第24話 穴守温泉(6)


 馬田は一時間以上前に風呂を出ていた。自動販売機で麦茶を買っていた時、丸山蓮華が現れた。浴衣姿の馬田を見て、同じ浴衣を着た丸山は、またお会いできて嬉しいです、と言って柔らかくほほ笑んだ。


 生吹を待つ間、二人で世間話をしながら、上着を羽織り宿の庭園に出て、なんだかんだで山茶花の下で告白された。


 もちろん丁重に断った。そうしたら泣き出してしまって、寒空のベンチで涙が止まるまで彼女につき合った。彼女がもう大丈夫ですと言うまで、結構時間がかかった。


 馬田は左腕のC-Shockを見る。


「九時か」


 二時間もあのお湯に浸かっていたのだとしたら、のぼせるのも無理はない。起きられるようになるのに時間が掛かりそうだが、電車がなくなるからと言って病人を一人ここに置いて帰るわけにはいかない。


 馬田は、自分の分も宿を取ることにして立ち上がる。


 その時、生吹が寝返りを打ち、浴衣の隙間から艶めかしい太腿があらわになった。胸元が開いて下着からこぼれそうなたわわな胸に、強引に目が引かれてしまう。


「ちょっ……! まずいですって!」


 馬田は掛け布団を広げ、生吹の体を覆う。

 ふぅと安堵したのもつかの間、生吹が何か言うのが聞こえた。


「………い。あ……い」

 生吹の言葉を聞き取ろうとして布団の隅に膝をつき、口許に耳を寄せる。

「生吹先生、なんですか?」

「い……」

「すみません、もう一度」

「あ……つい!」


 次の瞬間、掛布団は蹴散らされた。


「あ、いや、だから!」


 これはマズい。

 馬田は心の中で小学校の校歌を熱唱した。

 あの頃に戻れば――

 ピュアだったあの頃に戻れば、この局面を乗り越えられるような気がする。

『馬田君』『はい、先生!』と言っていたあの頃に戻れば。


「……ず」

「はい?」

 声が裏返る。

「まだくん、みず……こおり」

「はい、先生! 水と氷ですね!! 今すぐとってきまあす!!」


 馬田は先生の指示に従って、急いで部屋を飛び出した。

 ガチャンとドアが閉まる。


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