怖がらずに済む。私は結論が出るまでしっかり鑑定すればいいと思うが、よし香はどうだ? この絵は、お前の持ち物だ」

 英一に話を振られ、よし香は小さく頷いた。

「わたしも、お父さまと同じ意見です。おじいさまが遺してくれた絵を悪く言いたくはないのですが、このままではどうにも怖くて……」

 よし香の気持ちは雪緒にも良く分かる。いくら祖父から贈られたものでも、あんな不気味な絵はとても直視できない。

「そうか。なら、もっと時間を掛けて中津川くんに鑑定してもらおう」

 英一は深く頷いた。これからの方針は、その一言で決まったようだ。

 雪緒は中津川の着物の袖をちょいちょいと引いた。

「先生、これからどうしましょうか。鑑定を続けると言っても、一体これ以上何を見ると言うんです?」

「そうだねぇ。できれば僕は、この絵が涙を流している、その瞬間を見てみたいんだよ」

 中津川は長い指を顎に添え、再び絵を見上げた。

 先ほど見た通り、絵の中の少女は今は泣いていない。頬に微かに紅く濡れた跡が残っているだけだ。

「確か、絵の異変を発見したのは夜中だとか言ってたよね。その時間なら、また泣くかもしれない」

「つまり、一晩監視するということですか? なら、絵を工房に持ち帰って……」

 言いながら雪緒も絵を眺め、言葉を濁した。

 この絵は持って帰るには聊か大きすぎる。それどころか、壁から取り外すだけで一苦労だろう。仮に何とか持って帰れたとしても、中津川工房に納まりきるか分からない。

 絵の持ち主であるよし香も難しい顔をした。

「お持ちいただいても構いませんが、動かせるかどうか……。ここに掛ける時はおじいさまの伝手で専門の運搬屋を雇ったのです。それでも一日がかりでした。今はもうおじいさまはいませんから、動かす術がありませんわ」

「なら、うちに泊まればいい」

 会話に割って入ったのは英一だった。

「え、いいんですか?」

 雪緒が訊き返すと、英一の顔に笑みが浮かぶ。

「もちろんだ。鑑定のために必要なことだろう? 部屋はいくらでも余っている。なんなら食事などもこちらで出そう。いかがかな」

 申し分ない提案だったが、雪緒は一応中津川の顔を窺った。中津川はうんと一つ頷いて、英一に向き直る。

「ありがとうございます。そうさせていただけると助かりますね」

「決まりだな。お梅に部屋を用意させよう。一人部屋でも二人部屋でも、どちらでも構わないが、どうするかね」

「ああ、そのことですが……夜は、できればこの部屋に泊まりたいのです」

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