不完全燃焼

イエスあいこす

不完全燃焼

紙を丸めて投げつける。走らせたペンの軌跡は、その塊がゴミ箱に叩き込まれた瞬間に一切の意味を持たないただのシミと化した。

ドサッと大きな音をわざわざ立てて飛び込んだベッドからはミシッと小さな音がした。

「はぁ」

無意識に吐き捨てるため息。ため息をすると幸せは逃げるというが、自分の現状を見てまああながち間違いでもないんだろうなと内心自嘲する。

俺は、何も続かなかった。あるいは続けたくないのかもしれない。そのくせ終わらせるのが怖くて仕方がなかった。友情も、慕情も、あの頃は煮えたぎらんばかりにほとばしっていた情熱も。自分の命ですらもだ。

「はぁ」

またひとつため息をこぼして、俺は起き上がる。そういえば食材を切らしていたんだった。まだまだ寒さが牙を剥く時期なので、コートでも適当に羽織って外へ出る。道路を走る車は例外なく命をどこかへ運んでいく。その本来の目的地がどこであれ、その質量と速度は多分俺の行きたいところへ導くことが出来るだろう。なんて考えたところで、その一歩が出ないのだ。

「はぁ」

ため息。こぼれるのは中途半端な己への嫌悪感。そして吸った酸素と同様に、新鮮な嫌悪感が体を駆け巡る。次に来るあの車でも、その後ろのあの車でも良い。どうにかトチって、こっちに思い切り突っ込んできてくれないだろうか。



………………




「はぁ」

吐き出された白い息。ふと、先日投げ捨てたプロットのことを思い出す。あれは酷い出来だった。出来上がってはいないが、どうせロクなもんが出来やしない。そんなことを言い続けてもう何年が過ぎただろうか。

違う。これじゃない。

そう言って、いくつのものを投げ捨てた?何もかも、俺の心の違和感を埋めるに足りなかった。文章は好きだ。けど、何かが違うの繰り返しだった。それではどうも埋まらない。音楽にも手を出したことがあった。ただ俺にはどうも才能がないらしい。つまり埋まることはない。結局何が俺を満たし得るのか。わからない。わからないんだ。



……………




そんな俺も、久々に作品が良いところまで漕ぎ着けた。主人公はヒロインを喪い、クライマックスではその墓前に花を手向ける。涙は流さなかった。何故だか俺が、この主人公に愛する人の死に涙を流すほどの人間性を認めたくなかったのだ。

「はぁ」

ため息の理由は自戒。息とは吐き出すものだが、その実今のは己の内面へ向けられていた。なあ、気づいているんだろう?

この主人公は自分への理想と、現状と、途方もない嫌悪。その全てをない交ぜにして生まれた産物なのだと。愛する人の死を悲しむ人間性を認めないのは自分が嫌いだから。そのくせ誰かに愛されるのは、自分の理想の体現。

「……っああ!!」

イライラに任せてインクをぶちまけ、手元にあったギターを粉砕する。そのまま家の中を途方もなく暴れまわる。俺という存在に関する全てを破壊したくて仕方がなかった。そんな自己嫌悪の怪物とでも言うべき者は、やがて刃物を手に取ったのだった。

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不完全燃焼 イエスあいこす @yesiqos

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