第20話 思い出したこと(3)

「先客というのは、古代の、というわけではなさそうですね」

「残念ながら、もっと最近の人骨です」

 一気に酔いが覚めるのを感じながら、譲が確かめる。

「つまり、遺跡の骨でも三田園さんの骨でもない、別の人間の骨があそこにあった、ということですか?」

「はい」


 譲はグラスを下げて両肘をつき、頭を抱えて深く長い溜息を吐いた。殺人事件がこうも重なれば頭痛がして当然だ。親指でこめかみをぐりぐりと揉み、呼吸一つで気合を入れ直す。顔を上げた時には、刑事の顔に戻っていた。


「どうして、三田園さんの前に古人骨ではない人骨があったと分かったんですか? うちの鑑識も優秀なのが担当したはずですが、その話は初めて聞きました。何か遺留品の取りこぼしがあったんでしょうか」

「いいえ。遺留品はなにも。残っていたのは、物ではなくて形です」

「形――?」

「あの横穴墓の中には、土砂が流入していました。そして、乾いた土砂の中から人骨を取り除いたと思われる形跡が残っていました。例えば、容器の中に何か物体を置いてシリコンを流し込み、固まってから物体を取り除くと型が取れますが、それと同じ原理です。鑑識が撮影した写真の中に、思い当たる写真はありませんでしたか?」

「確かに地面に窪みのようなものは見えました。でもそれは、三田園の骨が残した跡だと報告されています」

「写真の撮り方にもよるかもしれませんね。撮影した角度によって、分かりにくかったのかもしれません」

「角度……」

「私が見たところ、土砂に跡を残した骨は、恥骨下角が広かった。このことから分かるのは、三田園さんの前に置かれていた骨が、女性だということです。他に分かるのは、彼女が白骨化したとき仰向けに寝かされていた、ということくらいですね。型が残っていた部位からは、身長までは読み取れませんでしたから」

 被害者が女性と聞いて、譲はしばらく沈思黙考し、おもむろに尋ねた。


「生吹先生は、穴守花咲という人物を知っていますか?」

 生吹は譲の質問に、グラスから口を放して答える。

「穴守花咲さんですか? 長瀞で挨拶を交わしたくらいですけど、古杉先生から少し話を聞きました。稀有な方ですよね。温泉旅館の若女将でありながら、同時に遺跡発掘現場の重機操縦士だなんて。それに、古杉先生の遺跡発見に至るまでの経緯はご存じですか?」

「ええまあ」

「長瀞遺跡は穴守さんの方が先に見つけたのに、古杉先生の方が相応しいからと言って、第一発見者の名誉を放棄してしまうなんて。そこまで無欲になれる人が、この世の中にいるんですね」

「そんな彼女のことを、生吹先生はどう思いますか?」 

「一言で言えば、不思議です。正確に言えば、興味深いけれど理解に苦しむ」

 生吹は言った後で、辛口のビールを口に含む。

「考古学に携わる者にとって、遺跡の新発見なんて夢物語ですから、第一発見者の称号が手に入ったのなら、死んでも手放したくないものです。それを自ら進んで他人に譲ってしまうなんて、一体どうして――。まあ、そんな風に思うのは、私が研究者だからなのかもしれませんが」

「俺は一般人ですけど、生吹先生の言うことは分かりますよ」

「彼女はもしかすると、遺跡に興味がないのかもしれませんね。研究者や発掘作業員作業員の方が、よっぽど出土品に触れる機会がありますから」

「そうなのかもしれませんね。ありがとうございます。大変参考になりました」

 

 譲はグラスを再び空にしてテーブルに置くと、急いで席を立ち、ダウンジャケットを着込んだ。


「蒼、悪い。そこの鞄取ってくれ」

「兄ちゃん、まさか、これからまた職場に戻るの?」

「ああ。ちょっと調べたいことがある」

 蒼が床に下ろしてあった兄の書類鞄を持って玄関で靴を履く兄に渡す。生吹も続いて席を立ち、蒼の後ろから控えめに見守った。

「蒼、俺が留守の間しっかりやれよ!」

「兄ちゃんこそ、早く事件を解決して、たまには一緒に飯食おうよ」

「そうだな。それじゃ、生吹先生、弟をよろしくお願いします」

 生吹は相槌程度の仕草で答え、二人は同じ言葉で譲を見送った。

「いってらっしゃい。気を付けて」

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