第10話 母の手

〝私たちが持つことができる最高の経験は、未知のものへの好奇心です。それは、真の芸術と真の科学の揺りかごに立つ基本的な感情です〟


アルバート・アインシュタイン




市民病院からドライブイン昭和へ向かう途中、一狼は白城に連絡を入れた。


「白城、もう終わった。これからドライブイン昭和へ向かう。帰りは多分、シスルに送ってもらうと思うから、また連絡する」


【そうですか。槙島も今ドローンの準備ができた所だったんですが…。分かりました。何かあれば、また連絡を】


「二人には悪いが、そのまま待機していてくれ」


【承知しました。それでは】


「ああ、頼む」




ドライブイン昭和


 黒狼と銀、そして翔とユッキーがドライブイン昭和の駐車場に到着した。


「おい、銀! 着いたぞ」


「うっ、う、うー……。黒狼! ここは? どうして? デビルスターの奴は?」


「大丈夫だ。取り敢えず中に入ろう」


 翔とユッキーは、何故、銀が眠っているのか? 記憶が飛んでいることを思い出せないでいた。


「なあ、ユッキー。何で俺らここへ来てるんだ?」


「病院へ翔が来て、銀が呼んでるって言うから外へ出たら、銀が眠ってて、黒狼が銀にバイクに乗って、シスルちゃんがいて、それで黒狼がドライブインへ行くって言ったからついてきた…じゃねぇのか?」


「そうだったかなぁ?」


 銀は、まだ足元がふらつくので、黒狼の肩を借りながら、イートインに入っていった。イートイン内の軽食はまだ営業中だった。


 黒狼ら四人は、中に入り端のテーブル席についた。


「銀、大丈夫か?」


「ああ、ちょっと頭がボヤッとするけど大丈夫だ。何があったんだ?」


「お前はどこまで覚えてるんだ?」


 黒狼は、銀の体を気遣いながら、デビルスターの記憶が残っていないか確認した。


「そうだな……。確か病院の前で黒狼を待っていたら、恐らくデビルスターの奴が現れて…いきなりスプレーのような物で何かを顔に吹き掛けられたんだ…。それ以降は覚えてない」


 そこへイートイン入り口から、シスルが入ってきた。目元のマスクとヘッドセットを残して、全身黒尽くめのシスルが入ってくると賑やかな店内は忽ち静まり返った。

 イートインの軽食コーナーは、まだ営業中であったため、店内には他の利用客も多くいたのだった。そしてシスルの奇抜な服装に目を奪われない者はいなかった。

 シスルが入ってくると黒狼の正面に座っていたユッキーに席を空けるように黒狼が指示をした。


「すまない。少し遅くなった」


 シスルはそう言って黒狼の正面に座った。


「シスル、すまない。ちょっと待っいてくれ。それで銀、デビルスターの奴は何か言ってなかったか?」


「そうだなぁ、そうだ! 黒狼が何処のどいつだって言ってた。…それと『言わないとまた一人、いや今度は四、五人が良いか?』ってふざけたこと言いやがって、お前が長良に何かしたんか? と俺が聞いたら、そしたら、いきなりなんか吹っかけられたんだ」


「そうか…。ユッキー、長良はバイクで崖から転落したんだったよな」


「うーん、銀の話を聞いた後だから、と言うのもあるかも知れんが、長良は峠道なんか走る柄じゃないって同じ特攻隊の杉山が言ってやしたですね……」


「シスルは、あいつから他に何か聞き出せたか?」


「黒狼が来る前は、嶺屋という名前だけだ」


 銀と翔、ユッキーは、何のことかさっぱり分からなかった。


「黒狼、何のことだ? 俺とユッキーが外に出た時は、黒狼と眠っている銀とシスルちゃんしかいなかったよな。それまでに何かあったのか?」


「お前、覚えてないのか?」


「黒狼、マニピュレーターだ」


 シスルは、そっと黒狼に囁いた。

 ユッキーは、何を言ってるのかさっぱり分からなかった。それは銀も翔も同じであった。


(それだったら、何で俺は忘れてないんだ?)


 黒狼は、内心そう疑問に思ったが、シスルが忘れろと言ったことをこれ以上聞いて無駄にしないようにした。


「…銀が攫われそうになっている所をデビルスターの男を捕まえて、名前を聞き出したんだ。名前は嶺屋。デビルスターは、メンバー四人、麻薬密売に武器の販売、クーデターやテロ支援を行い、人身売買にも加担している。上部組織にはセブンシールという別組織があるようだ。それを聞き出している時に嶺屋は毒を飲んで自殺を図った」


 シスルは、デビルスターの情報だけを説明した。


「ユッキーと外に出る前に、そんなことがあったんだ」


 翔は、記憶の抜けた違和感を覚えながら、シスルの説明に納得していた。


「そりゃぁ、かなりヤバい相手だな」


 銀がそう言うとシスルが続けて話した。


「黒狼達が出た後に車の中を調べたら、個人携帯用ロケットランチャー一台と拳銃三丁、フェンタニル五十グラムを見つけて押収しておいた」


「押収したって?…それじゃ、俺を助けてくれたのはシスルちゃん? なのか?」


「ああ、シスルが嶺屋って奴が銀を車に放りこうもうとしている所を見つけて助けた」


 銀と翔、ユッキーは、それを聞いて唖然とした。


「デビルスターの嶺屋が、長良の事故死に関係しているなら、いや、いるだろうと仮定して、当分の間、全体集会とパレードは中止だな。…それと銀、翔、各分隊取締役にこれらデビルスターの組織について、長良の事故死について、全て漏らさず連絡して連合メンバー全員に地元近辺であっても無駄に流すことを自粛するように、末端に至るまで全て口頭で伝えてくれ。いいな!」


「うっす!」


「ユッキーも頼んだぞ」


「うっす!」


「シスルは、他に何かあるか?」


「いや、今のところは何もない」


「シスルちゃん、いやシスルさん。礼を言うのが遅れてすまん。助けてくれて、ありがとうな!」


「良いんだ。それとシスルで良いよ」


「シスル、まだ時間いいか? 良ければ、送ってくれないか」


「ああ、構わない。そのつもりだ」


「それじゃ、銀。今日はこれで帰る。後は任せていいな」


 黒狼は、そう言ってシスルと席を立った。


「ああ、任せとけ。黒狼、お疲れさん」

「お疲れ様でした!」

「シスル! バイバイ!」



 黒狼とシスルは、外に出て駐車場を並んで歩きながら、黒狼が話しかけた。


「なあ、シスル。…聞いてもいいか?」


「何だ」


「シスルが病院でマニピュレーターを使った時、何で俺には聞かなかったんだ?」


「黒狼にも、同じ能力があるからだ」


「そうなんだぁ。……ところでシスル、バイクは?」


「この辺でいいだろう」


 シスルは、そう言うと身体から黒いものが流れ出だして、一瞬にいつもの真っ黒なバイクが現れた。そこには既にシスルが跨っていた。


「さあ、黒狼、乗って」


 シスルは、そう言って胸元から何かを取り出すと、黒狼の額に手を当てた。するとシスルの手から黒狼の頭部を覆うようにヘルメットが現れた。


「これで移動走行中でも通信ができる」


「へぇー」


 黒狼は、自分の頭に突然現れたヘルメットに驚きながら、感心していた。



黒菱タワー最上階 一狼宅 セキュリティルーム


「はい、奥様。今、坊ちゃんのGPSを追跡中です。坊ちゃんはこちらに向かって移動中です」


【ドライブインからですね。あのシスルとう言うお嬢さんとご一緒かしらね?】


「は、はい、恐らく。お、奥様、な、何故、ドライブインのことを?」


【あら、いやねぇ。全部知っていますよ】


「す、すみません奥様! 決して隠しているつもりはございませんでした」


【いいのよ。白城の考えと気持ちはよく存じてます。これからも一狼を見守りながら助けてやって頂戴ね】


「はい! 恐れ入ります!」


【少し急ぐので、これで失礼するわね。詳しいことはまた明日にでも】


「はい! 奥様。失礼致します」




黒菱タワー付近


 シスルは、市街地道路に入り、スピードを落として走行していた。それによって黒狼はシスルと会話することができた。


「シスル? シスルの瞬間移動は、これに乗ったまま一緒に瞬間移動は出来ないのか?」


「アレは普通の生命体は次元の仮想転移することが出来ない」


「普通の生命体? 次元の仮想転移? ってどう言うことだ?」


「アレは瞬間移動というより、時間と物質の存在しない次元に仮想転移し、そこから座標移動して元の次元に戻っている。私と同じ種族で無ければ、生命を持たない物質を除いて、つまり全ての生命体は次元転移した瞬間に肉体を残して魂は消滅してしまう。次元転移するためには、いつも見ている私の全身を覆っている黒いアブソーブ・ポッドと呼ばれている物質で次元転移を行う。このアブソーブ・ポッドを構成しているものが、ダーク・オーアという地球上には存在しない鉱物だ。この物質があらゆるエネルギーを生成している。この物質は、私の種族の能力によってのみ、あらゆるエネルギーを生み出し、変幻自在に形を変え、どんな物質よりも固くも柔らかくもなることを操ることが出来る」


「仕組みは、かなり複雑そうに思えるが、それを…それが瞬時にできるのは何故?」


「それは、まず次元転移には二種類の転移がある。バーチャル・アウトとディメンション・アウトだ。バーチャル・アウトするとアブソーブ・ポッド内では時間は流れるが、その間、地球上並びにこの四次元空間内では時間がゼロのままの状態となる。次にディメンション・アウトすると完全に時間と物質の存在しない次元に転移する。そして時間はアブソーブ・ポッド内も、この地球、四次元空間でも時間は流れ続ける」


「うーん、分かるような、分からないような」


「バーチャル・アウトについてもう少し噛み砕いて言うと。アブソーブ・ポッドがバーチャル・アウトした後の時間がゼロの状態になったこの四次元空間、地球から見たアブソーブ・ポッドがどのような状態にあるかと言うと、その時、アブソーブ・ポッドは、この四次元空間内に存在するが存在しない状態にあると言える。つまり黒狼から見た私は消えてなくなるが、実は私はポッドの中で、無限の時間を得ている。と言うことだ」


「うーむ、難しいなぁ。シスルはそのポッドで時間を操ることもできるのか? 過去へ行ったり、未来へ行ったりとか」


「時間の操作は誰にも行うことは出来ない。人類があと何万年、何百万年と存続できたとしても、そんな知識や技術も能力も得ることは出来ない」


「そうなのか。それは少し残念だなぁ。話は戻るが、バーチャル・アウトでシスルが無限の時間を得られたとして、その移動にはシスルにはそれだけの時間が費やされている。と言うことか?」


「アブソーブ・ポッドの速度は光の速度より遥かに速い、宇宙誕生と同じ速度、インフレーションで移動することができる。そしてその移動の際のポッド内の重力は地球上と同じように一定に保たれている。これによりポッドは、この宇宙空間の何処へでも、ほぼゼロに近い時間で移動が出来るということだ。先ほど言った無限の時間を得られると言ったことについてだが、ここでの時間とは、四次元空間でのことで、次元転移している間、ポッド内での時間や重力、物質は存在するが存在しないので、経年劣化することはない。つまり私は歳をとらない」


「そうかぁ、それがシスルの瞬間移動の正体なんだな。ところでシスルは俺の記憶を消せないが、俺にシスルの秘密を話してもいいのか?」


「消せないから話した。そして黒狼を信用、信頼しているから話した。このことは他言無用で頼む」


「言わないよ。シスルの秘密を教えてくれて、ありがとう」


 間もなく黒菱タワーに到着するその時だった。黒菱タワー横の路地を左折した所へ突然、黒尽くめの女? が立っていた。シスルはそれを見て急停止した。


「黒狼、降りて」


 黒狼がシスルのバイクから降りると、バイクと黒狼のヘレメットは、あっという間にシスルの身体に吸い込まれていった。


「アレは……シスルと同じ?」


 黒狼は、突如、現れたシスルと同じ格好をした女を観察しながら、シスルの側に立ち尽くした。

 黒尽くめの女は二人の方へ歩いた。目元にマスクとヘッドセットを残して他は身体の全て真っ黒である。髪の長さは肩までだが、シスルと同じ銀髪で、その体型からシスルより大人のように見える。

 女は徐々に二人に近づいた。


「警戒することはない。私も同じ種族だ」


 女は二人の前で立ち止まるとそう言った。その声は大人の女性の甘い声だった。


「貴方は誰だ」


「私はロドン。お前は?」


「シスル」


「母親の名は、レスペデーザ、或いはリスラムだな」


「そうだ。何故それを知っている」


「やはりそうか。お前、いや貴方様の曽祖父マウレタニア王が貴方様をお探しになられていらっしゃいます。と言うか曾孫であるシスル様の存在をご存知ありません。是非、故郷へ一度帰られた方がよろしゅう御座います」


「そんなことは知らない。私はこの世界に留まる」


「リスラム様もそうであったように、私たち種族は本来、オブザーバーまたはアドミニストレーターの役目でなければならない。そのどちらの役目も負われていないシスル様が今なされていることは、ある種の越権行為にあたります。そして現在、このユニバースでは、私のようなオブザーバーしかおりません」


「貴様は、母上を知っているのか?」


「ええ、リスラム様がオブザーバーの頃はよく存じておりました。しかしリスラム様は、この地球に永住転移されることをお決めになられて、その役目を降りられました。それ以降はお会いしておりませんでした。私達と同じ種族であるアトラス王国の王であるマウレタニア王は、貴方様の唯一の血縁関係にある肉親で御座います。是非、一度お会いされることをお考えください」


「肉親ならこの世界にもいる。同じ種族の肉親がいたとしても、それでも、私は私の自由に生きる」


「シスル様、よくお考えください。……人が来ます。またお会いしましょう。それでは失礼致します」


 そう言ってロドンと名乗る女性は、全身がすっぽりと黒尽くめに覆われ、姿を消した。


「あの人、何かしら?」

「コスプレじゃないのか?」


 男女のカップルの通行人が二人の横を通り過ぎて行った。


「………………」


「シスルと同じ種族の人がいたんだ。シスルは王様の曾孫だったんだな。シスルは知らなかったのか?」


「知らない」


「そうか………」

「シスル、良かったら家に寄っていかないか? 何か食事でも白城に頼んで用意してもらうけど。どうだい?」


「…ありがとう。でも遠慮しとく。少し考えたいことがある」


「そうか。じゃあ、俺はすぐそこだから、これで失礼するよ。また連絡する。じゃあな、シスル」


「私もまた連絡する。バイバイ」


 そう言っていつもの様にシスルは姿を消した。


「バイバイ?………」


 シスルと同じ種族の人間が他にいることにも驚いたが、シスルの別れの言葉を聞いた黒狼の口角が、何処となく上がってる様にも見えた。

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