蓮華

第1話 捜査会議

 埼玉県警察署本部の会議室前に看板が設置された。看板には達筆な字でこう書かれている。


長瀞遺跡ながとろいせき殺人事件 捜査本部』


 ホワイトボードには、事件の概要が記され、現場で撮影された人骨や周辺状況を示す写真が貼られている。全体の前に出て方針を伝える捜査指揮官。捜査員が手元の資料に各々ペンを走らせ、後に一ノ瀬が発言権を得て立ち上がり、被害者の情報を共有する。


「被害者は三田園みたぞの真実まさみさん。男性。当時十九歳、東郷大学考古学科所属の二年生。埼玉県川越市に両親と同居。六月二十六日午後一時頃、自宅を出た後た後、帰宅せず、七月五日に行方不明者届が受理されています。尚、被害者の特定にあたっては、被害者の頭蓋骨を元に復顔。遺族により三田園真実さん本人と確認されたものであります」


 正面のスライドに二枚の写真が映し出され、会議室にどよめきが起こる。


 右に家族から提供された証明写真。

 左に復顔された被害者の顔写真。

 

 生死の違いこそあれ、両者は瓜二つと言える程に等しかった。被害者の写真を見ながら作ったようにしか見えない。


「ああ、ここまで正確な復顔は見たことがない」

「疑いようがないな」


 会議室にもやのように湧いた囁きがそれを誇張ではないと知らしめる。


 一ノ瀬は警察手帳を握り締め、本人確認のために写真を見せた時の遺族の反応を思い出し、苦渋の顔を隠しきれない。我が子がもうこの世にいない事実に頽れる母親と、涙を堪えて妻を支える父親に、最善を尽くすと誓った。その決意を胸に、彼は今、この事件に臨んでいる。


「検視の結果、死後二か月から五か月。詳しい死亡推定時刻は特定できません。殺害方法は撲殺。死因は右側頭部陥没骨折。肋骨に刃物の刺し傷が複数。これは死後に与えられたものと思われます」


 一ノ瀬は着席し、会議が解散になるまで、共有されたすべての事項を男の字で手帳に書きつけた。

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