【KAC20235】筋肉【一応「歴戦の猛者」で応募したいと思います】

あんどこいぢ

筋肉

 マルタン爺は覚悟していた。今夜は荒れるな、と……。

 午後に新国王の戴冠式があり、王子の守り役だった女戦士たちもそのまま近衛騎士団に昇格、……との下馬評だったのだが、彼女たちは解任された。爺の<喜望峰>亭はそんな彼女たちの溜まり場だった。

 因みに問題の近衛騎士団としては、先の王に仕えた騎士たちが留任するのだという。

 王宮には第二王子を立てようという勢力もあり、この状況は新国王にとって、やはり剣呑な状況だった。


 オマケに先の王は突然死である。

 愛妾のベッドで腹上死、という噂だ。当然謀殺の噂も立っている。そしてこの店の常連客たちも、そうした噂の支持者たちだった。その女戦士たちも含めて……。


 四半刻後マルタン爺は、おやおや、やはりな、と嘆息する破目になった。

 元ヤン王子つき女官長ヘルガは、扉を蹴っての御来店だった。同時に怒声──。

「親父いいっ! 酒だあっ! こいつらにもなあああっ!」

 続いて三人、ゾロゾロ入ってくる。

 世継ぎの守り役──。いずれも絶世の美女たちなのだが……。

 まず眼を惹くのは彼女たちの服装である。服装? とはいえ肌を覆うのは胸と腰周りの僅かばかりの革だけ……。文武両道! 王子の武のほうの指南役でもある彼女たちは、まさに最強の戦士たちなのだが、しかし、騎士ではない。となれば蛮族の戦士たちとどうよう、自分の肉体を美しい盾、そしてサーコート代わりにするしかなかった。

 焼けた肌──。割れた腹筋──。

 そうそう。彼女たちは肩当てもしていた。折り返しの裏地がやや明るい縁どりになり、それはそれなりに美しいいで立ちだった。

 さらに剥きだしの肌から立ちのぼる女たちならではの香気──。荒々しい御登場だったが、他の客たちの相好が崩れる。


 女官長ヘルガが卓の上に脚を投げだす。一人をのぞいて皆も倣った。卓を雌蕊に強靭な花が咲いた。視線を遊ばせ、一人ごちるように女官長は呟く。

「あのバカ……。テメエが置かれてる状況、解ってんのかねえ……」

 それを受けたのはまだ少女といっていいような女官だ。しかしやはり脚を投げだし、乙女っぽさなど微塵も感じられない。その名をパミラという。

「彼、僕ァこのまま消えちまったっていいんだけどな、なんて、言ってたけどな……」

「冗談じゃないねえ……。俗に乗りかかった舟だなんてゆうけど、<ヤン王>号が沈むときゃァ、私らだって一蓮托生なんだ……」

 ヘルガは波打つ金髪──。パミラは漆黒のストレート──。二人とも騎乗の際は、その髪をマントのように風に靡かせる。

 赤毛の女官もいた。縮れ加減でこちらは短髪──。

「辺境に食ってけるだけの土地をもらって、あとは晴耕雨読だなんて、完全にお花畑な発想よねえ……」

 彼女の名はサラ──。左の頬に涙の跡のような刀傷がある。

 晴耕雨読、そしてお花畑という言葉に、ヘルガ、パミラが、ある感情を触発されたようだ。

「ケッ……。アイツに畑仕事なんかできるもんかよ。蜘蛛がでたと言っちゃピイピイ泣き、蜂がでたと言っちゃピイピイ泣き──」

「あらでもそれは、お姐さんの白星じゃないわ。だって彼、勝手に泣いただけなんですもの……。私は彼の鼻に蛞蝓くっつけてやってね──」

 白星……。要するに彼女たちは、自分たちが仕える王子を泣かせた回数を、自慢し合っているのだ。とはいえそれも教育なのかもしれない。武門の嫡子が蟲に怯えているようでは、お話しにならない。

 ちょうど酒の椀がきたので、しばらく王子イジメの話題になった。椀を高く掲げ、大いに盛り上がった。


 一見地味だが、もう一人の女官が一番目立っている。彼女の名はアンナ──。東方系美人で、薄茶の髪を無造作に束ねている。

 しかし脚を投げだしていないのは彼女だけなので、結果的にかえって目立ってしまっているのだ。

 それに彼女は王子の文の指南役でもあり、古代語、東方語、共通語など十数種類の言語に長け、用兵術なども教えている。そして言葉だけで王子を泣かせることができるのは彼女だけだと、他の仲間たちから一目置かれているのだった。

 だが今夜……。彼女の声音は少々悲痛である。

「彼ね、エルメスブルク伯夫人にちょっと憧れてるとこがあるのよ……」

 ヘルガ、パミラ、サラの声音もフッと落ちる。

「四十のババアじゃないか……」

「先の王様、それに第二王子ブラン様との二股女で……」

「でも美人よね……。ホント……。あの歳なのに、信じられない……」

 四人の美女たちがフーッと溜め息を吐く。アンナが先を続けた。

「二人の夫に先立たれた傾国、傾城の女でもあるわ……。二度目の嫁ぎ先はまさに一揆で焼けだされ、遠い血すじを頼ってこの国まで逃げてきたのだけど……。なんだって先王はあんな女を……」

 女官長ヘルガが居住まいを正した。パミラ、サラもそれに従がう。

「もう時間がない。今夜この店をでるなり殺るよ。クーデターだ」

 さらに声音を落としての発言だったが……。とはいえマルタン爺の耳には聴こえてしまったようだ。やれやれ、大荒れだ……。予想以上の大嵐になったな……。


 戴冠式の喧騒もようやく終息に向かい始めた深夜──。それでも遠く、あるいは近く、喧嘩の声などが聞こえてくる。

 正面の跳ね橋の左右に留任になった近衛騎士団の騎士たちが二騎──。赤い地に黒い縁どりのサーコート──。右手の一騎が動いた。

「これはこれは女官長殿! 皆様はすでに解任されたはず! 騎乗のままでの入城は認められません! 下馬を──」

 ところが歩を速めたヘルガの騎馬を観て、慌てて腰の剣に手を遣る。が、すでに遅い。

 ヘルガの剣がその首を薙いだ。

 後ろ脚で屹立した彼女の馬が嘶く。

 城内に走り込もうとした左手の騎士の背を、サラの槍が突いた。

 あとは一気呵成だった。

 騎乗のまま回廊に駆け込む。そしてそのまま建屋内へと──。

 左右両壁、及び天井に反響する蹄の音──。馬の嘶き──。やや甲高い女戦士たちの鬨の声──。

「ウオオオオオオッ──」

「ウオオオオオオッ──」

「キャホオオオオオッ──」

「オオオオオオオッ──」

 何ごとかと部屋をでた第二王子、いや王弟のブランは、ヘルガの剣に胸を突かれ、寝巻姿のまま果てた。

 その剣を引き抜く一瞬、彼女の二の腕がグッと盛り上がる。まさに蛮族の戦士の腕だ。

「アンナとサラはヤン王の身柄を確保! パミラは私に続け! あの魔女めの首級を挙げる!」

『オオオオオオオッ!』

 女戦士たちの喊声が共鳴する。


 エルメスブルク伯夫人──。ヘルガたち二騎がその寝室に駆け込んだとき、夫人は侍女二人にコルセットを締めさせているところだった。

「アッ……」

「キャッ……」

 侍女二人が手を離すと、コルセットの紐がシュルシュル緩んだ。

 女官長の口もとが思わず緩む。やはりよく肥えているな──。

 それでも夫人は気丈に叫んだ。

「ヘルガ殿! 何ごとですっ? あなたはすでに王子守り役の任を解かれているはず! 下がりなさい! 下がれえええっ──」

 そこへヤン王がアンナたちに連れられてきた。王の御前だということもあってか? 二人とも徒歩で王の両脇を支えている。何やら王自身、引き立てられてきた感が否めない風情だ。

 ヘルガとパミラもようやく下馬し、王と向き合う。

「陛下、まず侍女たちに控えるように言ってください」

「ひ、控えるようにって、へッ、ヘルガ……。お前……」

 ヤン王は口をパクパクしているのだが、彼女は構わず先を続けた。

「陛下、腹を括ってください。ブラン殿はすでに討ち果たしました。そこの魔女めに唆されての、大逆罪です。そして先王薨去の真相究明を──。さらにそののち、魔女めに速やかなる死を賜りますよう──。で過ぎた発言ではありますが、この非常時です。失礼!」

 女官長は再たび夫人のほうに向き直った。夫人もまた口をパクパクしている。口の端から涎が垂れている。が、夫人はそれに、気づいていないようすだった。

 ヘルガが鼻をヒクヒクさせた。

「なんかニオうねえ? どうやらこの魔女、垂れ流してんのは涎ばかりじゃないみたいだよ。陛下の御前で、ホント不敬だねえ?」


 日のでを待ってヘルガたちは城の正門をでた。

 サラの槍の先にエルメスブルク伯夫人の首を刺し、掲げて、ゆっくり駒を進め城市内を経巡った。

 恐怖に歪んだ夫人の首は、とても女の首には見えないシロモノだった。

 ──あれは誰? ブラン王子様?

 ──嫌っ、嫌よっ! キャアアアアッ!

 街の女たちがそんな悲鳴を上げた。王弟のほうが女たちには、確かに人気があった。

 近衛騎士たちもまた悲惨なラストを迎えた。手足の腱を切られ、男娼にされてしまったのだ。晴れて近衛騎士団団長に収まったヘルガが、ある日言った。

「あいつらどこで働いてるんだい? 今度冷やかしにいってやろうかねえ?」

 だがその願いは叶わなかった。

 男のプライドは案外脆い。彼らは半年も生きられなかったのだという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20235】筋肉【一応「歴戦の猛者」で応募したいと思います】 あんどこいぢ @6a9672

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ