第4話 不明の発送人

「どうしたんですか? 一ノ瀬さん。石みたいに固まっちゃって。そんな顔してたらモアイになりますよ?」


 昼休み、デスクで熟考する一ノ瀬に、軽快な声がかかる。顔を上げ、声のする方に椅子を回転させると、通路を挟んで背中合わせの席に馬田譲が座った。


「ああ、長瀞殺人の件でちょっとな」

「何かあったんですか?」

「発掘事務所の関係者を対象に聞き込みをしたんだが、誰も被害者の骨を発送していないと言うんだ」


 被害者の三田園真実の遺骨は、発掘事務所から東郷国立博物館に送られていた。警察は骨を送ったのが三田園殺害の犯人とみて調べを進めているが、事務所関係者の中には発送人がいない。


 外部の人間がわざわざ発掘事務所から博物館に送った――その可能性も否定はできない。しかし、警察は当面、事件に近い人物について抜かりなく捜査を行うことを優先する方針で動いている。


「箱に指紋は出なかったんですか?」

「出てたらこんなに困ってない」

「じゃあ、誰かが嘘をついているんじゃないですかね」

「それも考えて、送り状の筆跡を元に、事務所の関係者の筆跡鑑定をすることになったんだが、任意で押収した全員分の雇用契約書を元に筆跡鑑定した結果、博物館宛ての送り状の筆跡と一致するものはなかった」


 全員と聞いて馬田は感心した。任意の書類を提供するなんて必ず嫌がる人が出るものだ。令状があるならともかく、任意なら断る人も必ず出る。誰しも冤罪で自分が捕まるような未来を想像したくはない。疑われることを侮辱に感じ、腹を立てる人も珍しくない。それにも関わらず、全員から協力を得るとは。そんなことができるのは、馬田の知る限り一人しかいない。


「それって、一ノ瀬さんが同意をもらったんですか?」

「まあな」

「さすが『情けの一ノ瀬』」

 一ノ瀬は捜査一課で通る自分の二つ名に苦笑いする。今回は、何名か説得に骨が折れたので、持ち上げられて悪い気はしなかった。

「誰も発送していないなら、見たり触ったりした人とか、誰か他の人が取り扱っているところを見たとか、そういう情報はないんですか?」

 一ノ瀬は首を横に振る。

「誰もその骨を触ってもいなければ、見てもいない。他の人が取り扱っているところも含めてだ」

 馬田も先程の一ノ瀬のように石のように固まって考える。一ノ瀬が

「遺体は、遺跡の墓穴の一つ――今は第三十七号基と名前の付いた場所で白骨化した。遺跡の発掘が開始した時には、まだ見つかっていなかった。遺跡が発見されたことで、被害者を殺した犯人が骨を隠すなら分かる。だが、わざわざ博物館に送るなんてことがあるか?」

「自己顕示でしょうか。そういうタイプの犯人もいますよね。そうじゃなければ、何かの事情があって、逆に発見させたかったとか?」

「それってどんな事情だ?」

「そこまでは、わかんないですけど」

 一ノ瀬は鼻でため息を吐いた。

「一応参考にさせてもらうよ。そういうお前の方はどうなんだ? 何か進展あったのか?」


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