第13話 守りたかったもの(4)

 穴守花咲は、取調室のデスクの向こう側に座って待っていた。服装は留置場で貸し出された灰色のスウェット姿だが、それでも尚、華やかで可愛らしい印象を与える。俯きかげんに左手の人差し指で栗色の髪の毛を巻いていて、右手は手錠でパイプ椅子に繋がれていた。腰には縄を打たれている。


 こんな扱いを受けても、宿に帰るよりマシなのだろうか。


 ふと疑問が馬田の脳裏を過ったが、父親と同居する宿が娼館と称されたことを思い出し、推し量るのをやめた。一課から持ち込んだ何冊ものファイルを、どさりとデスクに下ろして椅子に座る。


「穴守花咲さん、初めまして。捜査一課強行犯係の馬田です。やっとお会いできましたね」


 やっと、という言葉に反応して、穴守花咲は顔を上げた。


「私はずっとあなたにお話を伺ってみたいと思っていたんですよ」

 黒目がちな瞳で馬田を見つめ、不思議そうに尋ねる。

「どうしてですか?」

「あなたには聞きたいことが山ほどあるんです」


 穴守花咲の顔に警戒の色が差したのを見なかったふりをして、馬田は取調べ開始の口上を述べる。


「あなたには黙秘権があります。話したくないことは話さなくても構いません。ここで話したことも、話さなかったことも、証拠になります。証拠は、あなたにとって、有利にも、不利にもなり得ます。ではまず、死体遺棄容疑の件から始めましょう」


 馬田はボールペンのノック部分で資料を二回叩いた。


 この事件では、穴守花咲が骨の模型を本物だと認識していたかどうかが要になる。物証はなく、状況証拠だけで落とさなくてはならない。可能な限り相手から証言を引き出し、それを証拠に使う。


「この逮捕状を見ると、あなたの身柄を確保するために、一ノ瀬が尽力したことが伺えますね」

 馬田は一冊目のファイルを手元に広げ、何気ない微笑みを浮かべて言った。穴守花咲が小さく頭を下げ、可憐な声で返す。

「一昨日の刑事さんに、よろしくお伝えください」


 最初のやり取りは、引き分けだった。馬田は、初めの一言でそれとなく『宿に帰るより留置場の方がいい』と言わせることを狙ったが、相手も慎重に言葉を選んだ。


「あなたの三田園真実さん死体遺棄容疑について、手紙――と聞いて、何か思い当たることはありませんか?」

「手紙、ですか?」

 何のことかと言いたげだったが、馬田が彼女の演技を牽制する。

「知らないふりはなしにしましょう。嘘は、いずれ嘘だと分かります。できれば自ら正直に話してもらえると助かります。手紙と聞いて、心当たりのあることを教えてください」


 馬田の毅然とした物言いから、手紙のことは既に把握されていると悟ったのだろう。穴守花咲は、逡巡した後、おもむろに口を開いた。


「夏になる少し前、一人の女性が宿に私を訪ねてきて、その時、手紙を受け取りました。差出人のない手紙でした」

「差出人不明の手紙。誰からの手紙だと思いましたか?」

「さあ。書いていなかったので、分かりませんでした」

「手紙を届けた女性によると、手紙には地図が描いてあったそうです。地図が示す場所は、三田園さんが白骨化した墓穴でした。あなたの家が代々墓守をしてきた墓穴です。身内の誰か、ですよね」

「……母方の叔父かもしれません。叔父も、父からあの場所を教わっていたようですから」

「母方の叔父――兼松善人さんのことですね。手紙はどんな封筒に入っていましたか? 便箋は何色で、どんな柄?」

「薄桃色の……花柄」

「字は奇麗でしたか?」

「奇麗かどうかなんて、見る人によって違うでしょう?」

「奇麗というのが難しければ、丁寧に書かれていましたか?」

 答えない花咲に、馬田が念を押す。

「あの手紙は、届けた人も見ています。その人が同じ質問をされたら、どう答えると思いますか? 字は丁寧に書かれていましたか」

「……はい」

 当然だろう。初めて妹に宛てた手紙だ。丁寧に書かないわけがない。

「この話はまだ聞いていないかもしれませんが、兼松善人さんは、あなたと同じ日に覚醒剤取締法違反で逮捕されました。これまでに何度か取調べを受けていて、私も担当刑事から彼の為人を聞いているんですが、とても花柄の封筒や便箋を選び、丁寧な字で手紙を書く人とは思えません。父親でもない。母親は亡くなっている。残るのは姉の彩芽さんだけ。単純な消去法です。あなたに差出人が分からないはずありません」


 穴守花咲は決まりが悪そうに他所を向く。


「最初に言ったはずです。嘘は、いずれ嘘だと分かります。できれば自ら、本当のことを話してください」

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