第19話 守りたかったもの(10)
「それをあなたは利用した。お姉さんの手紙に導かれて三田園さんの遺骨を発見し、同時に、前にそこにあった骨が無くなっていたことに気付いた。それが姉の大切な人の骨だと聞かされていたあなたは、それが蓮華荘にあると踏んだ。
そしてあなたは、姉の前に現れた。妹が突然アパートを訪れて、お姉さんはさぞ驚いたことと思います。顔面蒼白だったかもしれません。ですが、お姉さんはあなたを守りたいと思って手紙を送った人です。あなたが『恨んでない』『あの宿に帰りたくない』と言えば、お姉さんは、迷わずあなたを家の中へ上げたでしょう」
「その後もあなたは何度か蓮華荘を訪ねたはずです。隠した骨を探し当てるには、部屋の中をあちこち探さなければなりません。初めて会う妹が訪ねたその日に、妹を残して家を空けるわけがありません。何度か訪ねるうちに、お姉さんは気を許し、あなたを部屋に残して、育ての母の見舞いに出かけるようになった。一度出かければ、しばらく戻らない。あなたはその機を利用して、遺骨を探して手に入れた」
「遺骨なんて、手に入れて何になるの?」
「人質です。復讐のための」
「三田園さんは、お姉さんが家を出た時期とあなたが生まれる前の性別が分かった時期が重なると気付いて、すぐにあなたに連絡したはずです。そして、お姉さんがあなたを身代わりにして自分だけ逃げたことを知らせた。あなたが復讐を誓ったのは、その時ではないですか?」
あんな親でも、姉が捨てられたように自分も捨てられるのは嫌だと思っていた、そう思い込まされていた――と、穴守花咲は語った。父親による暴力の度に、殺されて、殺されて、その度に死んで、逃げることなどとうに諦め、それでも姉よりかはいいと信じ込んできた。それが唯一の支えだったのかもしれない。それが折れてしまった時の絶望はどれ程深いものだっただろう。それが反動となって跳ね返り、罪のない二人の若者を殺した。その罪を姉に着せ、社会的にも肉体的にも、破滅させなければ収まらない。それ程の憎しみを抱いて――
「あなたは通り魔的に二人を殺害し、首を切り取り、体を山中のどこかに埋めた。重機が操縦できるあなたならそれも容易だったでしょう。持ち帰った首をお姉さんに見せ、『親友の骨を返してほしければ、妹の罪を被って死刑になって』とでも言ったのでしょうか。あなたが実際何と言ったのかは分かりませんが、お姉さんは妹に従わざるを得なかった。蓮華荘で殺されたように見せかけるため、風呂場に血痕を残し、死刑を確実にするために、首をぬか漬けにした。蓮華荘で行われたそれらの行為は、姉妹のどちらがやったのかは分かりません。しかし、凶器を隠したのはあなただ」
「どうしてそんなこと」
「あなたは隠し場所として、天袋を選ぶからです。一昨日、黒岩菖蒲さんの遺骨が、父親の寝室の天袋から見つかりました。蓮華荘から遺骨を持ち出し、父親の寝室に置けたのは、あなただけです」
穴守花咲は、肺の底をつくほど長い溜息を吐いた。
「黒岩菖蒲さんの遺骨は、今日にでも黒岩菖蒲さんの母親に返されます。もうこれで、お姉さんがあなたの罪を被る理由はなくなりました。次の取り調べでは、きっと本当のことを話してくれることでしょう」
馬田は手元のファイルをパタンと閉じる。
「今日の取り調べはこれで終わりです」
「親友……。親友ねえ。二十五年間も放っておいて、何が親友……? ばかみたい」
馬田が供述調書を作成していると、穴守花咲が宙に言う。
「内容に訂正依頼がなければ、こちらにサインしてください」
書きあがった供述調書を提示し、穴守花咲が署名するのを見届けながら、馬田はこの姉妹のあり方を思った。
「父親に逆らった日の翌晩、穴守彩芽さんは墓穴に連れて行かれ、そこに横たわる親友の死体を見せられました。
顔面の皮は剥がされ、指紋を削ぎ取られ、変わり果てた姿になった親友の傍に一人残され、父親に言われた『お前のせいだ』という言葉を信じて、親友の亡骸に一晩中、泣いて謝ったそうです。
そんな場所に戻るには、よっぽど強い気持ちが必要だったんでしょう。三田園さんの死体処理に困って、というよりは、あなたを守りたい気持ちがあったからだと、私は思いたいですけどね――」
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