第24話 一本の線(4)
「馬田さん、成川さんから資料が届きました」
取調室の外から奥山の声がした。
「ああ。今行く」
馬田は、向かいの被疑者と見合ったまま答えると、視線と同時に席を外した。
取調室の外へ出て、奥山からA4の紙を受け取る。
「塩野さんの手記と、あと、それに挟まっていた手紙のコピーだそうです」
「これは助かる」
目を通すと、手記にはあまり教養を感じられない文字で、このように書かれていた。
『黒岩菖蒲が殺された可能性について』
■ 六月十二日
三田園という男が俺に接触してきた。自称学生。考古学を学ぶ傍ら、探偵をしているという。俺に何の用かと聞くと、依頼人の探している姉が、俺の娘である菖蒲に成り代わっているのではと疑いをかけてきた。馬鹿馬鹿しいが、娘が帰って来た後、俺は直接顔を見たことはない。娘の顔を最後に見たのは二十五年前に一度きりだ。
■ 穴守温泉の娘と黒岩菖蒲の接点
二十五年前の六月、元妻の黒岩しのぶが、湯治のために穴守温泉に通っていると知り合いから聞いた。娘も一緒に来ているのではと言うので、俺も温泉に行ってみた。しのぶに姿を見られないように気を付けたつもりだったが、それが怪しい男に見えたのだろう。『おじさん、なにしてるの?』と後ろから声を掛けられた。長い黒髪で、制服を着た少女だった。宿の娘には、右瞼の上に刻まれた深い傷があった。
俺は離れて暮らす娘に会いに来たと言った。その子は穴守温泉の娘で、菖蒲を知っていると言った。学校は違うが、よく温泉で会うそうだ。その子から菖蒲の話を聞いた。宿で飼っていた犬が死んだとき、菖蒲が一緒に泣いてくれた、犬小屋の傍に犬のための墓穴を一緒に掘っていたら父親に怒られたという話や、裏庭に埋めて墓を建てるのを手伝ってくれたという話。聞く限りでは、親友と言っていいような関係だった。
宿の娘が『あの子だよ』と指さした先に、菖蒲と思わしき少女がいた。娘は母親似だった。自分のようなろくでなしに似るよりかよっぽど良かった。宿の娘に『呼んできてあげようか』と言われたが、さすがに断った。それはあまりにも印象的な出来事で、菖蒲の顔も、宿の娘の顔も、忘れることはなかった。
■ 俺の娘の名前=首切り殺人鬼の名前
十月二十八日、蓮華荘殺人事件のニュースを見た。テレビで報じられているのは、俺の娘の名前だった。ただの同姓同名の別人かと思ったが、そうではなかった。別人は別人だが、宿の娘の傷と同じ傷があり、顔にも見覚えがあった。
俺の娘の名を使っているが、顔は穴守の娘。三田園という探偵が言っていたことが真実味を帯びた。だったら、俺の娘はどうなったというのか。
失踪から約半年後に帰って来たと、しのぶの手紙にはそう書いてある。どうして俺たちの娘が、穴守温泉の娘と入れ替わっているのか。母親が自分の娘と認めている以上、離れて暮らす父親の言うことなど認められないだろう。俺は、小さい頃に妻と娘を捨て、娘の成長した姿を見たことがないはずなのだから。
■ 三田園の死
穴守の娘が捕まった後、三田園が白骨死体で見つかった。失踪した時期は今年の六月だと報じられていた。俺に接触してから間もなくのことだ。あの男はあれから更に真相に近付いたに違いない。あの女の正体を突き止め、三田園がそれを暴露しようとして殺されたのだ。首切り殺人を起こすような危険人物だと知っていたら、あの男も安易に近付かなかっただろうに。そうなると、俺の娘も、穴守の娘の手に掛かって殺されたのではないか。
■ 無題
穴守家は墓守なのだと噂で聞いたことがある。たぶん長瀞遺跡のことだろう。穴守温泉は、これまでに二度、あのあたりの山を削って別館建設を計画したが、その度に頓挫している。時を同じくして、一度目は俺の娘が、二度目は三田園が、犠牲になった。あの宿は呪われている。墓守としてあるまじき暴挙に祟りが起きたとしか思えない。いや、そうとでも思わなければ、俺は、娘の親友だったあの子を呪い、この手で締め殺してしまいたくなる。
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