第3話 古杉孝史の回復

 新遺跡発見で一躍有名になった考古学者が、『あの功績は自分のものではない』と言っている。誰が最初に発見したのかというのは、歴史に名を刻むか否かに関わる大事だ。驚きはすぐには冷めやらないが、古杉の憂鬱そうな顔を見て思わず哀れんでしまった。


 深刻に悩んでいたのだろう。人骨を背にして座り、悩みを打ち明けた紳士は、悲しいほど小さくしぼんで見える。生吹は何と声を掛けるべきか解らず、馬田はまだなのか? とドアの方をチラリと見やった。古杉は、その場に落ちる沈黙で相手を困らせていることを察し、話題を変えた。


「いや、すまない。こんな話をしに来たんじゃないんだ。この前はうちの事務所から大変な物が届いてしまったらしいね。君に迷惑を掛けて申し訳なかった」


「いいえ。こちらは警察に連絡して引き渡しただけですから。復顔の依頼を受けたので、昨日までは少し大変でしたけど、先生の方はそれどころじゃなかったんじゃないですか?」


「そうなんだよ。警察の捜査は入るし、疑われるしねえ。被害者の三田園君は、五月に開催した考古学フィールドワークに参加していた子でね、警察は僕を疑っているらしいんだ。三田園君が遺跡の本当の第一発見者で、僕が彼を殺して、その名誉を奪ったんじゃないかって」

「そんな……。でも、第一発見者は穴守さんという方なんですよね?」

「そうなんだけど、そのことを警察に言う決心がつかなくてね」

「どうしてですか?」

「彼女は表に出たくないというし、世間では僕が第一発見者ってことで通ってしまっているから、今から本当のことを言って、酷い中傷の的になるのも怖いし、事実というのは、なかなか伝わらないものだからねえ。それがきっかけで失職に追い込まれたりしたら、僕はこの世界で生きていけない。そうしたら僕は生きていけない。どうしたらいいかと思って。君ならどうする? 」

「私なら、ですか?」

 唐突に聞かれても困ると思いながらも、一考した。


「そうですね。私なら、自分が第一発見者になろうとしている遺跡に、殺した人間の遺体を置いたりしないですね」

「そうか。それもそうだな。警察にそう言えば、僕がやっていないと信じてもらえるだろうか」

「分からないですけど、警察も幅広く探りを入れているだけかもしれませんし、とりあえずはそれで様子を見てもいいんじゃないでしょうか」

「ありがとう。君は昔から思慮深くて有能だったから、今日はお詫びを兼ねて、このことを君に相談させてもらいたくて来たんだ。助かったよ。ありがとう」

「そんな。役に立てたかどうか分かりませんが」


 馬田が二つのカップを珈琲で満たして研究室に戻った時、生吹はステンレスの寝台に人骨を復元しながら、古杉と専門用語だらけの会話をしていた。


「お待たせしました。古杉先生が珈琲にお砂糖ですよね」

「ありがとう」

「生吹先生はブラックでよかったですか?」

「いや、今日はミルクを入れたい気分だった」

「え、じゃあ今すぐ取ってきます」

「冗談だよ。私はブラックしか飲まないから」


 生吹にからかわれたと知って、ぷっと頬を膨らませる馬田。二人にとっては日常のやり取りだったが、どうやら古杉を和ませる効果があったらしい。彼の頬に久しぶりだろう自然な笑みがこぼれた。


「いい助手に恵まれたね、生吹先生」

「そんなことないですよ」

「そんなことないって、それ酷くないですか? 僕いつも頑張ってると思うんですけど」

 馬田が口をとがらせ、生吹がすまし顔で珈琲を嗜む。

 その様子を見て、古杉が冗談交じりに馬田の肩を叩く。

「馬田君、ここに不満があるなら、うちに来ないか?」

「じゃあ行っちゃおうかなあ、古杉先生のとこー」

「生吹先生には代わりにうちのバイトの子をあげるよ。ドジっ子だけど知識はある」

「馬田をあげるなんて言ってませんよ、古杉先生」

「えーなんでです? 僕なんかどうせ『そんなことない』奴じゃないですか」

「馬田君。君は専門知識に欠けるという点において、いい助手とは言えない。だけど、私の右腕なんだよ。右腕がなくては仕事にならない。それを忘れないでほしいな」

 生吹は不機嫌そうに言って珈琲カップで口を塞ぎ、それを聞いた馬田の顔が輝く。

「古杉先生、そういうことなんで、僕やっぱりこれからも生吹先生のお世話になります!」

「はははフラれてしまったよ。じゃあ、僕はそろそろ。今日はありがとう。今度は長瀞の現場に立ち寄ってくれるかな。よかったら早速明後日の木曜日にでも」

 幾分明るさを取り戻した様子の古杉を見て、生吹はほっとする。

「ええ、是非」

「僕も行っていいですか? 長瀞って行ってみたかったんです」

「もちろん。二人とも歓迎するよ」

「やった!」

「それじゃ、生吹先生」

「はい、古杉先生。お気をつけて」

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