第2話 古杉孝史の憂鬱


 復顔の翌日、生吹の研究室をノックする者がいた。馬田が返事をしてドアを開けると、天然パーマに口ひげを蓄え、チョコレート色のスーツを着こなした紳士が立っていた。千円札から抜け出したような学者風の顔に、馬田は見覚えがあった。

「あ! 新聞に載ってた人!」

 馬田が声をあげ、紳士はハッハと笑った。

「元気だね。君は学生さん?」と言って「生吹先生はいるかな」と尋ねる。

「はい! います! どうぞ!」


 研究室の中へと案内された紳士の名は古杉ふるすぎ孝史たかふみ。『長瀞遺跡』の第一発見者として、先日新聞に大きく取り上げられ、今も発掘作業を指揮する考古学者である。


生吹いぶき先生、お客さんですよー! ビッグゲスト!」

「今行く……」

 絶対に来ないと思われる返事をしながら、生吹は古人骨を人形ひとがたに並べるパズルに集中していた。古杉が声をかけるまで、ステンレスの寝台の傍から動こうとは思わなかっただろう。


「やあ、どうだい? 順調?」

 生吹は落ち着いた深みのある声に反応して、顔をあげ、紳士を見るなり破顏する。

「古杉先生!」

「いやあ、突然訪ねて申し訳ない。近くまで来たものだから、君の都合が悪ければ改めるつもりで寄ってみたんだ。いや、よかった。久しぶりだね。日本屈指の復顔師にまた会えて光栄だよ」

「こちらこそ、お会いできて光栄です。お忙しいのに、こんなところまで来ていただけるなんて。驚きました」


 馬田は二人の挨拶が終わったところで古杉に聞く。

「あの、二人って知り合いなんですか?」

「私がまだ学生の頃に、考古学セミナーに参加してお世話になったんだ。古杉先生は埋葬法について深い造詣の深い研究者で、長瀞遺跡の第一発見者として最近注目を浴びたばかりだよ」

「それ、僕も知ってます。こないだ新聞に載ってましたよね?」

「ご覧いただいたのですね、ありがとうございます」

 生吹は片眉を上げて聞かずにはいられなかった。

「馬田君、新聞なんて読むの?」

「僕は読めませんけど、一緒に暮らしてる兄が新聞読む人なんですよ。僕は縛って捨てる係です。でも、写真とかは目に入れば覚えているので、先生の顔は覚えてます。でも、あの写真では、先生あんまり嬉しそうに写ってなかったですね。どうしてです?」


「そのことなんだけどね」と古杉が言いさし、周りを気にする。

「あ。僕、珈琲淹れてきますね」

「先生にはお砂糖を」 

「了解です」

 馬田がカップを持って外の給湯室へ出て行く。


「彼は?」

「半年前に入った私の助手で、馬田と言います」

「気の利く子だね」

「そうですか?」

「今も、空気を察して席を外してくれたんだろう」

「ここだけの話なんだけどね、私じゃないんだよ。長瀞遺跡の第一発見者は」

 もし珈琲を飲んでいる最中だったら、絶対に噴き出していただろう。

「先生が第一発見者じゃないって、どういうことですか?」

「あれを最初に見つけたのは、たまに一緒に仕事をする穴守あなもり花咲さきという子なんだよ。本人は認めたがらないんだがね。私は彼女から聞いた話を頼りに、現場調査に行っただけなんだよ。でも彼女が『こういう物は考古学者の先生が発見するのが相応しいと思う』『学術的にこれが遺跡と判断したのは先生なんですから、自信を持ってください』なんて言って、記者に連絡を済ませてしまったんだ」


 そこまで一息に話すと、古杉は誰にも言えなかった罪を告白したかのように、深くため息をついた。


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