第12話 守りたかったもの(3)

 馬田は、穴守花咲の取調べを午後に控えて、複数のファイルをデスクに広げた。


 二十五年前の黒岩菖蒲失踪事件

 浮田柳瀬が首を切られた蓮華荘首切り殺人事件

 三田園が殺された長瀞三十穴殺人事件

 塩野が殺された鐘撞堂山殺人事件

 穴守花咲による三田園死体遺棄事件


 既に頭に入れた資料だが、改めて目を通し、万全を期す。


 これから真実を明らかにするために――



 時間はあっという間に過ぎた。

 取調室に向かう直前、穴守花咲に対する逮捕状を読み返す。


 まずは、この事件を片付ける。

 本当の勝負はそれからだ。


――――――――――――――――

 逮捕状別紙2の6 被疑者の逮捕を必要とする事由


 被疑者は、前科・前歴なし。

 自宅兼宿泊施設にて父親と同居。

 職業、旅館経営補助、重機操縦士。


 被疑者は、被害者の遺骨の遺棄された場所を知る限られた人物のうちの一人であり、その中で唯一、被害者を知り、旅館の別館建設に反対の立場をとっていた人物である。故に、別館建設を中止させる目的で、被害者の遺骨を移動させた疑いが認められる。更には、被害者の殺害について嫌疑を向けられることを懸念し、その犯罪の重大性を怖れ、逃走の可能性が十分に考えられるため。

――――――――――――――――



 この逮捕状は、穴守花咲の身柄を確保すると共に、本人の意思一つで留置場を出られるように、抜け穴を残して作成されたものだ。


 この部分――被害者の遺骨の遺棄された場所を知る。


 これを読むと、その場所に遺骨があったことを知っていた、という意味に捉えられるが、『墓穴の場所は知っていたが、骨があったことは知らない』と主張すれば、証拠不十分で釈放を望むことができる。


 いや、正確には、望むことができた――だ。


 姉の彩芽が花咲に宛てた手紙に言及したことで、花咲はそこに骨らしきものがあったことを認めざるを得ない。


 あのとき彩芽は、妹を守りたいが故に手紙のことを話したように思えたが、どうやらそう単純な話でもないらしい。手紙のことを黙っていれば、蓮華荘の場所を花咲が知り得たことも分からなかった。黒岩菖蒲の遺骨にしてもそうだ。蓮華荘に持って帰って来たと言わなければ、馬田は架空の真実をそのまま信じていただろう。


 一ノ瀬の言う通りだ、と馬田は思う。

 会ったことのない妹に、風呂場で他人の首を切らせるのか。

 妹への引け目だけで、そんなことまで許すはずがない。

 彼女はただ妹を守ろうとしているのではない。


 三田園殺害と二人の首切り。

 三件の殺人で死刑になる運命を、彼女は静かに拒んでいる。



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