第21話 一本の線(1)

 終電で捜査一課に戻った馬田譲は、今夜当番を務める同僚に軽く挨拶をして、壁際の書類棚から長瀞三十穴殺人事件の資料を当たった。


 長瀞殺人事件――今年六月、行方不明となった学生探偵の三田園真実が殺害され、横穴墓に遺棄され、白骨化した。後に発見された長瀞三十穴遺跡の発掘作業の進行中、何者かによって三田園の遺骨が事務所裏に移され、それを古人骨と誤認した丸山蓮華によって同遺骨が博物館に送られて事件が発覚した。


 ファイルをめくり、横穴墓第三十七号基の地面を撮影した写真を見つけると、馬田はそのページを開いたままデスクに戻った。


 本来、この事件は一ノ瀬の担当だが、三田園の前の被害者が女性だと聞いた瞬間、馬田の脳裏に一つの可能性が過った。


 この被害者が、本物の黒岩菖蒲なのではないだろうか――。


 仮にそうだったとして、黒岩菖蒲に背乗りしている人物がいるということは、黒岩菖蒲の他に、姿を消した人物がいるということだ。穴守花咲は三田園を雇って人探しをしていた。今の黒岩菖蒲と穴守花咲の探し人は同一人物なのでは――?


 だとすれば、長瀞の事件と蓮華荘の事件が、一本の線で繋がる。


 三田園は、少女・黒岩菖蒲と同じ場所に遺棄された。黒岩菖蒲を殺した人物と三田園を殺した人物は同一人物である可能性が高い。三田園が背乗りの事実に迫り、現黒岩の罪を暴いた。その結果、口封じのために殺された――。


 自分の推理を手帳に書きつけて、馬田はペンを放った。


 駄目だ――。

 

 何者かが三田園の骨を事務所裏に移動させたとき、彼女は既に留置場にいたじゃないか。共犯でもいない限り、外部に干渉することはできない。現黒岩に母を除いて人付き合いと言えるようなものはなく、唯一繋がりのある母親は、その頃すでに入院中。


 馬田は参ったというように髪をかき上げて、大きくため息をついた。過労気味の頭で閃いた、ただの空想に過ぎないのかもしれない。自分の事件を早く解決したい思いが作用して、無理なこじつけをしているのかもしれなかった。


 考えるのを止め、現実に戻る。そもそも今の推理は、生吹の証言が正しいことを前提にしたものだ。まずはそこから裏を取らなければならない。


 馬田はネットを開いて過去の天候を調べた。今年、あの地域で土砂が流入するような大雨は降っていない。三田園が殺されたのは最大に見積もっても今年の六月。あの骨の跡が三田園のものでないことは確かだ。この時点で、それを三田園の骨が残した跡だとする法医学者の判断は信頼性を欠く。


 馬田はここまでのことを確認すると、眠くなるまで穴守温泉について調べて、瞼が無意識に閉じる寸前に仮眠室の布団に倒れ込んだ。

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