第16話 守りたかったもの(7)
「それじゃ、姉が人を殺したのは、三田園さんが初めてじゃなかったんですね。他に二人も殺していたなんて。姉がそんな人だとは思ってもみませんでした。人を三人も殺したら、きっと死刑になってしまうんでしょうね」
穴守花咲は、物思いに沈みんだようにつぶやく。
「そうですね。残念というべきか分かりませんが、三人殺害すると死刑の可能性が高いでしょう。蓮華荘殺人の場合、残忍性が他に類を見ませんから、裁判になれば、死刑判決を免れるのは、まず不可能だと思います」
「それで、刑事さんは、私に姉の何を聞きたいんでしょうか。私は姉とは面識もありませんし、ほとんど何も答えられないと思いますけど」
「そうですね。じゃあまず、あなたは、何がきっかけで姉探しを始めたのでしょう」
「五月中旬、父が宿の別館建設の計画を持ち出しました。事業を拡大して、お金が欲しかったようです。その時、姉が親に見限られたのではなく、自分で家を出たことを聞かされました。その事実は、私にとって青天の霹靂でした。それまでは、あんな親でも、姉が捨てられたように自分も捨てられるのは嫌だと思っていたんです。いいえ、そう思わされていたのかもしれません。姉に会わなければと思いました。それは衝動的な感情で、特別な目的があったのではありません。姉に助けを求めたかったのかもしれません」
「それで、三田園さんを雇った」
「ええ。彼に頼んだのは、優秀だったからということの他に、彼が学生だったことも理由です。万が一、三田園さんと会っているところを父に見られても、まさか私が探偵を雇って姉を探しているなんて思わないでしょう?」
「三田園さんは度々あなたに連絡を?」
「新しいことが分かる度に、私に電話がありました。連絡は履歴が残らないように、電話にしてほしいと、私から頼んでありましたから」
「三田園さんの調査で、どんなことが分かったんですか?」
「宿で噂になっていた『最奥の少女』という幽霊話が、オカルトな部分を除いて実話だったこと。幽霊の正体が姉だったこと。姉には親友がいたこと。その親友が失踪したこと――」
穴守花咲は、続けるのを躊躇った。
「その他には?」
「以上です」
「そうですか」
これから生まれる下のきょうだいの性別が女だと分かった時期に、姉の彩芽が家を出た――三田園ならこの関連性に気付いてから直に連絡を入れたはずだ。彼女は知っていながら隠した。隠す理由は、それが姉に対する憎しみの根源だから。それが全ての始まりだから。
蓮華荘首切り殺人事件は、自分を身代わりにして逃げた、姉への復讐だ。
馬田は腕時計を見た。午前中に申請した書類がまだ届かない。そろそろ届いてもいい頃なのだが。
馬田は焦燥を隠して長瀞三十穴殺害事件のファイルを開き、最近追加されたページをめくる。
「これは三田園さんの名誉のためにお伝えしますが、その後、穴守彩芽さんの前の住居を探し当てています。
そこでお姉さんに会い、あなたに謝るべきだと迫り、お姉さんの肩を後ろからつかんだ。お姉さんは、父親にされたことがフラッシュバックしてパニックに陥り、デスクに置いてあったライトスタンドで頭を。そのあと、憑りつかれたように肋骨や四肢の骨が傷つく程に包丁で滅多刺しに。取り調べ中にも同様のパニックを引き起こして、トドメという言葉を呪詛のように唱え続けてました。『あの時、父親を殺さなかったからいけなかった』という言葉も聞かれました。そこには、呪いと後悔の念が込められていたように思います。頭蓋骨陥没で既に絶命していた三田園さんに、何度も包丁を突き立てる間、お姉さんに見えていたのは父親だったのでしょうね。お姉さんに、もしあの時トドメを刺していたら、どう違ったかを聞いたとき、お姉さんはこう答えました。
『あの時、父を殺していたら、あやちゃんは今も生きていて、『お母さん』を『あやちゃんのお母さん』と呼んでいて、私は穴守彩芽のままで、『花咲さん』を『花咲』と呼んでいたと思います』
あやちゃんというのは、彼女の親友の黒岩菖蒲さんのことです。お姉さんは、黒岩菖蒲さんの戸籍に隠れて、自分を生きることなく、この世から消えた人間のように生きていました」
これを話す間にも、穴守花咲の華やかで可愛らしい雰囲気は、瞬く間に憎悪に侵されて歪んでいく。
「やめてください。聞きたくありません」
拒絶の言葉を口にして、顔を背け、強張った頬に唇が戦慄く。
「お姉さんは、三田園さんから別館建設の件を聞いたそうです。三田園さんを殺してしまった後で、我に返り、あなたのことを守りたいと思った。そのために三田園さんの骨を利用することにしました。彼女もどこか心が壊れてしまっていると思わずにはいられませんが、それでも、あなたを守りたいという気持ちは本物でした。三田園さんの骨を使って、別館建設を中止に追い込むことを思いつき、あなたに容疑がかからないように知恵を絞って、あの手紙を書いたんです」
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