第18話 守りたかったもの(9)

「あの事件については、姉が黒岩菖蒲として起訴されたんじゃないんですか!?」


 穴守花咲は、肩を震わせ反駁する。


「お姉さんは黒岩菖蒲さんとして逮捕はされましたが、黒岩菖蒲さんご本人は二十五年前に亡くなっていることが分かり、この名義に対する殺人罪は、被疑者死亡で不起訴になりました。


 これに伴い、穴守彩芽さんに対して改めて逮捕状を請求することになりましたが、その際、殺人罪ではなく、偽計業務妨害で申請してもらいました。他人を偽り警察の捜査が大いに混乱させられましたからね。


 なぜ殺人罪ではないのかというと、逮捕したのに不起訴になるというのは、警察にとって不名誉なことでして、私は穴守彩芽さんは少なくとも蓮華荘殺人に関してはシロだと思っていましたから、二度目の失態を恐れるなら、蓮華荘殺人で逮捕状を取るのはやめた方がいいと、若干脅迫まがいの説得を」


「そんなの、どうだっていいんです! だからといって、なんで私が捕まらないといけないんですか!? どこに証拠があって――。大体、私は姉と面識がないのに、どうやって姉の家で殺人ができたって言うんですか!?」


「あなたはお姉さんと面識がないと言い、お姉さんはあなたと面識がないと言います。でもそれは、二人で口裏を合わせた嘘ですよね」


「嘘じゃありません」


「そうでしょうか。先程の死体遺棄容疑についての供述調書には、こう書いてあります。『女性から手紙を受け取り、それを読んだ。記された内容から、差出人はすぐに姉と分かった』 あなたもこれを確認して署名しています」


「それが、なんだって言うんですか?」


「三田園さんからの連絡が途絶え、あなたは姉の行方を知る術をなくしました。そこへ姉を知る女性が現れた。あなたは姉探しのために、学生相手に三十万も積んだ人です。目の前に現れた唯一の手がかりを前にして、黙って見過ごすわけがありません。あなたは女性の後をつけた。そしてお姉さんの居場所を突き止めた」

「証拠がないでしょう?」


「あります」


 波打った空気が鎮まるのを待って、馬田は言った。


「死体遺棄容疑に関しては状況証拠だけでしたが、蓮華荘殺人に関しては、証拠があります」


「証拠って、なんですか?」


「黒岩菖蒲さんの遺骨です」


「遺骨?」

 穴守花咲はあざ笑って言う。 


「なくなっていたんです。蓮華荘のアパートから。穴守彩芽さんは、三田園さんを殺害した後、墓穴に遺体を運びました。そこには黒岩菖蒲さんの遺骨が残されていた。彼女は三田園さんの遺体を置く代わりに、黒岩菖蒲さんの遺骨を布にくるんで蓮華荘に持ち帰りました。それなのに、警察が家宅捜索に入った時には、その遺骨は見つからなかった」


「姉の家に出入りしていたあの女性が持って行ったんじゃないんですか? 三田園さんからあの女性のことは聞いています。黒岩菖蒲さんの母親なんでしょう? 娘の遺骨を見つけて取り返したんじゃないんですか?」


「いいえ。黒岩菖蒲さんの母親は、遺骨が見つかればきちんと供養して埋葬したいと言っています。供養して埋葬すれば、墓石に戒名が刻まれるので分かります。彼女は嘘を吐いていません」


「じゃあ、姉が処分したんじゃないんですか?」


「それこそあり得ない。あの骨は、彼女の親友の遺骨であり、親友は彼女を二十五年間その名の元に守ってくれた恩人であり、自分を娘として受け入れてくれた育ての親の大切な娘です。遺骨を墓穴から取り戻した後、いずれ返したいと思いながらも、娘の死を母親に突き付けることも、その死を自分が招いたと知られるのも、決心がつかずに隠すしかなかったのでしょう。返せなくても、絶対に処分することのない大切なものです」

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