第14話 守りたかったもの(5)

「手紙は丁寧な字で書かれていた。それが分かるあなたは、内容にも目を通したはずですね。十秒足らずで読み終わる内容です。何と書いてあったのでしょうか」


「『夏が終わったら、あの穴に来てください。骨の模型を置いておくからあなたの役に立てて』 そんなようなことです」


「どういう意味だと思いましたか?」


「意味が分かりませんでした。夏が過ぎて見に行ってみれば、そこに骨の模型がありました。でも、模型なんて何の役にも立ちませんから、事務所の裏に捨てたんです」


「あの骨が模型だと思っていた。模型なんて役にも立たないから捨てた。変ですよね」


「役に立たないものを捨てるのが、変なことですか?」


「いいえ。変なのはそこではなくて。墓穴に置かれていた骨の模型。墓穴に骨の模型なんて、普通置きません――なんて、改めて言うと馬鹿げて聞こえるくらいに、明らかにおかしな話です」


「それでも私は、模型だと思ったんです」

「手紙にそう書いてあったから?」


「本物なわけがないと思ったからです。本物なんてあり得ません。本物だったら、人殺しをしたってことでしょう? そんなこと、あるわけないじゃないですか」


「あなたでない人なら、その言い分も一理あります。でも、あなたが言っても説得力に欠けますね。何故なら、あなたは前にも見ているから。見ていますよね? より前に置かれていた骨。土に残った骨の痕跡から、あの墓穴には、女性の遺骨が遺棄されていたことが分かっています。ある人物の証言によれば、あなたはその存在を知っていた」


「黙秘、ですか」


「手紙で骨の模型と称されたものは、後に三田園さんの遺骨であることがわかりました。あなたは三田園さんに姉探しを依頼して依頼料を支払った。その後、三田園さんから連絡が途絶えた。普通なら依頼料を巻き上げてバックレたと考えるかもしれませんが、彼はあなたに想いを寄せていた。あなたもそれを知っていた。彼が連絡してこないのは、彼の身に何かあったから――。間もなくしてお姉さんからあの手紙が届いた。あなたは手紙を読んだ時、お姉さんの言う骨の模型が、三田園さんの骨だとは、微塵も思わなかったのですか?」


「それでも答えてくれませんか」


「なら、あなたは骨を捨てたと言いましたが、いつ、捨てたんでしょうか。その頃、長瀞遺跡では既に発掘作業が始まっていました。現場には多くの作業員がいました。後に第三十七号基と名付けられたあの墓穴は、彼らの前を通らないと辿り着けない場所にあります。日中は多くの作業員の目があったにもかかわらず、誰もあなたが骨を捨てるところを見ていない。作業は人目を盗んで行われた。あなたがあの骨を本物だと認識していたから」


「――嘘は、嘘だと分かるんですよ。本当のことを話してください。あなたは、あの骨を本当に模型だと思っていたんですか?」


 穴守花咲は目を瞑って逡巡し、深く溜息を吐いて、諦めたように言った。


「いいえ」



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