第2話 天使

 阿部ほのか。

 それが今家の前に居る女の子の名前。

 特に喋ったことも無いし、そもそも

 なんと言っても、彼女は学校のマドンナと言う枠を超えて、この辺の地域のマドンナまであるからだ。

 顔は、可愛さと美しさを兼ね備えた最強の容姿端麗。親は中規模の会社の社長を務めていて、経済的にも裕福。

 勉強も、毎回学年一位で全国模試では2年生の時点で難関大学のA判定を貰っている。

 運動もできるし、人当たりも良すぎる。

 そんな彼女のあだ名は、シンプルに『天使』と言われている。


 そんな『天使』がうちに来た。

 なんの要件なんだろうか。

 社会の不適合者になり始めている私に天使の審判を下しに来たのか。

 地の底まで落ちきった私をお救いに来たのか。


 私は玄関の扉を開ける。


 家には両親は居ないため、両親の目を気にする必要は無い。


 扉を見ていた阿部さんの視線が私の方に向き、阿部さんを見ていた私の目は自然と合う。

 阿部さんは私を見るとニコッと、ウェルカムな笑みを浮かべる。


 それに私は心臓がキュッとなる感覚を覚える。


「こんにちは」


「こ、こんにちは……」


 阿部さんの挨拶に、私は痛む心臓の前に手を置きながらしどろもどろに挨拶を返す。


「お家ここなんだね、私の家と結構近いね」


 阿部さんとの距離は5メートルくらい。

 その距離を、4、3、2と縮めてくる。


「う、うん」


 私は、阿部さんの距離の縮め方から後ずらそうとする体を抑えるのに必死で、言葉を口から出すのすら一苦労だった。

 これが、長い間人と話さなかった代償か。


「いきなりごめんね! ちょっと会ってみたくて」


 私は逢いに来た理由を沢山考えていた。

 しかし、どれも的外れで、本当は至って簡単な理由だったことに気づいた。

 だから、私の応える言葉が無くなる。


「……」


「ていうか……めっちゃ可愛いね……。色んな人から聞いてたけどすっぴんでそんなに可愛いんだ」


 学校には化粧をしていき、その状態で自分は可愛いという自覚はあった。

 しかし、すっぴんを見て──というか、すっぴんを見せる機会がないためすっぴんを可愛いと言われたことがない。

 故に私は、かなり照れた。


「ふふ、顔赤いよ」


 阿部さんは上品に笑う。

 同性の私でも不覚に可愛いと思ってしまうほどだ。異性が見たら恐らく命を落とすだろう。


「今日お家1人?」


「うん」


 今度はしっかりと返事をできた。

 休む前の私は常人以上におしゃべりさんだったのに、落ちる所まで落ちたものだ。


「じゃあおじゃましてもいいかな? ゆうちゃんとおしゃべりしたいし」


 ゆう。

 これが私の名前。

 とても嫌いだ。

 長谷川ゆう。

 苗字も名前も男っぽくて、私のコンプレックスのひとつ。

 自分の名前を思い出したくないまであるくらい、嫌いだ。


「ダメだったらカフェとかでお話すればいいんだけど、いきなりきて連れ出すのもゆうちゃんに申し訳ないしさ」


 私が何も答えずにいると、言葉を追った。

 なるほど、確かにどこかで喋るなんて……読んで名の如く、私のですら、ろくに話せないのに、カフェとかいうアウェイ空間で話すなんてもってのほかだ。


「わ、わかった」


「そう? ありがとう! じゃあ──」


 その時は私は、ハッと思い出した。

 そしては私は「ハッ」と口から漏れていた。


「ちょ、ちょっと待って! 3……5分待って!」


 阿部さんは天使のように笑う。


「今日一大きい声出てたよ」


 恥ずかしい。


「いきなり来たんだし、いくらでも待つよ」


 本当はに申し訳ない。


「準備出来たら呼んでね! 外で待ってるから」


 こうして私は玄関の戸を閉じた。


 しかし、なんで私の家を知っているんだ。


 なんで私に会おうと思ったんだ。


 色んな疑問を思い浮かべながら、私──長谷川ゆうは、女の子とは思えないほど汚い部屋を押し入れの中に一掃する。

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