第2話 復顔依頼

 ひょんなことで研究室に迷い込んだ現代人の骨は、速やかに警察に押収された。骨の発送元は長瀞遺跡。遺体が白骨化したと思われる横穴墓に警察の捜査が入り、発掘作業が一時中断された。


 警察から生吹に連絡が入ったのは、翌日のことだった。


「埼玉県警捜査一課強行犯係の一ノ瀬です」


 閉館後の博物館に現れた刑事は、短髪で濃いグレーのスーツに地味な紺色のネクタイを締めた四十中頃の男だった。生真面目な顔つきで、活舌がよく、後ろを向けば背広の中央に『一所懸命』という文字が浮かんで見える。


「当館研究員の生吹いぶきです。こちらは馬田まだ

「本日はお時間をいただきありがとうございます」

「いいえ。そちらにどうぞ」


 生吹は観葉植物の隣の丸テーブルに一ノ瀬を案内し、椅子を引く。館内に他に人気はなく、蛍光灯の光が落ちるだけだ。エントランスホールに、生吹の声が響く。


「それで、今日はどのような」


「先日の白骨死体ですが、採取した遺骨や遺留品からは身元が特定できず、できれば生吹先生に、復顔をお願いしたいのですが」

 それを聞いて、馬田が『生吹先生』と囁き、断るように合図する。

「いいですよ」

「ちょっ! 生吹先生、本気ですか!? ちょっと死にません!?」

「馬鹿」


 生吹に窘められて、馬田は頬を膨らませる。正直、今仕事が増えたら大変なのだ。生吹が本当に倒れてしまうかもしれない。


「今、僕たち急がしくて、あんまり寝てないんですよ。髪の毛からDNA鑑定とかは無理なんですか?」

 一ノ瀬に投げかけた質問に、生吹が答える。

「毛髪から個人のDNAを鑑定する場合、毛根に毛髄質が残っている必要があるのよ。毛髄質は『抜いた毛』には残るけど、『抜けた毛』には残らない。白骨化した死体の傍に抜け落ちた髪の毛が残っていたとしても、それを使って個人を特定するのは無理なのよ」


「そうなんですか」


 すっかり感心した様子の馬田を見て、一ノ瀬が怪訝そうに尋ねる。


「失礼ですが、法医学の研究員の方……ですよね?」


「馬田は私の助手です」


 生吹は、馬田を研究員として言及することを避けた。白衣を着てそれらしく見えるが、馬田は研究者ではない。それどころか頭を揺らせばカランコロンと音がしそうだ。しかし、ある特別な才能を持つが故、生吹の右腕として欠かせない存在なのである。


 一ノ瀬は、馬田がどういう存在なのかよく分からなかったが、きちっと頭を下げて頼み込む。


「生吹先生、どうか、よろしくお願いします」


「分かりました。お引き受けいたします」

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