第19話 思い出したこと(2)

 コンビニで買い物を済ませ、自宅に戻る途中、譲のスマホが鳴った。出ると、蒼が電話やメッセージを返せなかったことを詫びる。

「さっきコンビニで買い物して、もうすぐ家に着く。生吹先生も一緒だから、部屋にいないからって心配しなくていいぞ」

 蒼はそれを聞いて一瞬で目が覚めたらしい。叫び声が譲の耳を貫いた。

「おい、急に大声を出すな。鼓膜が破れたらどうする。夕飯がなかったんだ。生吹先生が外に買いに行くって言うから、お前の代わりを務めたまでだよ。――――わかったわかった。お前から先生を奪ったりしないから安心しろ。文句だったら帰ってから聞くから、テーブルにグラス三つ、よろしく」

 譲は、生吹に聞かせたい部分を敢えて強調して話した。余計な世話を焼くなと、あとで弟に叱られそうだが、本当に迷惑なだけなら何度でも謝ろう。



 マンションに戻ると、ダイニングテーブルにグラスが並び、蒼がしっぽのたれた犬のような表情を浮かべて座っていた。

「ただいまー。蒼、そんな顔するなよ。ほら、おでんとビール買って来たぞ。お前も飲むか?」

 そう言ってビールの入った袋を掲げる。

「飲む」

「お。珍しい。そうだそうだ、こういう日くらい飲まなきゃ。生吹先生も一杯だけ付き合ってやってください」

 譲が生吹に椅子を勧めて、自分も座り、缶ビールのプルタブを引く。

「……なんで缶ビール二本なの?」

「しょうがないだろ? 最初は俺ひとりで飲むつもりだったんだから」

「ひとりで? 生吹先生は?」

「生吹先生は、本当はこの後も仕事なの。ですよね、先生? お前を励ますために付き合ってくれるんだから、感謝しろよ?」

 譲は三人のグラスにビールを満たしながら言う。

「……ありがとうございます、生吹先」

「カンパーイ!」

「兄ちゃん、ちょっと早い」

 と言った瞬間には、譲のグラスは既に傾いて、みるみるうちに鋭角を成し、勢いよくテーブルに振り下ろされた。

「いいから飲め!」

「機嫌がいいね。飲む前から酔っぱらってるんじゃないの? それとも、捜査に進展でもあった?」

「ああ。お前のおかげでな」

 塩野の復顔を思い出したのだろう。蒼は黙ってグラスに口をつけ、苦い記憶ごと飲み干すようにビールをあおった。

「役に立ったなら良かったよ」

 吹っ切れたように言って、空のグラスを置き、再び口を開く。


「そうだ、生吹先生。僕、一つ思い出したんですけど」

「――?」

「長瀞遺跡の視察のとき、三十七号基の中で何を見たんですか? あとで聞こうと思っていたのに、あれから色々あって、すっかり忘れていました」

「――!! そうだった…………」

「生吹先生?」


 博物館所属の法人類学者は、まるで大事な公演を忘れてすっぽかしてしまったかのように蒼白になった。


「あれ。なんか、僕、聞いちゃいけないこと聞きました?」

「いや。むしろその逆。言ってもらって助かったと言うべきか、報告が遅れて申し訳ないというべきか」

「報告?」

 譲が二杯目に口をつけて聞く。

「長瀞遺跡の視察の際、古杉先生に頼んで三十七号基の中を見せてもらいました。その時、これは警察に知らせた方がいいと思ったことがあったんです。もしかすると警察は、既にこの事実を把握しているのかもしれませんが」

「どんなことです?」

「あそこには、三田園さんの前に、先客がいたと思われます」

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