蓮華と菖蒲と華の骨(オリジナル版)

あしわらん@創元ミステリ短編賞応募作執筆

復顔師

第1話 人骨


生吹いぶき先生、ここ最近、連日連夜ぶっ通しじゃないですか。倒れないでくださいよ? うちには生吹先生の代わりはいないんですから」


「君が法医学ないし法人類学を学んでくれれば、私の負担も軽くなるんだけど?」


「無茶言わないでくださいよー。僕の頭じゃ無理ですって」


 東郷とうきょう国立博物館、地下一階の廊下を、二人の職員が急ぎ足で行く。


 艶やかな黒髪を一つに結い直しながら、ツカツカと先を行くのは生吹いぶきのぞみ。彼女は法人類学を専門にする法医学者であり、その分野で若き女帝の異名を取る日本屈指の復顔師である。半歩後ろをついて歩く男は、馬田まだあおい。彼は生吹の助手である。


 この頃、彼らは忙しい。埼玉県長瀞ながとろ町で新たに見つかった遺跡で、大規模な横穴墓よこあなぼ群が発掘された。どこもかしこも発掘し尽くされた現代において、三十基以上の横穴墓が新たに見つかることなど、そうあることではない。


 出土した埋葬品や人骨は、貴重な歴史的資料として丁重に扱われ、各研究機関に送られ、彼らの博物館にも次々と運び込まれてくる。生吹と馬田は、連日、その対応と出土品の修復作業に追われているのだ。


 生吹の専門は古人骨である。鑑定、分析を経て、頭蓋骨に粘土で肉付けし、当時の人間の顔を蘇らせる。業界では彼女の復顔は極めて正確であると、もっぱらの評判である。


 古人骨では、生吹の復顔が実際と似ているかどうか比べる術はない。にも関わらず、なぜ正確だと言えるのか。


 それは、彼女が警察から依頼を受け、殺人事件の被害者の復顔を引き受けることがあるからだ。復顔されたその顔と被害者の写真を比べると恐ろしいほど似ている。その噂が警察関係者の間から法人類学者の世界へと、逆輸入される形で広まった。



 生吹がドアに体当たりするようにして入室すると、理科室程度の研究室の真ん中に、スチールの寝台が据えてあり、そこに鑑定を待つ人骨が横たわっていた。生吹はそれを見るや否や絶句した。


「どうしました? 生吹先生」

「馬田君、一目見て分からない?」

「わかりますよ。骨でしょ?」


 スパコーンといい音が響く。 

 丸めた冊子で叩かれた頭は、中身が空洞かと思われる程よく響いた。


「あまりにも健康的な骨。完全な骨。崩れたところなど一つもない」


「それじゃ、まさか……」


「これは、現代人の骨。他殺体……ということよ」


「ひぃぃぃぇええ!! さ、殺人事件?!」

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