第13話 追憶の彼方

 一狼は薊の過去を知った。


「私の中にある二面性は、この時に姿を現したのかも知れない」


「そんなことないよ。君は君だよ。シスルであっても、薊ちゃんであっても、君の根本に流れているものは、同じもののように思うけどね」


「髪が銀色になったことは、それまで何回かあったのだが、バーチャル・アウトしたのはこの時が初めてだった………」



 薊が小学四年のある日の出来事


「キャッ!」


 欄干に立つ少女は、バランスを崩して、足を滑らせ川へ頭から落ちた。


「ゔぅ、ゎゎゎわわわあああー!」


 薊は自分の能力の本当の力を知らなかった。

 薊の全身は、頭の先から爪先まで一瞬にして黒尽くめとなり、バーチャル・アウトした。薊の全身が黒尽くめとなったそれこそが、アブソーブ・ポッドであった。



アブソーブ・ポッド内


「ここはどこ?」


 ポッド内は、白い光の照明で包まれていた。その輝きは決して眩しくはなく、柔らかい光であった。


「初めまして、シスル様。私はアカシャ。天空の民に仕えるポッドのシステムAIで御座います。そして此処はアブソーブ・ポッド内です。シスル様のご質問により、再起動いたしました」


「シスルって誰のことだ。私のことか?」


「はい、シスル様」


「どう言うことだ。説明してくれ」


「はい。私は元々、レスペデーザ様、又の名をリスラム様とお呼びしておりました。そのリスラム様にお仕えしておりました。リスラム様は、シスル様、又の名をサーシオン様の母君様で有らせます。リスラム様が事故でお亡くなりになられる直前にポッドを起動してシスル様のお命を救われました」


 薊は、このアカシャと名乗るエーアイの言っていることが、理解できなかった。


「母さんが私の命を救った? 何のことだ」


「この時、私は休止状態であった為、ポッドの作動記録でしかお答えできません。それによりますとリスラム様は、事故の瞬間にポッドを思念起動し、バーチャル・アウトされされました。その時、リスラム様の乗られていたお車には、既にトラックが運転席側に衝突した丁度その瞬間でした。思念起動されたリスラム様は、後部席のシスル様を連れてバーチャル・アウトして、事故に遭ったお車の外、交差点の端にシスル様を降ろされて、再び車内に戻られました」


「アブソーブ・ポッドとは何だ。バーチャル・アウトとは何だ。言ってることが分からない」


「それではシスル様、アブソーブ・ポッドと貴方様の能力の全てを知るプログラムを受けられることをお勧めいたします。しかしシスル様には、その前にあらゆる学問、知識、教養のプログラムを受けていただく必要がございます」


「分かった。それらのプログラムを全て受けるには、どうすればいい」


 するとポッド内に白いソファが現れた。


「はい、かしこまりました。どうぞソファにお掛けになり、リラックスしてください。ソファからヘッドセットが自動でシスル様に装着されます。そして目を閉じてそのままリラックスされていますとプログラムが開始されます」


「分かった」


 薊はソファに腰掛けるとアカシャの言うようにプログラムが始まった。

 そして十五分程してプログラムは全て終了した。


 薊は自分の能力のこと、このポッドのこと、アカシャのこと、そしてアカシャの言っていたことのほぼ全てを理解した。


「アカシャ、母さんが事故に遭った時の映像をスクリーンに出してくれ」


「はい、承知いたしました」


 するとポッド内に大きなスクリーンが現れ、事故当時の瞬間の映像が映し出された。


 それはトラックが父健の運転席側に衝突する瞬間から始まった。

 母の萩は、ポッドを思念起動してバーチャル・アウトした。衝突する瞬間で止まった映像の中で、萩は後部座席で寝ている薊に触れ、萩の身体を覆っていた黒いものが薊の身体を飲み込むように流れ出し、薊の身体を全て包み込んだ。そして萩は薊を連れてポッド内へと転送した。ポッド内で寝ている薊を起こすと、薊に別れの言葉を伝えた。


「薊、ねぇ、起きて」


「…ん、…なあに。もうお家に着いたの? …ここはどこ?」


「いいえ、まだよ……」


「お母さんの服、真っ黒になっちゃってるよ」


「…薊、お母さんとお父さんは、これから遠いところに行くけど…」


「ん、なあに? どこへ行くの? …やだ! あたしも一緒に行く!」


「それは無理なの…。薊を連れて行くことはできないわ」


「やだ、やだ! あたし一人でお留守番できないもん」


「ごめんね。薊にもいつか分かる時が来るわ。それ迄身体に気をつけてね………」


 萩は、涙が止まらなかった。

 薊も母の涙を見て泣き出してしまった。


「お母さん、何で泣いてるの…」


 萩は泣きじゃくる薊を強く抱きしめた。


「……お母さん、きつい…苦しい……」


 そして萩は、交差点の端にポッドを移動させ、嫌がる薊を抱き抱えポッドの外へ薊を抱えた手を伸ばした。時間の静止した外界では、交差点の端に直径三メートルの黒い球のようなポッドが現れ、そこから黒く覆われた薊と萩の手が伸びてきて、そこに薊を降ろした。すると薊を覆っていた黒いものは、萩のその黒い手と共にポッドへと吸い込まれていった。薊を黒く覆っていたものが消えていくとその瞬間、薊の時間は静止した。そして萩は事故の瞬間の車内に戻った。

 映像はトラックが衝突した週間から始まり、萩を覆っていた黒いスーツは消えてなくなり、萩は健を抱きしめていた。


「………………………………」


 その瞬間、映像は途切れた。


 薊はその映像を観ても、当時の記憶が全く思い出せなかった。映像を観終わった薊の頬には、大粒の涙がこの葉の朝露のように流れ落ちた。

 当時の記憶を思い出すことはできなかったが、母が何故、車内に戻って死を選んだのか、薊にはそれが理解できた。



 それから薊は、欄干から落ちた川に落ちる寸前の女子生徒の元へ移動し、その少女を抱き抱えるようにして、バーチャル・アウトを解除した。そしてそのままゆっくりと橋の上まで浮上した。

 この時、薊は十歳だった。



「………」


 一狼は、薊に「お気の毒に」とかそんな儀礼的な言葉を掛ける気になれず、かと言って他に掛ける言葉を見つけられないでいた。




 それからいく日か日が流れ、季節は梅雨入りを迎えようとしていた。

 デビルスターの足取りやセブンシールの情報は依然、掴めないままであった。誘拐犯の使用していた車も、石倉の事情聴取の後、本人に返されていた。

 五十棲の虐め事件の後、虐めていた生徒らも、停学期間が明けて、教室に戻っていた。そして五十棲は、あれ以降虐められることは無かった。木原は、沙耶や香織、薊らと誘い合い昼時間には食堂へ一緒に行ったり、お互い楽しく会話するまでの関係になっていた。しかし薊は、香織を虐めていた木原達の性根の部分までは信じてはいなかった。だから薊にとって友達と呼べるのは、沙耶と香織の二人だけだった。


「そういや、さぁ。前に薊が香織と三人で、どこか遊びに行こうかって、言ってなかったかしら? 何でか理由は思い出せないけど。あれ行こうよ」


「内気な薊がそんなこと言ってたの? そうだね。久しぶりにどっか行こうか。言い出しっぺの薊はどこがいい?」


「そうだなぁ、もうそろそろ梅雨にも入るし…。私は皆んなでお昼を済ませた後に映画とかお買い物をして、夕食には、前に沙耶の誕生会で招待してもらった。あの展望レストランはどうかしら? その時は私が途中で抜けちゃったから、今度は、私が予約を取って皆んなをご招待するよ」


「お昼はともかくとして、夕食のことは、そんなこと気にしなくていいよ」


「沙耶の言う通りだよ。割り勘でいいからね」


「じゃあさぁ、私が予約取っておくから。お爺ちゃんに前の展望レストランのこと話したら、知り合いの人に言えば、いつでも予約取れるから家族で行こうか。と言われていたの。だから予約は任せといて」


 薊がそう言うと、沙耶と香織もそれに賛成した。そして日にちは、薊のレストランの予約日が決まり次第ということになった。




その日の午後八時 ドライブイン昭和


「あれから我聞っていう奴、姿を見せないですねぇ。デビルスターの他のメンバーっていうのも全く情報が入って来ないんっすよ」


「そういやぁ、翔、第三分隊のこととか、分隊総長の柴崎とか、どうなんだ?」


「それが柴崎の奴、あれからすっげぇ、大人しいらしんっすよ。なんか臭うんすっよね。四輪部隊は黒狼の言う通り、完全に切り離したとことにはなってるんですけど。一緒に流さないだけで、普段どう言う付き合いをしてるかまでは、全てわかりませんからね。それで嶺屋に殺されたやられた長良と柴崎がかなり親しくしてたとは聞いてますが、それ以上のことはさっぱりですわ」


「もし、長良が嶺屋から麻薬を仕入れて分隊内で捌いてたとしたら、そろそろタネ切れの頃だな。それと長良は、高校行ってたんだっけ?」


「そうっすね。俺は学校のことはさっぱりですが、ユッキーなら埼玉に近いし、何かしらツテがあるかも知んないっすね」


「そうだな。あたっといてくれるか?」


「うっす。早速連絡入れてきます」


 翔はそう言って、イートインを出て外へ電話をかけに行った。翔が出て行くと銀も、イートインの外へ出て黒狼に電話した。



「黒狼、どうだ? 最近走ってないから、メンバーもそろそろ溜まってきてるみたいだ。統括グループだけでも良いから走らないか?」


【そうだなぁ…。何か最近走りたい気分が上がらないんだよなぁ。すまん。銀が引っ張って走ってやってくれないか?】


「そうなんだ。そしたら走りに行く前にまた、黒狼の所に連絡入れるよ」


 銀は、黒狼の気分が上がらない理由も敢えて聞くことはせず、それを気遣うような言葉も掛けなかった。それは銀なりの黒狼への敬意の表れだった。


【ああ、すまないが、よろしく頼む】


「承知! ところで、今翔がユッキーに連絡して長良の薬絡みを学校関係を当たるように聞いてるところだ。あれから動きがないから、そろそろタネ切れじゃないかと思ってな」


【そうだな。それは良い考えだ。何か分かれば直ぐに連絡くれ】


「ああ、分かった。それじゃあ」


 銀は電話が終わるとイートインへ戻って行った。



「翔の奴、まだ電話してるんか」


 銀がイートインに戻っても、翔はまだ戻っていなかった。




黒菱タワー最上階 一狼宅


 一狼は、銀との電話が終わると、リビングの三人掛けのソファの中央に深く腰掛け、背凭れに凭れて目を閉じていた。

 薊の過去の話を聞いてからずっとそれ迄、寂しさを紛らわす為に、毎夜バイクに乗って走り回っていた自分が小さく思えていた。

 自分の将来のこと。自分がやりたいこと。自分に何が出来るか。自分は何故ここにいるのか。それらの答えが薊の話に明確にあった訳ではなかったが、少なくとも薊には道筋が見えているようだった。


 一狼が、目を閉じて思案していると、一狼の座る左隣が急に沈み込む感触が伝わった。

 一狼は、目を開け左隣を見た。


「やあ、シスル」


「突然すまない。緊急な要件がある。つい先程、石倉の携帯に我聞と思われる人物から連絡が入った。内容は麻薬の取引の指示だった。今、石倉とその番号の信号を追っているところだ」


「何! そうか。俺も一緒に行く」


「そう思って来た。バイクでは遅くなるから、私のポッドに乗って直ぐに出よう」


「分かった」

「そう言うことだ。白城、後は頼む」


 一狼は、カメラに向かって白城にそう言うと、シスルとバルコニーに出た。

 シスルは、ポッドを用意してそれに二人は乗り込んだ。


「詳しくは、奴らの様子を観察しながら話す。今から光速移動する。衝撃は無いから心配しなくて良い」


「オーケー、直ぐ出してくれ」



「着いた。群馬上空五十キロだ。我聞の信号は石倉に連絡してからずっと止まったままだ」


「早っ! 瞬間移動と変わらないな」


「アカシャ、我聞と石倉のスクリーンを用意してくれ」


「はい、畏まりました」


 アカシャが返事をするとポッド内の照明が落ちて、二つの透過スクリーンが現れた。

 シスルは、指を指しながら我聞と石倉の位置を示した。


「我聞はここだ。県内のファミレス内だな。我聞の連絡の指定場所はここを指示していた。そして石倉は都内を今移動中だ」


「凄いなぁ。こんなことが出来たら、シスルには、何だって出来るな。でも俺には…」


「そんなことないさ。私だって人間だ。黒狼には、黒狼にしか出来ないことがある筈だ」


「そうかなぁ…」


「自分を認めることだよ。この次元の宇宙からしたら、私たち一人の質量なんてミクロだ。それでもちゃんと存在している。ゼロでは無い。私たちの存在はゼロを基点に、単位は何であれ一だ。…石倉が近くに来るまでまだ時間がある。黒狼、アカシャの人間界の全ての学問、知識、教養のプログラムをまた受けてみないか?」


「ああ、是非そうしたい。時間は大丈夫か?」


「大丈夫だ。前回も五分程度で終了していた」


「それでは、シスル、よろしく頼む」


 一狼は、貪欲に知らないことの全てを知り、自分の進む道を求めていた。


「アカシャ頼む」


「はい、シスル様」


 前回のように白いソファが現れ、プログラムは五分で終了した。


「これで黒狼も、全てを理解できるようになった。と思うが、ゼロの論理については、そこから自分で答えを見つけなければならない」


「………」


「黒狼、我聞が動いた。どうやら東北道を上るらしい。石倉は、まだ都内上野辺りだな…」


「どこかで合流するつもりらしいな」


「そうだな。暫く様子を見よう。私たちもそろそろ降下を始める。降下する時は衝撃波が地面に穴を開けるので、光速移動はできないが、何とか先回りして我聞と石倉を押さえる」




ドライブイン昭和


 翔がユッキーとに電話を終えて、イートインに足早に戻ってきた。


「銀、柴崎が元四輪部隊の奴とそいつの車で、制限速度で川口方面へ向かってるところらしい。それで柴崎とそいつの様子を目撃したユッキーが今後をつけてる。どうする」


「おっし! 俺らも向かうぞ!」


 銀はそう言って翔と外に飛び出てバイクに跨り、黒狼に連絡した。




アブソーブ・ポッド内


「そうか分かった。ユッキーと柴崎の番号を教えてくれ。そしてそのまま電話を切らずにちょっと待ってくれ」


 一狼がそう言うと銀からユッキーと柴崎の番号が伝えられ、ポッド内にスクリーンがもう二つ現れた。ユッキーと柴崎の位置情報が映し出されたスクリーンと銀の位置情報が映し出されたスクリーンだった。


「どう思う? シスル。上り東北道と石倉の進路を合わせると首都高川口線のどこかで合流、それか全く違う下の何処かか? それとも柴崎は関係が無いのか? それにしてはタイミングが良すぎるな」


「そうだなぁ。我聞は何処かで、石倉や柴崎或いは、その車を運転している奴に必ず場所を指定する筈だから、もう少し様子を見よう」

「それとここからでもユッキーに伝えられるが、銀からユッキーに見失っても構わないから、柴崎から距離を取るように伝えてくれ」


 黒狼は、それに頷いて答えた。


「銀、ユッキーに連絡して、柴崎を見失っても構わないので、もっと距離を取るように伝えてくれ。ユッキーも柴崎もこちらで位置情報を確認している」


【分かった。俺たちはどうすれば良い?】


「俺が前に銀と翔に渡したヘルメットを今被ってるよな」


【おうよ!】


「メットのフェイスシールドを完全に下まで下ろしてくれ。シールドの下の方にナビが映るから自分の位置が分かる。そして今から銀と翔に柴崎とユッキーの位置情報も送るので、それで位置関係が掴める筈だ」


【おおお! スッゲー! こんなことが出来たのか! まるでスパイ映画じゃん】


 銀は自分のフェイスシールドを指差して手招きで、翔にシールドを下ろすように伝えた。


「我聞や石倉の位置もこちらで掴んでいるが、これはこちらで見ておく。銀と翔は柴崎らの行先方面へ向かってくれ」


【了解!また連絡する】


「黒狼、念の為に翔の番号を教えてくれないか?」


 一狼は、シスルに翔の番号を伝えると銀の位置情報のスクリーンに翔の位置が追加された。


 ポッド内の四つのスクリーンには、我聞、石倉、柴崎の乗った車とユッキー、銀と翔がそれぞれ映し出されていた。

 我聞のスクリーンには、我聞がバイクに乗っている監視カメラの画像も一緒に映し出されていた。石倉のスクリーンにも、ワゴン車に乗った石倉の画像が映されていた。そして今、柴崎の乗った車の画像が追加された。


「我聞が浦和で降りたな。そのまま南下している。どこへ行く気なんだ。…? 止まった」


 一狼は、石倉のスクリーンを見た。首都高川口線下り方面を走っていた。

 我聞が石倉に連絡を入れた。ポッド内でその音声が流れた。


【石倉、今どこだ】


【川口線を下って、もうそろそろ川口パーキングエリアの手前です】


【そしたら新井宿を降りて直ぐのところで待て】


【分かりました】


 我聞は、電話を切ると動き出した。


「私たちも新井宿の出口の所へ先回りして、そこで黒狼を降ろすから、黒狼は、脇に隠れて石倉が来たら押さえてくれないか。私は我聞を押さえる」


「よっし! 分かった! それで行こ!」




首都高川口線下り 新井宿出口付近


 シスルは、我聞より先に到着して黒狼を降ろすとバーチャル・アウトして姿を消し、上空五十キロの位置に戻った。ポッド内では、黒狼の隠れている姿と付近の映像が映されていた。


 そこへ我聞がバイクに乗って現れ、側道の脇に停車した。


 我聞は、メットを脱いで、そこでバイクに跨ったまま、時折通る車のライトをバックミラーで見ながら、石倉を待っていた。

 すると我聞は風もないのに頭の上の髪が揺れるのを感じた。ゆっくりと上を見上げると、見上げた目の前にある直径三メートルの黒い球の物体に驚いた。


「なななな、何だー!」


「お前はそこで身動き一つするな! 一言も喋らず、黙って立ってろ!」


 物体からのシスルの声が我聞をそこで金縛りのように体を動かせず、そして話すことも出来なくした。我聞は、瞬きも出来ず眼球を動かすことさえ出来ずに上を見上げたまま止まってしまった。我聞にとっては、まさに金縛りであった。見に映るのは、見上げた先の真っ黒な物体だけで、目で周囲を見たくても、その意思に目が応えられなかった。ただ高速の上を走る車の音しか聞こえてこない。

 その後、シスルはその場からバーチャル・アウトして姿を消した。


 一狼は、その様子の一部始終を姿を隠して見ていた。

 そこへ石倉がワゴン車でやって来た。

 石倉は、我聞のバイクの五メートル程、後ろで停車した。


「………何してんだ? ずっと上を見て? 何かあるのか?」


 石倉は、車の中からフロントガラスに向かって顔を乗り出すようにして、我聞の見ている先を見上げた。


「我聞さん! どうかしたんですか?」


 石倉は、ウィンドウを開けて、我聞に問いかけた。しかし我聞からは、返事もなく全く微動だにしなかった。


「何なんだ、全く、よく分からん」


 石倉は、車を降りて我聞の方へ歩き出した。そして我聞の直ぐ側まで近寄ると、我聞は目を見開き口を開けて、何かに怯えるような顔をして空を見上げて立ちすくんでいた。


「どうしたんですか! 我聞さん!」


 石倉は、我聞の様子の異常さに身の毛がよだっていた。

 その時、いきなり、両手を後ろ手に取られ、石倉は黒狼に押さえれてしまった。


「な、何しやがんだ! 俺は何もしちゃ、いねぇよ!」


「黙れ! このバイニン!」


 黒狼が後ろから石倉を取り押さえると、シスルはポッドではなく、黒尽くめの姿で黒狼の隣に立った。


「石倉は、黒狼がそのまま車の運転席に押し込めて、今から一時間、動けなくして同時に今日の記憶を消去しといてくれ」


「俺、記憶は消せるけど、身動きできなくなるように出来るかな」


「出来る筈さ。命令は同時に出すようにすれば大丈夫さ。私は今からコイツをポッドに入れて締め上げるから、そちらが済めば、黒狼もポッドに入ってきてくれ」


「了解。さぁ、バイニン! こっちへ来い」


「あっ、黒狼、それとこのバッグを助手席に置いといてくれ」


 バッグは、我聞のバイクに積まれていたものだった。中には、大麻一キロと覚醒剤が一キロが入っていた。


 黒狼は、シスルに言われた通りに石倉を運転席に引っ張って行き、石倉に命じた。

 シスルは、我聞の頭上にポッドを出して、ゆっくりと降下させてバイクごと飲み込ませた。


「シスル、上手く出来たよ。石倉は動くことも、口も聞けなくなった」


「よし。私たちもポッドに乗り込もう。私が通報しといたからもう直ぐ警察が来る」


 シスルと黒狼は、ポッドに乗り込んだ。そしてポッドは再び上空五十キロへと光速移動した。


「シスル、我聞が居ないけど、どうしたんだ?」


「ポッドの中の空間には、地球と同じ程度の大きさの空間が存在している。我聞は、その中の牢獄の暗闇の空間に手錠をして閉じ込めている。私たちのいるここは、擬似的にコックピットの空間を用意しているだけだ」


 すると我聞の位置情報のスクリーンに、真っ暗な映像が映し出された。


「身動きせずに、口だけ動かせ!」


「なな何だ、此処は! 何にも見えやしねぇ! 出せ! 此処から出せ!」


「ギャーギャー煩いんだよ。静かにしろ! そしてお前は、コイツを知ってるな。どこの誰か言え!」


 シスルのその声は、牢獄の暗闇の空間にに響いた。そして我聞の空間にスクリーンが現れ、そこに柴崎の乗った車の画像が映された。それには運転している男と助手席に座る柴崎の顔がはっきりと写っていた。


「黒蛇會の杉山健一とメフィストの柴崎って奴だ。な、何喋ってんだ。俺は…クッソ! 動けねぇ!」


 シスルや黒狼のマニピュレーターは、一度命じた後に別のことを命じると先に掛けた命令が解除され、次の命令に上書きされてしまう。今回は先に我聞が身体的に動けないように手足に錠をかけていた。


「ど言うことだ。説明しろ!」


「石倉と取引が終わった後で、コイツらに学生やメフィスト相手に麻薬を捌かせている。嶺屋に長良を殺されて、オマケに嶺屋まで逝っちまいやがったから、俺が代わりに受け持っている…。くぅー………」


「杉山との取引場所は何処だ!」


「新井宿出口付近だ…」


「杉山の番号を言え!」


 シスルは、杉山の番号を聞くと、我聞にそのまま黙ってじっとしているように命じて、スクリーンを閉じた。


「シスル、どうする? 間も無く石倉の所に警察が来るよな」


「大丈夫だ」


「アカシャ、杉山に電話して場所の変更を伝えてくれ。場所は…東北道を下って羽生インターの出口に来たらこの番号に電話するように伝えてくれ。それと途中、制限速度やルールを守って、パクられることのないように注意するよう伝えてくれ」


「はい、承知しました」


プルプルプル…プルプルプル…


「杉山、場所の変更だ。……………」


 アカシャは我聞の声で、シスルの指示通り杉山に電話した。


【我聞さん、わかりました。ご心配なく。また連絡します】


 この後直ぐに、黒狼は銀に電話して、我聞が柴崎、杉山のことを吐いたことと、銀達に東北道羽生インター下り出口へ向かうように指示した。


「アカシャは、我聞の声を出せるんだ。凄いな!」


「有難うございます」


「黒狼、石倉の所へ警察が来た」


 石倉の位置情報のスクリーンには、新井宿出口付近の映像が映されていた。石倉のワゴンの直ぐ後ろに回転灯を回したパトカーが止まった。中から警官二名がそれぞれ運転席と助手席側に懐中電灯で照らしながら立ち止まった。


「どうされたんですか? 此処は駐停車禁止区域です」


 石倉は両手でハンドルを握ったまま、前を見て黙っていた。


「扉を開けますよ。良いですね。車の中も少し見させてください」


 石倉は、動くことも話すことも出来なかった。

 警察官は、助手席にあったバッグから麻薬らしきものを見つけ、麻薬取締課の応援を呼んだ。

 石倉は、麻薬所持容疑の現行犯で、車から抱き抱えられるようにして逮捕された。


「石倉の携帯の暗号化通信アプリには、麻薬の売買の証拠がある。七〜九年、当分出てこられないな」


「コイツのせいで、どれ程の学生や若者たちが傷つけられたことか…。まぁ、興味半分にせよ、買う方も買う方だ。しかしこの程度で出てこられるのも釈然としないなぁ。中には麻薬中毒で苦しんでいる者も居るだろうに…」


「大丈夫とは言い切れないが、後で留置場へ行って、今までのことを洗いざらい全て話し、今後二度と犯罪に手を染めないように念を押してくる」


「ところでシスル。我聞はどうする? 柴崎達が羽生インターに着く頃だ。ユッキーと銀達もその少し後ろに続いている」


「杉山から我聞に連絡が来るから、アカシャに出てもらい、杉山にインター出口付近で暫く待つように指示をする。そこを銀達に取り逃さないように押さえて捕まえてもらうよう頼んでくれ。その間に我聞から全てを吐かせる」


 そしてこうした手筈を黒狼は、銀に連絡した。


 杉山と柴崎は、インター出口付近で停車しているところを銀、翔、ユッキーに取り押さえられた。

 柴崎は、長良が薬を捌いていることも承知していた。全てを知る柴崎は、長良が事故死したことを不審に思いビビっていた。そうこうすると第三分隊の麻薬を買っていたメンバーから突き上げを喰らい、杉山に取引の話を持ちかけたのだった。柴崎は、四輪部隊を分隊から破門しても杉山とは内密に連絡を取り合っていた。それもこれも全ては、メフィスト全体の乗っ取り計画のためだった。

 こうして取り押さえられた二人は、杉山こそ全てを吐くことはなかったが、柴崎は全てを吐いた。


 銀達には、杉山と柴崎を縛って車に放置し、ドライブインへ帰ってもらうように指示をした。


 シスルは、我聞から全てを吐かせ、杉山の車の横にバイクに跨ったまま我聞をポッドから降ろした。

 そして我聞の手に前に押収した麻薬を持たせ、石倉と同様に身動きできないようにして、その手を杉山の車の窓から手渡す仕草を取らせた。当然、口も聞けなかった。

 更に杉山、柴崎も、縄を解き黒狼が石倉のように、身動きも口を開くことも出来ないようにした。車の中には麻薬が仕込まれた。


 シスルと黒狼は、ポッドに乗り込み、我聞、杉山、柴崎が逮捕されるところを上空から映像で確認し、その後、ドライブインへと向かったのだった。

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