第29話 シラベ室(2)
「悪いな、付き合わせて」
「別にいいっすけど、俺なんて行ってもなんも役に立たないですよ?」
強制連行した後輩と並んで、警察署のしみったれた階段を昇る。
「相手は成川さんの取り調べで怖がってる。強面の俺と一対一より、目の保養があった方がいいだろう」
「目の保養って、俺をなんだと思ってます?」
「まあ、なるべく時間を取らせないようにするから」
と言いながら、無理だろうと互いに理解していた。先程の
遺骨をどうやって手に入れたのか
何故、博物館に発送したのか
どうして写真に記録しなかったのか
何故、どこにも指紋を残さないようにしたのか
何故、送り状の筆跡が筆跡鑑定の結果と一致しなかったのか――
第三取調室は、窓がなく鏡が一枚あるだけの部屋だが、もし相手が犯罪者なら、成川は第一取調室で絞っていただろう。一番狭く暗い部屋で追い詰めるのが、成川の常套手段だからだ。
ノックして二人の刑事が入室する。中央のデスクにパイプ椅子、そこに丸山が俯いて座っていた。それまで泣いていたのか、手の掌で涙を拭った。
「
「はい」
顔を上げた丸山は濡れた睫毛をそっともたげた。薄茶色の瞳はうるりとして震えている。相手が自分にとって危害を加える恐れのある人物かどうか見定めるような目だ。一ノ瀬はその目に見覚えがある。事務所で初めて会った時、涙はなくとも同じ目をしていた。
丸山は相手を一ノ瀬と認識すると、また俯いてしまった。
彼女は、捜査のため事務所に保管されていた雇用契約書のコピーを提供してほしいと頼み込んだ時、口をつぐんだ数名のうちの一人だと一ノ瀬は記憶している。
事件に関わりたくないという意志が明白で、それを半ば泣き落とすような形で承諾を得たのだ。そんな彼女が自分から名乗りを上げるとは、正直驚いた。
「今日はわざわざ足を運んでくださってありがとうございます」
「いえ」
丸山は俯いて返答する。
「捜査一課強行犯係の一ノ瀬です。こちらは同じく馬田」
丸山がピクリと肩を揺らし、相手を見てハッとする。
「私とは一度、事務所でお会いしたことがありますよね。覚えていらっしゃいますか」
「えっと……。はい」
「これから私がお話を伺っても構いませんか」
丸山は下を向いて頷く。
一ノ瀬はデリケートな相手に自らも緊張して、椅子を引いて座った。
「それでは、何度も伺って大変申し訳ないんですが、もう一度、情報提供の内容をお聞かせ願えますか」
「はい。わたしが
一ノ瀬は丸山を刺激しないように成川の名前を伏せていたが、丸山はさっき受けた尋問に答えるように、ヒステリックに訴えた。
「大丈夫です、落ち着いて。先程は成川という刑事が憶測であなたを犯人扱いしたそうで申し訳ありません。私は同じことをしませんし、あなたの話をちゃんと聞きますから、どうか落ち着いて」
強面の男が誠心誠意語り掛けると説得力があった。丸山は小さく頷く。
「あの日、わたしは朝一番に事務所に到着しました。時刻は七時ニ十分くらいでした。わたしは皆さんにご迷惑を掛けしてしまうことが多いので、誰よりも早く出勤するようにしているんです。
あの日もわたしの他には誰もいませんでした。いつものように事務所の中を掃除して、大きなゴミ箱がいっぱいになったので袋を縛って、事務所裏のゴミ捨て場に行きました。事務所の裏には、発掘作業中の集団墓があるんですが、そこに珍しい骨を見つけたんです。
それを見た時わたしは驚いたと同時に「どうして?」と不思議に思いました。一見して分かる、とても保存状態のいい骨だったのです。それはそうですよね。今を生きる人の骨だったのですから。でも、そんなこと知らなくて。
わたしは今、大学の博士課程で、古人骨の発掘時の状態を長く保つための研究しています。どうしてあんな状態のいい骨が残っているのか。これは研究する価値がある。そう思って、博物館に送ったんです」
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