第35話 最奥の少女(3)
「黒岩しのぶさんが、あなたと血のつながりがないことを認めました。あなたは、穴守彩芽さんですね」
午後の取り調べで、馬田がそう伝えると、穴守彩芽の瞳の中に一瞬、傷ついた色が見えた。
「しのぶさんは、あなたを売ったわけではありません。それは信じてあげてください。それどころか、私があなたに対して向けた嫌疑を、いとも簡単に否定しましてね。『自分の娘を殺した子供を、愛せる母親なんていない』と、言われてしまいました」
「……本当のことを言いましょう。私は、首切り殺人の罪ではあなたをシロだと思っています。ですが、あなたが黒岩菖蒲さんに手を掛け、彼女の人生を乗っ取ったのではと疑っていたのです。それはもう、確信に近かった。
それが、母親のたった一言で覆されるなんて思ってもみませんでした。証拠もないのに、それが真実だと伝わるものがあったんですよ。黒岩しのぶさんは、あなたを心から信じているんですね」
「だから、私も信じてみることにしました。あなたは黒岩菖蒲さんを殺していない。しかし、三田園さんと同じ場所に、女性が遺棄されていた形跡がある。
それが黒岩菖蒲さんだと特定されたわけではありませんが、あの場所は穴守家が墓守として守り、人目から遠ざけてきた場所だそうですね。
穴守家と関わりのある女性で、殺された可能性のある人というのは、限られていないと困ります。ですので、この先は、遺棄された女性が黒岩菖蒲さんだと仮定してお話しさせてください」
「あなたが黒岩菖蒲さんを殺していないのだとすれば、誰が殺したのでしょう。犯人は、あの墓穴を知っている人です。あなたの身内の一人。あるいは二人以上。その頃は、花咲さんは生まれていませんから論外だとして、お父さんか、当時ご存命だったお母さんか、その両方か。家族以外に墓穴の存在を知っていた人がいたとも、限りませんが。なにか心当たりはありませんか」
「ところで、ご存じでしたか? 今、あなたの妹さんが留置場に来ているんですよ。残念ながら、あなたに会いに、というわけではなくて、三田園さんの死体遺棄容疑で逮捕されて留置場におります。あなたとは別の部屋に割り当てられるよう、配慮されているでしょうけれど」
「署の中には、三田園さんの遺骨を移動できた人間は、三田園さんを殺した人間だという考えもあります。妹さんに対する容疑は、三田園さん殺しにまで及ぶ可能性があります。私に言わせれば、それはあり得ないんですけどね。あなたもそう思いませんか?」
穴守彩芽は、パイプ椅子に繋がれた左手の手錠を、右手で弄り始めた。カチャリ、カチャリと金属音が響く。
「そうですよね。黒岩菖蒲さん殺害に何らかの形で関わっていなければ、三田園さんを同じような方法で遺棄することはできないのに、妹さんは当時、お母さんのお腹の中だったんですから」
「私がもっと力のある刑事だったら、推理に耳を貸してもらえるのですが、なかなか難しい職場でして。このまま妹さんに殺人容疑が掛けられてしまうかもしれません。そうなる前に、あなたから、なにか言いたいことはありませんか」
手錠を弄る手が止り、穴守彩芽は拘留二十二日目にして、初めて言葉を発した。
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