第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 2-2

「ここ、ですよね?」

 山本家の門を見て、雪緒は少し呆然とした。

 想像していたよりずっと大きな家だった。しかも完全なる洋館で、煉瓦がふんだんに使われており、どこもかしこも西洋の香りがする。

 この明治の世でも、帝都の大部分はまだ旧時代からの長屋や木造の日本家屋で占めらている。ここまで見事な洋館は珍しく、ついつい見入ってしまった。

「僕たちが鑑定するという話は通ってるみたいだし、玄関の方へ行ってみよう。……疲れたから、早く座りたいし」

 中津川は豪華な建物にさほど尻込みすることなく、大きな門をあっさりと開けてさっさと玄関へ向かって歩いていった。雪緒も小走りで追いかける。

「すみませーん!」

 雪緒が玄関の前で叫ぶと、ギィーと音を立てて重そうな木製の扉が開いた。

 中から出てきたのは、茶色い着物に白い前掛けをした年配の女性だった。恰好からして、山本家の女中だろう。

 その女中にぺこりと頭を下げてから、雪緒は言った。

「こんにちは。あの、ぼくたちこのお宅にある絵の鑑定をしにきました」

「あら、そうでしたか。はい、旦那さまとお嬢さまから伺ってますよ。どうぞこちらへ」

 女中は雪緒に向かって優しく微笑み、扉を大きく開けてくれた。

 山本家は、洋館らしく靴を履いたまま上がるようになっていた。玄関を入ったところは吹き抜けの空間で、二階へ続く階段が見える。

「ここでお待ちください。旦那さまとお嬢さまを呼んでまいります」

 玄関から見て一番手前にある部屋に雪緒たちを案内すると、女中は一礼して去っていった。

 通されたのはどうやら応接間のようだ。

 ちょっとした運動ができそうなほど広い部屋だった。大理石の卓子テーブルと天鵞絨張りのソファが、真ん中にどんと置かれている。部屋の一番奥に設けられた大きな窓からは、緑豊かな庭が見えた。

「あー、ようやく座れた……」

 中津川は袴の裾がだらしなく乱れるのも気にせず、ソファに埋もれて大きく息を吐いた。少し歩いただけでこの体たらく。雪緒は呆れてものも言えない。

「それにしても大きな家だねぇ。山本家の前の主はすごい人だったんだな」

 山本家については甲斐から一通りのことを聞いただけだが、それによればこの屋敷は、今は亡き前当主が生前に建てたものらしい。前当主が亡くなったあとも、遺された現当主とその娘が不自由なく暮らせるほどの財産があるとも言っていた。

「前の当主は帝大の教授だって言ってたよね。教授ってそんなに儲かるのかな。雪緒くん知ってる?」

「さあ。ぼくは知りませんよ」

「じゃあ、雪緒くんの実家と、ここ。どっちが大きい?」

「……は? えぇっ? ご、ごほっ」

 突然の問いに、雪緒はむせてしまった。中津川はにやっと意味ありげな笑みを浮かべている。

「な、なんでいきなり、ぼくの実家の話を出すんですか」

「雪緒くんなら大きい家に慣れてるだろう。何といってもきみは……」

 骨ばった指が、雪緒の頬に触れた。中津川は雪緒の顔を引き寄せ、耳元にそっと唇を近づける。

「きみは、本当は華族のお嬢さんなんだからさ」

「ひゃあっ!」

 暖かな吐息が耳朶を掠め、あまりのくすぐったさに雪緒は悲鳴を上げた。耳を押さえながら飛びのき、元凶を睨みつける。

「もーっ! 先生ってばいきなり何するんですか!」

「内緒話だよ。雪緒くんの正体に関わる話だからね。他の人に聞かれたら困るだろう?」

「そりゃそうですけど……って、いやいや! もっと他にやり方があるでしょう?!」

 いくら鋭い視線を飛ばしても、中津川はまるで意に介していないようだ。ソファに深く腰掛け、にやにやしながら雪緒を上から下まで舐めるように眺めて言った。

「やっぱり、実家の話は厭かな?」

「厭です!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る