第29話 荒業(3)
「刑事さんは簡単に嘘をおっしゃるんですね。これは、私の罪を問うための取り調べではないと、最初にそう言っていたのに」
一ノ瀬は言葉に窮した。逃げられた――というのが、真っ先に浮かんだ言葉だった。
ここで『自分がやった』と認めれば、死体遺棄容疑で逮捕、起訴されてしまう。下手をすれば、三田園殺しの罪も負いかねない。そんな場面で「はい」なんて、そう易々と言えるもではない。
だから馬田は、『父親を聴取すると言えば落ちる』と言ったのだ。それは、父親に怯える彼女にとって、退路を断つ一手だった。それを一ノ瀬は、『父親には言わない』と約束することで、自ら封じ手にしてしまった。一課の刑事としては、選んではいけない悪手だった。
しかし、不思議と後悔はない。今の聴取で、穴守花咲が父親を恐れているのは明らか。だからこそ、警察官として弱い者を脅威から守りたい気持ちが勝った。『警察にできることがあるなら――』と言ったのは、正義の心からだ。それを言ったのと同じ刑事が、父親を脅しには使えない。
「もう、よろしいですか?」
「最後に一つだけ」
席を外そうとする穴守花咲を引き留めて、一ノ瀬は一つ質問をした。穴守花咲は何も言わずに、諦めを滲ませて微笑む。
その時、一ノ瀬の心は決まった。
相手に向かい合う形で起立し、厳しい口調でこう伝える。
「穴守花咲さん。あなたを死体遺棄容疑で逮捕します。ですから、あなたに帰っていただくわけにはいきません」
馬田の資料と今の証言があれば、嫌疑は弱いが認められるだろう。相手が罪を認めていなくても、逮捕するだけなら、相手の同意も自白も不要だ。
「あなたは、これから最大で二十三日、留置場で過ごすことになります。それまでに、ご自身を見つめ直して、今後どうするのか、よく考えてください。ご自身を大切になさるべきです」
穴守花咲は自嘲的に笑った。
「あなた、普通の刑事さんじゃないでしょう。こんなことをしていたら、出世できないんじゃありませんか?」
一ノ瀬は無言で敬礼して、留置場に連行されていく穴守花咲を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます