第33話 最奥の少女(1)
馬田譲は、病院の駐車場で、携帯の電源を入れた。着信が数件。そのうちの三件は一ノ瀬からだった。折り返して状況を聞くと、穴守花咲を死体遺棄容疑で逮捕したという。
「やりましたね、一ノ瀬さん。穴守花咲は自白したんですか?」
「いや、自白は取れなかった」
一ノ瀬は言葉を濁す。
馬田は首を傾げた。
「父親で落ちませんでしたか?」
穴守花咲は、探偵を雇って姉を探していた。父親に聞けない事情があるから探偵を雇う必要があったのだ。穴守彩芽の周辺で動ける人間は妹と父親しかいないが、別館建設計画を進めていた父親の藤吾に骨を移動させるメリットはない。可能性として残るのは妹だけ。
妹がなんらかの理由で別館建設を阻止するために三田園の骨を移動させた。父の計画に反旗を翻すために、そんな手段に及んだのだとすれば、父親に対して相当弱い立場にあるということだ。父親を聴取すると言えば、自分の行いが父親に知れることを恐れて、自白に持ち込めると踏んだのだが。
「お前のやり方は、俺には無理だったよ」
あまり誇れないことだと思っているのか、一ノ瀬の声がしぼむ。
「俺のやり方が常に正しいってわけじゃないですから。でも、どうやって逮捕に漕ぎつけたんですか?」
「お前の作った資料を使わせてもらったよ。最後に『あの宿に帰りたいですか』と聞いたら、帰りたくないと顔に書いてあったからな」
黒岩しのぶから聞いた
「それで逮捕ですか」
穴守家の姉妹にとって、あの宿の方が留置場よりよっぽど恐ろしいに違いない。一ノ瀬に逮捕を伝えられても、何の抵抗もせずに留置場へ送られる穴守花咲の姿が思い浮かんだ。
それにしても、この先輩刑事は優しすぎて呆れる。
「もし不起訴処分で釈放になったら、マイナス評価を受けるのは一ノ瀬さんなのに」
先輩刑事は、ははと笑う。
「俺は昇進なんてしても、あまり意味がないからな」
『今更、養う家族がいるわけでもない。職場復帰がかなっただけでも上出来なんだ。今は自分の食い扶持さえ確保できていればそれでいい』
馬田は、以前一ノ瀬から聞いた話を思い出し、掛ける言葉に迷う。
「とりあえず身柄確保ってことで、良かったです。俺も事件解決に貢献できるように、力を尽くしますよ」
「午後の聴取には間に合うんだろ?」
「ええ。今から帰ります」
通話を切ると、すぐに次の着信があった。奥山からだ。
「動きがあったか」
「三十分程前に、穴守藤吾が宿の電話ではなく携帯で誰かと連絡を取って、今、事務所に男が入っていきました。電話で呼び出した相手かもしれません。年齢は五十歳前後。タクシー運転手のようです。乗って来たタクシーのナンバーを言いますね」
馬田は携帯を耳と肩の間に挟み、手帳に番号を書きつけた。
「わかった。こっちで調べとく」
「馬田さん。僕、一つ聞きたかったんですけど」
「なんだ」
「なんで僕ら、藤吾を追ってるんですか? マル連と何も関係ないように思うんですけど」
言ってなかったか、と反省する。
「
「そうなんですか!?」
「俺が考えているだけだけどな。穴守彩芽の周辺で三人。藤吾もそのうちの一人だ。接触した男から目を離すなよ? 出てきたら聴取。何の話をしたのか聴いておけ。くれぐれも藤吾に悟られるな」
「了解です」
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