第40話 最奥の少女(8)

「今の質問にはお答えできません」

 馬田が返答を拒否すると、穴守彩芽は、

「今までと逆ですね」と言って薄く笑った。

 馬田は嘆息する。

 この場で笑う相手の神経が理解できない。


「最後に確認しておきたいのですが、あなたは三田園さんを殺害したあと、彼の遺体を、黒岩菖蒲さんの遺骨のあった場所に遺棄した、ということで間違いありませんか?」

「はい」

「その時、黒岩菖蒲さんの遺骨はどうしましたか?」

「三田園さんの遺体と交換で、布に巻いて持ち帰りました。蓮華荘に引っ越してからはキッチンの床下に納めて、いつかはしのぶさんに返そうと思っていましたが、その前に警察に押収されてしまいました」


 それはおかしい。蓮華荘は隅々まで家宅捜索されたが、見つかったのは首を切断した時の凶器と、二つの首。それ以外に遺骨は見つかっていない。だが、ここまで口を割った彼女が嘘をつくとも思えない。


「ところで、黒岩しのぶさんが入院されたのはいつ頃からでしたか」

「蓮華荘に移ってすぐの頃でしたから、七月の始めだったと思います」

「そうですか。早く良くなられるといいですね」


 馬田はいつものように母親の件に触れて、取り調べを終える。供述調書をまとめる間に、穴守彩芽がぼんやりとこんなことをつぶやく。


「刑事さんは信じないでしょう。墓守の家系だから、死者の魂を宿すことができるなんて話」

「個人的には、怨念なら分かりますけど、降霊となるとううんと唸ってしまいますね。あくまで個人的な意見ですけど」

「だからこの寂しさは誰にも分ってもらえません」

「寂しさ。理解者がいないという孤独ですか?」

「いいえ。十日くらい前に、お別れを告げられてしまいました。あやちゃん、お母さんのところへ行くそうです」


 ふと、馬田の手が止まる。それまで、聴取後の雑談に相槌を打ちながら、キーボードを操作していたが、黒岩しのぶの病と余命が思い浮かび、うっすらと寒気を覚えた。


 幽霊など本気で信じているわけではないが、彼女の言うことが仮に一から十まで真実で、黒岩菖蒲の魂が本当に穴守彩芽に宿っていたのだとしたら、彼女を黒岩しのぶのところへ突き動かしたのも、死期の近い母のところへ行こうとするのも、分からなくはなかった。


「今回の聴取はこれで終わります。ここにサインを」


 穴守彩芽は、署名欄に穴守彩芽とサインして、ボールペンを置いた。

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