第30話 シラベ室(3)


 第三十七基から何者かが遺骨を運び出し、それを事務所裏の集団墓に移した。それを丸山が発送した。木を隠すなら森の中とでも考えたのか――。犯人の目的は、まだはっきりしないが、現時点で丸山はシロだ。


 丸山が横穴墓から遺骨を運び出したのなら、直接事務所に運び込んで発送すればいい。一旦事務所裏に移動させる合理的理由はない。しかし、その前に確かめておかなければならない重要な事項が残っていた。骨を送ったのが本当に丸山なのか、ということだ。


 遺骨が梱包されていた箱にも何処にも、それらしい指紋は残っていなかった。遺骨に添付されていた送り状の筆跡と丸山の雇用契約書の筆跡は一致していない。現状、丸山が送ったという物的証拠がないのだ。

 

「遺骨を発送した状況を、もう少し詳しく聞かせてもらえますか」

   

「まずは集合墓にあった骨を、ザルの中に回収しました。健康な骨で、形がしっかりしていて、数も多かったので、ザルは三つ使いました。それを一つ一つ新聞紙にくるんで、部位の名前を書いて、箱に入れました」


「その時は素手で?」


「いいえ。事務所にあった軍手をしていました。皆さん発掘作業する時にはそうしているので、見よう見真似で」


 丸山は自嘲的に笑う。


「わたし、考古学を研究をしているのに、他の皆さんみたいに発掘作業に参加させてもらえないんですよ。信用されてないんです。発掘作業は技術が要るから、変なやり方をして、出土品を破損させるようなことがあったら困る――って、直接言われなくても、そう懸念されているのはわかります。


 軍手をして骨を回収しながら、わたし、見返すような気持ちもあったんですよ? わたしにだって出来るんだぞって見せたくて。だから、誰にも言わずに骨を博物館に送って、驚かせてやろうって」


 資料に写真がなかったのはそれが理由か、と二人の刑事が目を合わせる間にも、丸山は話を続ける。


「だから、恨み節で送り状に殴り書きして。でも、バカだったのはわたしですね。あれが三田園さんの遺骨だったなんて」


「殴り書きですか。どんな風に? ちょっとこの紙に書いてもらってもいいですか?」


 一ノ瀬が筆跡を取りにかかり、馬田譲は固唾を飲んだ。送り状の筆跡を模倣できるのは、書いた本人しかいない。見たことのない筆跡に似せるなんてことは、誰にもできない芸当なのだから。


 ここで送り状の筆跡を再現できるか否かで、丸山の立場が決まる――


 馬田譲が丸山に注目する中、一ノ瀬が白紙とボールペンを渡す。


「こんな感じです」


 丸山は受け取った紙に、当時の感情を思い出すかのように送り状の内容を書きなぐった。それはあまりにも躊躇いなく自然に行われ、偽る意思のないことを示していた。


「わたし、怒ると男が出ちゃうんですよ。書き順も、習字で直される前の滅茶苦茶になっちゃって。見せるのはちょっと恥ずかしいんですけど」


 バツが悪いといった風に微笑んで、丸山は書き上げた紙とボールペンを一ノ瀬に返した。一ノ瀬はそれを受け取り、相手に見えないように開いたファイルの内側で照合する。


 今取得した筆跡は、送り状の筆跡と酷似していた。乱暴な男の字。雇用契約書の女性的な丸文字とは全くの別物。これを目の当たりにして、一ノ瀬は自分の手抜かりを後悔した。


 一ノ瀬は、送り状との筆跡鑑定を行うために、雇用契約書のコピーを求めた。送り状の筆跡と比べるために、普段の筆跡を選んだ。それが裏目に出てしまった。


 筆跡鑑定は、いくつもの数値をデータとして吸い出し、結果を得る。その精度は優秀だが、100%とはいかない。送り状は、普段と異なる精神状態で書かれ、字形も書き順も違う。結果として筆跡鑑定が一致しなかった。


 こういうことも起こり得る、という苦い教訓を噛みしめながら、一ノ瀬はパタンとファイルを閉じた。


「話してくださってありがとうございました」


 一ノ瀬は真摯に頭を下げる。

 顔をあげた時、緊張がほぐれて、本音が漏れてしまった。


「正直、あなたからこのようなお話が聞けるとは思っていませんでした。最初にお会いした時、この事件にはなるべく関わりたくない様子だったので」


 丸山は気を悪くした様子はなく、申し訳なさそうに語る。


「あの時すぐにお話しできなくてすみません。ご理解いただけるかわかりませんが、わたしはこれまで、本音を隠して生きてきました。


 本当のことを言ったら、周りがどんな目でわたしを見るようになるのかと思うと、怖かったんです。性別のこともそう。今回のこともそうです。真実を晒すのが怖くて。


 でも、隠していたことを話したら、楽になって。相手の人も、ちゃんと聞いてくれて。話した方が楽になることもあるんだって、彼に教りました」


「そうですか。じゃあ、我々はその人に、礼を言わなければなりませんね」


 一ノ瀬が言い、丸山は馬田を見て、切なげに微笑んで言った。


「彼はどこか、あなたに似ていましたよ」

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