第25話 一本の線(5)

 これによって、馬田は自分の推理の裏が取れたことを確認した。彼女の反応もそれを物語っている。彼女が穴守家の人間であるならば、共犯の可能性は、その家族に広がる。


 ただ、気になることが一つだけある。

 馬田は、第三の可能性を考えて、空恐ろしさを感じた。

 しのぶからの手紙のコピーを読みながら、被疑者の前に戻る。


「『娘とやり直します』 黒岩しのぶさんの手紙に、貴女のことがそのように書かれています。しのぶさんは、どういう訳か、貴女を娘として受け入れた。どうして受け入れてくれたんでしょうか。今度、聞きに行ってもいいですか?」

 

 穴守家の長女の目は、蝋燭の火を灯したように揺らいで、馬田は供述調書を作る間、チリチリと肌を焼かれるような嫌な感覚を覚えた。


「サインをお願いします」


 ――黒岩菖蒲


 結局、彼女が書いた名前はこれまでと同じだったが、一文字目の一画目でボールペンが止まったのを、馬田は見逃さなかった。


「ありがとうございました。午後もよろしくお願いします」



 担当が被疑者を連れて行き、馬田が取調室を出たところで、それまで部屋の隅でうつらうつらしていた取調補佐官が隣に立つ。補佐官が眠そうにしている時は大抵、アニメを連続視聴した翌日だ。

「昨日は何を観たんですか?」

「よくわかりますね、さすが馬田さん。昨日観たのは骨に詳しい女の子が主人公の話で、『桜の木の足元には死体が埋まっている』だったかな。あれ? でも、桜の木に足なんか生えてないのに、おかしいですね」

「おかしいですね。どっかなんか違うんでしょうね。とりあえず、アニメのタイトルを間違うくらいなら誰も咎めませんが、職務中に居眠りするのは言語道断です」

「申し訳ありません」

「マル蓮の被害者二名から被疑者との繋がりは確認できましたか?」

「まだ出来ていません」


 進捗を確認したものの、その線は馬田の中で既に途切れたも同然だった。首切り殺人の被害者二名は、大学生という共通点があるだけで、被疑者との接点が全く確認できない。通り魔的犯行である可能性が高かった。仕事を舐めている刑事に本筋を任せるわけにいかない。


「真面目に勤務しない者に、まともな仕事は任せられません。それで構わないと思うような刑事なら、今すぐ辞めてくれて構わないと、俺は思っていますよ」



 ファイルを自分のデスクに置いて、座る前に成川に礼を言った。パソコンで作業をしていた成川は、「役に立ったのなら良かったです」とだけ言い、再び視線をキーボードに戻す。


「奥山、ちょっといいか」

「はい」

 向かいの席の奥山は、馬田に呼ばれて起立する。

「お前、これから穴守藤吾に聴取してきてくれ」

「何を聞けばいいですか?」

「最奥の少女について。そのあと張り込み。動きがあったら追ってくれ」

「分かりました。僕一人ですか?」

「田辺さん、一緒に行ってやってください」

 先程、馬田に手厳しく言われて落ち込んでいた取調補佐官は、涙目を擦って立ち上がった。

「了解です」

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