第28話 シラベ室(1)


一ノ瀬いちのせさん、今日予定通り来るっすよね? ウチ」


 捜査一課、一ノ瀬のデスクに馬田まだゆずるが立ち寄り軽く声を掛ける。一ノ瀬はそれまで睨みつけていた分厚いファイルから顔を上げ、後輩刑事の誘いに申し訳なさそうに答えた。


「すまん、行けるかどうかわからなくなった」

「ええー」

 大げさに残念がって見せるが、本当はそれほど驚いてはいない。馬田譲はこの先輩刑事が仕事一筋なことを知っている。プライベートよりも仕事を優先しすぎる男だ。むしろ行けると言われた方が驚く。

「長瀞で動きがあってな、すまん」

「聞きましたよ。新たに骨片が出たとか。それって、新たな被害者が出たってことですか?」

「いや、幸いと言っていいのかわからないが、三田園さんの遺骨の一部だという結果が、科捜研から届いた」

「そうですか。じゃあ、ひとまずよかったっすね。これ以上被害者が増えるなんて勘弁してほしいですし」

「まったくその通りだな」

と言って、やれやれと溜息を吐く。


「他には何もないっすか?」

「ある。例の骨の発送人の件」

「送り主が犯人じゃないかって一ノ瀬さんが疑ってて、送り状の筆跡鑑定したけど、事務所の人間には該当者が見つからなかったやつですよね」

「そうだ。昨日の夜、その件について情報提供したいという電話が入ってな。話を聞きに行くと提案したが、相手が警察に来て話したい、男の刑事は怖いから女の刑事に話したいって言うんだ。だから今、成川なるかわさんが話聞いてる最中だよ」

「わ。その人選、明らかに間違ってますよ。成川さんですよ? 一課のメデューサですよ? 俺たちよりよっぽど怖いじゃないですか。誰ですか、成川さん充てたの?」

「俺」

「一ノ瀬さん鬼。あとで恨まれますよ?」

「相手は情報提供者だぞ? 成川さんだって取り扱いくらいわかってるだろ」

「それはどうっすかね」


 一ノ瀬が書類一式を束ねて机にトンと揃えた時、一課のドアが荒々しく開いた。ちょうど傍を通りかかった若手刑事が驚いて退き、淹れたばかりの珈琲で火傷する。


「成川さん?」


 一ノ瀬は真っ先に声を掛けたが、同期の彼女の顔は馬田譲の言う通りメデューサと呼ぶにふさわしい形相だ。成川はヒールがカーペットにめり込むくらい力強く歩いて一ノ瀬のデスクの前まで来ると、眉を極限まで吊り上げて言った。


「すみません、一ノ瀬さん。私には無理です」

「どうしたんですか、成川さん。落ち着いて、まずは何があったか話してください」

「じゃあ、聞いてください」


 成川は一気呵成に捲し立てる。


「いいですか? さっき聴取でわかったことを言います。今、シラベ室にいる丸山まるやま蓮華れんげという人物は、マル害の遺骨を博物館に発送したのは自分だと言っています。どういう経緯でそんなことになったのかと問い正せば、事務所の裏の集合墓で見つけたというんです。それを試料だと思って発送したと。


 でもオカシイでしょ!? 試料だと思ったらなら、何故カメラで撮影して記録を取らなかったのか。一ノ瀬さん、その机の上に広げてるファイルの中に一枚もなかったですよね。事務所で撮影されたマル害の骨の写真。つまりは、記録してはいけない骨だったと知っていたということじゃないですか。


 指紋をつけないように手袋をして作業しているのもオカシイ。発送人のラベルの筆跡と一致しないこともオカシイ。明らかにオカシイんですよ、行動が。理由の説明を求めても、泣くばかりで埒があきません。


 話題を変えて、マル害との関係について聞くと、丸山は五月に古杉の催すワークショップでマル害と接触していたことがわかりました。そして、マル害が最初丸山に好意を抱き、その後、別の女に鞍替えしていることも。そうなったきっかけは自分が男だとバレたこと。


 本来の性別を知って離れて行ったことが憎くて、あれだけ滅多刺しにし、挙句殴り殺したのではないかと推察するのに十分です。そこを追求して自白を促しているのに吐かない。


『こんなことになるなら来るんじゃなかった、言うんじゃなかった、自分は何をしても上手くいかない』と気が滅入るようなことを言い出して、私はもう無理です。ここまでの仕事しましたから、あとは一ノ瀬さん代わってください。はい、これ書類。被疑者は第三シラベ室にいます」


「お、お疲れさまです。じゃあ、あとは俺が。代わってもらってありがとうございました。馬田、お前も一緒に来い」

「え、なんで俺まで?!」

「相手は怯えて気が滅入ってる。俺は自分の顔をよくわかっているつもりだ。お前がいた方がいい」

「なんすかその理由?! え、ちょ、一ノ瀬さん!?」

 九州男児を絵に描いたような強面の刑事は、風も凪ぐ優男の腕を掴み、重要参考人の待つ取調室に連行した。

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