第6話 忍び寄る禍事(二)

ドライブイン昭和


「うっす! あれ? 今日、黒狼はまだっすか?」


「ああ、その内に来るだろ」


「昨晩の帰りに黒狼から聞いたんだけど、詳しくは教えてくれなかったんだけど、首都高で、あのシスルって娘に黒狼がピンチを救われたらしいんだよなぁ。」


「らしいな」


「黒狼のピンチを救った。ってどういうことなんですかねぇ。あの黒狼を救ったんだから、そりゃ凄かったんだろうけど…」


「んー。…じゃないか」


「さっきから何なんだよ。銀、スマホばっかりいじって」


「さっき黒狼から連絡があってな、メンバー全員にレイン入れといたから。お前のとこにも入ってるだろ」


「あっ、本当だ。何だこれ? 少女誘拐犯の車とナンバー?」


「各分隊総長には、分隊取締役のセイジン、コウ、ユッキー、キワ、グレーから連絡回すように伝えといたから」


「そんなの俺がやりますよ。補佐なんだから」


「いや、今回は、犯人の車を見つけ次第に黒狼に連絡入れることになってるから。そして出来ればその車の後をつけて、誘拐犯の隠れ家まで突き止めれば。ということらしい」


「黒狼と連絡取れるのは、銀だけだからなぁ。でも何で誘拐犯? 黒狼が誘拐犯でも追ってるんすか?」


「いや、黒狼がシスルから頼まれたらしい」


「えっ、え! 何でシスルちゃんなんだ? そんなの警察の仕事だろ。」


「よくは分からなえけど、黒狼はシスルに借りがあるからな」




その数時間前 黒菱タワー最上階一狼宅


プルプルプル、プルプルプル、プルプルプル、プルプルプル、


(誰だ? 着信番号も何も表示されていない……)


 何故か、着信表示されないスマホの着信音に一狼はシスルの顔を浮かべていた。リビングのテーブルに置かれたスマホを手に取り、画面表示を見ながら、そのままソファに腰を下ろした。


プルプルプル、プルプルプル、プルプルプル


 一狼の携帯電話は、設定番号以外からの着信は、一切受け付けない筈の仕組みであった。しかし画面には何の表示もされることなく着信していることに少々戸惑いはしたが、思い切って一狼は電話に出た。


「はい。誰?」


【出るのが遅いよ!】


「…で、誰?」


 いきなりの少女の声に少々面食らったが、再度相手が誰かを確認した。


【シスル……】


 一狼は、電話口の相手がシスルだと分かっても驚くことはなかった。


【…実は黒狼やメフィストのメンバーに急ぎの頼みが有るんだけど】


 そうシスルは緊張した感じで、続けざまに一狼に頼み事があることを伝えた。


「やあ、シスル。いいよ。頼み事って何?」


【実は今、少女誘拐犯を探してるのだが、監視カメラ映像で時折、居場所をキャッチは出来るんだけど、居場所をキャッチできても、監視カメラの情報をリアルタイムで見ている訳ではないので、その場所に駆け付けてもそれ以降の足取りがサッパリ掴めず仕舞いで困っているんだ】


「うん、それで…」


 一狼は、疑問に思うことも口に出すことはせず、シスルの話をじっくりと聞いた。


【…それで、頼みというのは、メフィストのメンバー全員で、今から送る監視カメラ画像の車を探して欲しい。そして出来れば、その車に気づかれないように後をつけて隠れ家を突き止めて欲しい。誘拐された女の子は車に一緒に乗っているところが写っているので、無事で有るのは確かなのだが、女の子の安全を考えると気づかれると事態が悪化する可能性がある。だから気付かれる恐れがある場合は、そこまでの深追いはせずに発見情報だけでも構わない。少々厄介なことだが、頼めるだろうか?】


「ああ、分かった。連合の奴らはいつも追われる側なので、そこら辺はヘマしないで上手くやれると思うよ」


 そう言って一狼は、快くシスルの頼みを受け入れた。


【ありがとう。黒狼…】


「それで、…幾つか質問が有るんだけど、聞いてもいいかい」


【ああ。いいとも】


「まず第一に、犯人の車を見つけた。或いは、尾行して隠れ家を突き止めた場合に、シスルにどうやって連絡したらいいんだ」


【ああ、それか。黒狼、今から私と一緒に犯人を探してくれないか? それなら連絡の心配をしなくて済む】


「え? …いや、違う。いやそれは良いけど…。だったら、いつどこへ行けば良い?」


 思ってもみないシスルの提案に一狼は、戸惑った。


【心配ない。私が今からそちらに行くから】


「そちらに…って? どちらに?」


 メフィストの誰一人として一狼の素性を知らないことをシスルは知っているのだろうか?

 例えそうであったとしても、それ程恐れることではなかったものの、ひょっとして知られているのではないかという疑念と少しの緊張を感じていた。


【今、電話に出ている所にだよ】


「ええー!」


 一狼は、何もかもシスルにバレていることを悟った。一狼も覚悟を決めた。


「そうか。じゃあ、着いたらもう一度ここへ電話して。専用エレベーターでしか上がれないから、俺が下まで迎えに行くよ」


【今着いた】


「ええー? …ええー!」


 一狼は、腰が抜けんばかりの驚きだったが、慌ててソファから立ち上がり、玄関の方へ振り返った。



うわっああああ!


 思わず叫び声を上げてしまった一狼の前に、黒尽くめの人のような何か? が立っていた。


 そこに立っていた者は、黒いロングコートのようなものを羽織り、その下も黒尽くめであった。頭の先から爪先まで、何もかも全てが真っ黒であった。


「シ、シスル?」


 一狼が呼びかけると、頭と顔を覆っていた黒いものが体に吸い込まれるように、スッと消えていき、目元のマスクとヘッドセットのようなものを残して、シスルの顔といつもの長い銀髪を現した。


「突然押しかけて、驚かせてしまったようで、すまない。」


「あー、ビックリした」


「…シスルは、人間? …だよな? …それとも宇宙人?」


「この服装のことか? 大丈夫。床やカーペットを傷つけることはないから。そして宇宙人なんていないよ。私も同じ人間だ」


「だよなぁ。それにしても何もかもが予想外で、突然の展開だったから驚いたよ」


「小百合ちゃんが誘拐されてから、まもなく二ヶ月になろうとしている。それに最近では、手掛かりが徐々に少なくなって来ているので、私も焦っていたんだ」


「誘拐されたのは、小百合ちゃんって言うんだ。まぁ、折角ここまで来たんだから、シスルの話も詳しく聞いてみたいし、どうぞ座って」


 一狼は、シスルが一狼のことをどこまで知っているのか? 誘拐事件のことやシスルがそれにどう関係しているのか? 色々と聞いてみたいことがあった。



 シスルは、一狼に促されるまま一狼の向かい側に腰を下ろした。


「白城! 見てるんだろ! 白城もこっちへ来いよ」


 一狼は、天井にあるカメラに向かって白城を呼び出した。


 直ぐに自室から出てきた白城は、リビングへ向かった。


「ああ、少々待ちください。今お茶を入れますので。お嬢さんも紅茶で宜しかったですか?」


 白城は、どうやってシスルが厳重なセキュリティをすり抜けて、しかも部屋の中に突然姿を現したことに動揺していたが、シスルにそのことを悟られないように振る舞った。


「シスルも紅茶でいい? コーヒーもあるけど」


「ああ、私も紅茶で頼む」


 それから一狼は、白城が紅茶を運ぶまで、ソファに凭れ掛かるように座り、軽く目を閉じた。

 シスルは、ソファに腕と脚を組んで座り、じっと一狼の方を見ていた。


「お待たせいたしました」


 そう言ってシスルと一狼の前にカップを置き、ポットからそれぞれ紅茶を注いだ。



 白城もその後、一狼の座る側のソファに腰を下ろした。


「えー、改めて、坊ちゃんのボディガードを主に、身の回りのお世話をさせて頂いております。白城と言います。よろしくお見知りきください。そして坊ちゃんがいつもお世話になっております」


 白城は、軽く会釈をし、一呼吸おいて


「…また先日は、坊ちゃんが危険なところを助けていただき大変、感謝致しております。ありがとうございました」


 そして改めて深く会釈した。


 シスルは、ソファに深く腰を下ろし、腕と脚を組んだままの姿勢で、白城の言葉を聞き続けた。


「聞いているかもしれないが、私の名は、シスルという」


「はい、伺っております。…それで、先ほどお坊ちゃんとお電話をされている時から、別室で電話の内容や突然お越しになられた様子など全て拝見させて頂いておりました」


「ああ」


 シスルは、白城の言葉に動じることなく一言だけ答えた。

 白城は、シスルの態度とそれまでの一狼とのやり取りを見ていた上で、シスルから必要以上のことを聞けそうにはなさそうに感じていた。


「そこで坊ちゃんに送られた画像から、車の車種とナンバーでデータベースに掛けて調べたのですが…」


「ああ、調べても無駄だ。所有者は、犯人とは別人であることが分かっている。そして所有者と犯人は一切関係ないこともわかっている」


「それなら、車の盗難か何かにあったとして、盗難届などが出されていても良い筈なのに。警察のデータベースからは、それらしい情報は見当たりませんでした。所有者は何故、盗難届を出さないんでしょう?」


「所有者も麻薬密売の犯罪者だからだ。警察はその車が誘拐犯に利用されていることは知らない」


「それでは、犯人情報を警察に届ければ良いのでは? 一般市民なら、犯罪を知った事実を届ける義務があるはず。それとも貴方は警察関係者なのですか? 或いは、どういう仕組みかは分かりませんが、そのスーツのことやここのセキュリティに反応することなく突然この部屋に現れたこと。予め設定した番号以外の着信、発信ができない坊ちゃんの携帯にどうやって電話をかけられたのか? など、それらを考えると貴方は何らかの国家組織の一員か何かなのですか?」


「私は一般市民ではあるが、ほかは全て違う。私が事件と犯人の情報を知ったのは、つい最近のことで、今では犯人は身代金目的の誘拐犯やただの小児性犯罪者ではなく、人身売買組織と繋がりがあるのではないかと疑っている。それについての詳細は後で説明しよう。それから警察では、それらを完全に解明、解決することはできない。最後に私個人についての質問には一切答えることはできない」


 シスルは、テーブルの上の紅茶に手を伸ばした。


「────」


 白城は、それ以上のことを何も聞くことはできなくなってしまった。


 そして一狼は、そっと目を開いて、凭れ掛かっていた体を起こし、口を開いた。


「俺の名は、黒川一狼。シスルはこのことも俺のことを全て知ってるんだよな」


 シスルは、紅茶を一口飲みカップをテーブルに戻した。


「ああ。國學黒菱学園中等科三年、黒川一狼。両親は、黒川菱一、ローズ。学園創設者で黒川グループの社長と会長。ここ以外の自宅のことや一狼のボディガード白城や執事の槙島、メイドの早川、本庄、春日部のこと。帝都連合メフィストの総長、黒狼であること。全て承知している。ここでは黒狼と呼ぶが、それで良いか?」


「ああ、それで良いとも。ただ俺のことについて、ここ以外の誰にも知られないようにして欲しい」


「承知した」


「では、これから銀に犯人についての情報を連絡して、メフィスト全員にその旨手配を掛けて犯人を探すが、それで良いか?」


「ああ、よろしく頼む」


 一狼は早速、銀に画像をメールして誘拐犯捜索について電話した。




ドライブイン昭和 現在


「しかしあれっすよねぇ。あのシスルっていう娘。マスクの外から見ても、よく見ると結構可愛いんだよなぁ」


「そーなの? まだ小学生ぐらいにしか見えなかったけどな」


「あの娘、また来ないっすかね。いっその事、もうメンバーに入れてやりましょうよ」


「入りたいって言ってたのか? つか、一緒に走るぐらいなら良いけど、メンバーはダメだろう」


「野郎ばっかりで、花があっても良いと思うんですけどねぇ」


「そういう問題じゃないだろうに。他に方法として、レディース作るぐらいじゃないか?」


「おお、そりゃ良いですね。帝都連合「匁呎州都」レディースですか?」




黒菱タワー最上階 一狼宅リビング


「シスルさんの事情は承知いたしました。ただ携帯電話を持たれていないシスルさんが、お坊ちゃんにどのような方法で電話を掛けられたのか謎ではありますが、私もお坊ちゃんの警護の都合、シスルさんからは、いつでも連絡可能だとしても、お坊ちゃんや私から一切連絡を取ることが出来ないというのも緊急時に困ることも有ろうかと思います」


「坊ちゃん、例の携帯持ってますよね」


「ああ」


 一狼は、ポケットから黒いスマホを取り出し、ゆっくりとテーブルのシスルの前に置いた。


「シスルさんには、こちらからも、いつでも連絡ができるように、そちらの携帯電話を持っていてもらいたいのです」


「そんなことで良いのなら、全く構わない」


 シスルは、スマホを手に取り、上着のポケットに入れた。


「その携帯は、お坊ちゃんの持たれているものと同様、設定された番号以外の着信と発信が出来ません。まぁ、シスルさんのような方が他に居れば話は別ですが。…それと出来ましたら、次回からシスルさんから連絡をいただく場合、そちらの携帯からご連絡頂ければ助かります。と言うのもシスルさんからの先程の通信では、こちらに番号表示がされないものですから、どうしても受信するまで躊躇してしまいます」


「ああ、私もいつでも電話に出られるとは限らないが、こちらから連絡する場合も出来るだけそのようにしよう」


「最後に、幾つかその携帯についての注意点ですが、まず携帯を使用するにあたって、使用者認証を行う必要が有ります。現在、認証登録未設定の状態ですので、携帯の右横にある起動ボタンを押していただいて、画面を見ていただければ、自動で顔認証による使用者登録がされ起動します。以降、画面に顔を向けるだけで起動します。顔認識は、今つけているマスクをされていても可能です。充電は、携帯電話を電源コンセントの三十センチ以内に近づければ、自動で充電されます。続いて機能の説明ですが、予め設定された番号は、よくある登録番号と違い携帯から設定番号を確認することはできません。着信履歴から再発信するか設定されている番号を記憶していただいて発信する。それ以外の方法は有りません。機能の全てが市販の携帯電話とは異なり、通常のアプリなどの登録、インストールは出来ません。インターネットは専用ブラウザでのみ利用することが可能です。メールの送受信もインターネットでのみ利用が可能です。メールアドレスはすでに登録済みです。専用のメールアプリを開いてご確認ください。但しアドレスの変更は出来ません。そちらのアプリであれば、他者のメールアドレスも設定番号以外の相手でも登録することが可能です」


 シスルは、時折紅茶を飲みながら白城の説明を聞いていた。


「以上が携帯についてのご説明となります。携帯の不具合等については、私までご連絡いただくか或いは、手渡していただければ対処いたします。長くなりましたが如何でしょうか? ご不明な点がございましたら、お答えいたします」


「問題ない。全て記憶した」


「ご協力頂き、ありがとうございます」


「面倒なことを頼んで、すまないな。シスルが携帯を持っていれば良かったのだが…」


 一狼は、そう言ってさり気なくシスルの情報を聞き出したかった。


「構わない。今まで持つ必要が無かったから持たなかっただけだ」


「ところで誘拐犯の捜索は、これからどうする?」


「今はネットワーク上の全ての監視カメラをリアルタイムで見ているので、その範囲内であれば、ある程度キャッチできるから対処可能なのだが、それ以外の場所は、どうしても情報を捕捉するのに時間が掛かってしまう」


「シスルさんが、どうやってネットワーク上の全ての監視カメラをリアルタイムで見ることが出来るのか? これは聞いてはいけないことなのですよね」


 白城も当然、シスルの情報を少しでも得たかった。


「いや、たが何故、黒狼の携帯へ着信番号を表示させることなく、私から通信出来たのかと同様に、詳しく説明しても理解できないだろう。…まぁ、所謂、ハッキングのようなものだと理解してもらえれば良いだろう」


「────」(世界で未発表の黒川グループの最新技術より高度な技術って? ……一体この嬢ちゃん何者なんだ)


「ただ私もこれまで犯人情報をリアルタイムでキャッチできたのは、今のところ一度もない。これまで二回キャッチしたのは全て事後情報で、一回目が四月七日の午前十一時五分、二回目が四月二十八日の午後十二時三十二分だった。黒狼へ送信した画像は二回目のものだ。そして二回とも小百合ちゃんを連れての日中の時間帯のことである。犯人は、主に昼中に動いているのかもしれない」


「ならば、うちのメンバーが発見するのは難しいかもしれない。殆どが日中は、仕事をしているか学校へ行っている連中が多い。まぁ、日中ぶらぶらしている者もいることはいるのだが──」

(一回目も二回目も、…と言うことは、シスルも学生なのか?)


「そうだな。確かに昼の時間帯は発見できる期待は薄いかも知れない。そこで先程少し触れた人身売買組織についてだが、私も組織についての調査を始めてまだ三ヶ月足らずなのだが、始めて一ヶ月程した頃、この小百合ちゃん行方不明事件のことを知り、その被害者の小百合ちゃんが乗った犯人と思われる車の一回目の監視カメラ画像がキャッチされた場所が群馬で、二回目が神奈川だった。決定的な証拠はないのだが、これは組織と犯人が連絡をとっている可能性がある」


「うーん、分からないことが多いのですが、シスルさんは、その組織と犯人が関連していると考えているんですね」


 白城は、人身売買組織がなぜ浮上したのか? どう誘拐犯と関連が推測できたのか疑問だらけであった。


「そうだ。まず人身売買組織の存在を疑ったのは、私もこの組織の具体的なことについては、不明なことが多く、手掛かりが殆ど掴めていないのだが……。きっかけは、とあるニュース記事で、ここ数年の間、全国で未解決の六歳から十八歳位までの男女行方不明事件が急増していることを知り、それがきっかけで調査を始めた。そしてその未解決行方不明者の傾向として、特に就学前や低学年に件数が多く偏っているようだ……」

「更に調査を進めていく間に今回の行方不明事件を知り、併せて調査を進めていくと一回目の犯人が乗っている車の画像から所有者を辿り、所有者である石倉智樹(二〇)を捕まえ、締め上げた。石倉はデビルスターというバイクグループの一人で我聞という男から麻薬を仕入れて高校生や大学生に密売していた。またその我聞が、私が石倉を締め上げた三日ほど前に子供の誘拐の仕事を持ちかけてきたということだった。その内容は、幼児から中学生ぐらいまでの男女を攫い連れてくるか、そういう犯罪者の連絡先を紹介することのようだった。ただ車は本当に盗難にあったようで、車の持ち主の石倉と犯人は全く無関係であることが分かっている。以上、それらが全て確定的ではないが、そう言う組織の具体的存在の事実を初めて知った。という経緯だ」


「では、デビルスターというグループまたは我聞という奴が、人身売買組織かそれに関わる者と言うことですね。だったらその我聞っていうやつを締め上げたらどうなんでしょう」


「石倉は我聞の連絡先を知らない。石倉から我聞へ取引の依頼をすることはなく、いつも我聞から非通知で、取引日時や場所についての連絡があるそうだ。だから今は石倉の携帯は常に監視中の状態にしている。だが前回の取引以来、我聞からの連絡は一度もない」


「それでは、シスルさんのことや石倉や我聞の犯罪のこと、人身売買について探っていることなど、全て相手にバレて警戒されてしまうのではないでしょうか?」


「大丈夫だ。石倉を締め上げた時の記憶は、消去している」


「────」(それって、坊ちゃんと同じでは?)


「シスルはそんなことも出来るんだ」


 一狼は、シスルの話に驚くこともなく、自分と同じ能力があることに親近感を抱いた。


「ああ、一狼と同じだ」


「参ったなぁ。シスルは何でも知ってるんだね。ちょっと怖いぐらいだけど……」


「それほど気にすることでもなかろう。お互い人の心までは読めない同じ人間だ。ただ他人ひとと多少違うだけのことだ」


「いや、かなり違うだろう!」


 白城は、思わず声が漏れてしまった。


「坊ちゃんは、私にその力を使わないでくれていますが、シスルさんも私には使わないでくださいね」


「努力する」


「いや、お願いします!」


 白城は、真剣な顔つきで、シスルに頼んだ。


「…話を戻して。ところで石倉の話に出てきた我聞が所属するデビルスターというバイクグループのことだが、黒狼は何か知らないか?」


(あれ? スルー?)


「そうだなぁ? 聞かないグループだなぁ。暴走族とは違うのかも知れない。年齢も上の様子だしな……。一応、銀を通して連合に情報を集めるようにしようか?」


「そうしてもらえれば助かるが、このグループは誘拐犯より危険だと思う。呉々も注意してほしい。決して無理をせず、グループの情報だけで構わない」


「そうしよう。メフィストは薬物は御法度だから、内のメンバーに限って、そのグループと関わりがある者はいないと思う。だから安心してほしい。では、早速……」


 そう言って一狼は、自分のスマホを取り出し、銀に電話をかけた。




ドライブイン昭和


プルプルプル


「黒狼、丁度よかった。今連絡しようとしていたところなんだが、ついさっき第四分隊からキワを通して連絡が入っきたところで、画像の犯人の車を見つけたが、見失ったらしいんだ。今、キワと第四分隊の動ける連中で、手分けして探しているところなんだ。ここからそう遠くないところだから、今から俺と翔もキワに合流しようと思う」


【分かった。住所をメールしてくれ。今シスルと一緒だから、二人で其方へ向かう】




黒菱タワー最上階 一狼宅


「シスル、内のメンバーが車を見つけたが、見失ったらしい今から…」


「聞いていた。私は先に地下ガレージに降りている」


 シスルは、ソファに座っている状態から、一狼宅に突然現れた時と同じように全身が黒尽くめになり、その瞬間にその場から消えた。


「あれは、一体どう言う仕組みなんだ!?」


 白城は、事件のこと以外、シスルのことを殆ど何も得られなかった。


「白城、俺も出掛ける。向かう途中にバイクから連絡する」


 と言って、一狼は、玄関へ走った。


「はい、坊ちゃん、気をつけて!」


 白城は、一狼に声をかけた後、リビングのカメラの方を見て


「槙島、全て見ていたな。坊ちゃんのアシスト頼む」


『承知しました』


 天井に有るスピーカーから槙島の声が聞こえた。




黒菱タワー専用地下ガレージ


 シスルは、全身黒尽くめのまま、いつもの黒いバイクに跨り、スタンバイしていた。


 一狼が専用エレベーターで地下まで降りると


「メールも確認させてもらった。悪いがメールの住所まで先に行かせてもらう。黒狼も気をつけて来て欲しい」


「分かった。俺も向かう途中何か分かればすぐに連絡する」


「よろしく頼む。では…」


 シスルがそう言うと今度は、バイクごと姿を消した。


 一狼は、フルフェイスをかぶり、セルを回した。




銀のメールの住所に向かう途中


「白城、銀からの連絡で、見失った犯人の車をキワと第四分隊の連中で探しているらしいんだが、銀から届いたメールの住所に銀と翔と俺も今向かっているところだ。…シスルは先に行った。俺はこれからバイパスに入るから、、ああ、緊急だ。現地までまた、信号の方よろしく。……分かった、気をつける。また連絡する」


 一狼のフルフェイスには、ハンズフリー機能があった。一狼は、白城との通話を終えると、一狼の進行方向の信号機が一斉に青になった。


 槙島は、ドローンを発進させ、一狼のGPS信号を元に信号機のハッキングを行った。





第四分隊管轄区域 とあるコンビニ駐車場


「黒狼、ごめん。犯人の車を見つけたんだが、見失ってしまった」


 第四分隊取締役の成田吉和(キワ)が、集合場所のコンビニ駐車場で黒狼達の到着を待っていた。

 第四分隊は主に神奈川一帯を管轄拠点とする。分隊総長の澤村圭吾率いる総勢六十五名のグループであった。そしてそのグループを統括グループで管理するのが、成田吉和の役目であった。


「そんなことは構わない。それで発見場所はどの辺りだったんだ?」


「うちのメンバーが、総合公園の北側で発見して後をつけたんだが、デカいバイクに急に幅寄せされ、事故っちまいやがった。その間に見失ったらしいんだ。今動ける他のメンバー総動員で、その辺りを探しているのだが、、ひょっとしたら犯人は他所へ移動してるのかも知れない」


「何! それでその事故ったメンバーは大丈夫か?」


「ああ、骨折して入院はしたが、命に別状はない」


「そうか…。それでそのデカいバイクってのは、どんな奴だったんだ」


「それが犯人の車しか見ていなかったらしく、デカいバイクに全く気づいてなかったらしい。それでいきなり横から幅寄せされて…。一瞬のことでバイクの車種も乗ってる奴の特徴も白いジャケットのような物を着ていたと言うぐらいで、殆ど何も目にすることが出来なかったらしい」


「そうか分かった。取り敢えず俺も先ず、その辺りを探してみよう。所でシスルは来なかったか?」


「ああ、黒狼が来る少し前に来て、その話をしたら、すぐ出て行っちまったぜ」


「分かった。銀と翔も後から来るはずだから、お前はもう少しここで二人を待ちながら、分隊の司令塔になってくれ。何かあれば、銀に連絡してくれ」


「了解!」


 黒狼は、キワにそう伝えるとフルフェイスを被り、バイパーのエンジンをかけた。


「シスル聞こえるか? 今どこだ?」


【ああ、聞こえてる。今は総合公園の北側から西側に回ってその一帯を探しているところだ】


「よし分かった。俺は一旦北側に向かいそこから東側を回って南側に向かう」


【了解】



 黒狼は、通話が終わるとコンビニを後にし、白城に連絡を取った。


「無事着いた。アシストありがとう。今もドローンで監視してるんだろう」


【はい、お坊ちゃん。何でしょうか】


「そこで頼みがあるんだ。俺は今から総合公園の北側に向かいそこから東側を回って南に向かいながら、一帯を探してみる。シスルはその逆を今回っているところだが、俺の方は大丈夫だから、槙島に言ってドローンでも捜索当たってもらえないか?」


【はい、承知いたしました。お気をつけてどうぞ】


「ああ、よろしく頼む」



キワが銀と翔の到着を待つコンビニ駐車場では


 銀と翔がコンビニの駐車場に入ってくると、銀はキワから捜索状況を確認した。そして最初に発見したメンバーの事故のこともそこで初めて知った。


「クッソー! そのでかいバイクってのはどこの誰なんだ!」


「翔、俺らも手分けして直ぐに探しに出ようぜ!」


「うっす!」


「キワは、司令塔を引き続き頼んだぞ。何かあれば直ぐに連絡な」


「了解です!」


 銀はコンビニに向かう途中で黒狼からシスルと黒狼の捜索範囲を事前に聞いていた。銀と翔は、黒狼とシスルより少し広い範囲で手分けして捜索することにした。そして二人は別々の方向へとコンビニ駐車場を後にした。


 それから間も無くのことであった。



 銀が南向きに交差点で信号待ちをしていた時、西側から東へ直進する犯人の車と思われる車が横切って行った。

 その少し後ろを第四分隊の特攻隊長の倉橋が後をつけていた。


(あ、あれは、犯人の……で倉橋が後をつけてやがる)


 銀は、倉橋が通り過ぎると、信号はまだ赤だったが、その後を追うように信号を無視して左折した。

 少しづつ倉橋と距離を縮めた時だった。一台のレーサータイプの大型バイクが、銀の横を追い抜いて行った。


(何だ? …いらん奴が来たな)


 その大型バイクは、あっという間に倉橋の横に並び、倉橋のバイクを蹴飛ばした。倉橋は、あっという間の出来事で、転倒してしまった。


「げー、くっそう。あの野郎、やりやがった。」(あれがでかいバイクの正体か)


 銀は、転倒した倉橋の元へ急いだ。


「倉橋! 大丈夫か!」


「あっ、銀! 大丈夫っす!」


 倉橋は、転倒したバイクを起こしエンジンを掛けようとしていたが、掛からないでいた。


「倉橋、悪い、俺は後を追う」


 銀はそう言って倉橋を転倒させたバイクを追った。

 直ぐにそのバイクの後ろに追いついたのだが、そのバイカーが犯人の車の右横に並んだと思ったら、また車の後ろに下がった。


(何だ? あの野郎、何してやがる?)


 そして犯人の車は、次の交差点で突然右折して、倉橋を転倒させたバイクは、そのまま直進してしまった。


(くっそう! どっちを追えば?)


 銀は、第四分隊のメンバーの二人を餌食にしたでかいバイクが許せなかった。


(あんにゃろう! 絶対とっ捕まえてやる!)


 銀は少し用心しながら、徐々に直進して行ったバイクに近づいた。そのバイカーは黒のライダースーツに上から白のライダージャケットを羽織っていた。背中にはデビルスターと英文字で書かれていた。バイクはリッタークラスの大型巣で、ナンバープレートは外されていた。


 その時だった。前方を走るバイカーが、銀の方へ目掛けて撒菱を撒いた。


(何しやがんだ! このヤロー!)


 どうにか撒菱を避けた銀であったが、前方のバイカーは更に撒菱を撒き続けた。


「クッソーーー!」


 流石に避けきれず、銀のバイクはパンクしてしまった。遂に銀は追跡を断念せざるを得ない状況になってしまった。そして直ぐに黒狼に連絡を入れた。


「黒狼、すまねぇ。犯人の車を見失った上、俺の先を尾行してた倉橋が、背中にデビルスターと書いたバイクの奴に転倒させられちまって……」


【いいんだ。そいつは、無事か?】


「あぁ、転倒だけで済んで、怪我はないようだった」


【そうか。良かった。それで?】


「それで俺が引き継いで、後を追ったんだけど、そのバイカーが犯人の横について何やら指示したんだと思う。突然二手に分かれて……迷ったけど、バイカーの野郎に腹が立ってたから、とっ捕まえてやろうと、そのバイクの後をつけた。しかしそいつに撒菱を巻かれて、パンクさせられ、そいつも見失っちまった」


【しょうがない。お前は無事なんだろ。…なら良いんだ。それで犯人の車はどっちへ行った?】


「総合公園の大分北側の西から東に向かう道路を右折したから、途中で曲がらなければ、総合公園の北東から南下していると思う」


【分かった。俺は犯人の方をを追う。お前の追ってたバイクはそのまま放っておいたらいい】


「ああ、悪ぃ。状況はキワにも連絡入れとく」


【そうしてくれ。頼んだ】



 黒狼は、銀からの報告を受けた後、直ぐにシスルに連絡を入れた。


「シスル、犯人の車が…」


【ああ、聞いていた。私も今、総合公園の北側に移動した。そこからゆっくり東へ捜索する】


「そうか俺も少し戻って公園から北東方面に向かう」


【分かった。それと通信を切らずにそのままにしておいてくれないか? 見つけたら直ぐに教えて欲しい。私も直ぐに教える】


「分かった。ところで例のデビルスターの奴だが、見失ってすまない」


【良いさ。そいつは、石倉の携帯に網を張ってるから、いずれ尻尾を出す】


「シスルの言う通り、デビルスターってのは、少々ヤバそうだ。メンバーが二人やられて、銀まで危ないところだった。仇を取らなきゃな」


【────】


 二人は一帯を隈なく捜索したが、一向に見つかる様子がなかった。


「見当たらないな。シスルの方で、監視カメラのネットワークで犯人の車はキャッチ出来ないのか?」


【どうやら避けて移動してるのかもしれない】


「そうか。…話は変わるけど、シスルが瞬間移動ができるのは、そのスーツに仕掛けがあるのか? 移動する時いつも全身がすっぽりスーツに覆われるだろ」


【まぁ、そんなところだ】


「シスルは、他に何か出来ることがあるのか? ほら、あの記憶を消すやつとか」


【あれは、マニピュレーターの一種で、相手の心をコントロールすることも出来る。一狼も、恐らく出来るだろう】


「俺はそんな人の心を操作なんて、したことないし、出来ないと思う。…多分」


【一狼は、黒い石は持っていないのか?】


「何? それ? …そんなもの知らないよ。そんなこと、なぜ聞くんだ?」


【そうか。いや、良いんだ……】


「あっ、見つけた! 犯人の車だ!」


【分かった直ぐ向かう】


 交差点で黒狼が北向きの信号待ちをしていた時、対向車線に犯人の車が停車したのを発見した。

 黒狼はすぐさま、信号を無視して犯人の車の前に出た。


「何だ! コイツ!」


 犯人は、慌てて黒狼を交わして前に出ようとするが、黒狼は、ワゴン車のフロント部分に左手を当てて、車の前進を防いだ。


「…何んでだ!? 片手で押さえられる訳がない!」


 犯人の車の後ろには後続車が信号待ちで停車していたためバックで避けることも出来ない。犯人は更にアクセルを踏み込むが、一向に動く気配がない。


「ヒッー! ……ウリャーー!」


 ワゴン車は、遂に後輪がスピンを始めた。それでも車は前に進まない。

 そこへ運転席側に突然シスルが現れ、シスルは、ドアを開け。犯人を片手で車から引き摺り出した。


「ひやー、助けて!」


 いきなり現れた黒づくめの何かに犯人は悲鳴をあげた。


「シスル! 女の子は無事か?!」


「ああ、もう助け出した」


 誘拐された少女は、黒狼が車の逃走を抑えている間に車の中に瞬間移動し、後部ドアから助け出していた。

 シスルの手は、左手で少女の手を握り締め、右手で犯人の首根っこを掴んでいた。


 この一部始終は交差点の歩行者も車も停めて、ちょっとした騒ぎになっていた。


 そこへ更に翔のバイクに二尻ニケツした銀の二人がミュージックホーンを鳴らしながら、駆けつけた。その後も付近を捜索していた第四分隊のメンバーが集まり交差点は大騒ぎとなった。

 白城は、一狼とシスルの会話を盗聴していた。ドローンを一狼の元へ向かわせ、銀に一狼と犯人の場所を連絡していた。


 「シスルちゃんすげー!」


 翔はそのまま交差点の中にバイクを停めて、大喜びでシスルの元へ駆け寄った。


「翔、女の子の手を握ってやって」


「ああ、分かった!」


 翔は、震える少女の前でしゃがみ込んで、安心できるように声をかけた。


「もう大丈夫だからな。怖かったろ。さあ、お兄ちゃんが手を繋いでてあげるから」


 銀は、何やら黒狼と話していたが、


「銀、コイツを捕まえておいてくれないか?」


 そう言ってシスルは、右手で掴んだ犯人を地面に下ろし、銀に引き渡した。犯人は何もかも異常な相手に観念して、地面にへたり込んでいた。


「黒狼、周りがまずい状況になってきた。ここは、銀と翔に任せて引き上げよう」


「シスル、バイクは?」


「ああ、直ぐに出せるが、黒狼の後ろに乗せてくれないか?」


「よし。乗って!」


 シスルは黒狼のバイクの後部座席に黒狼の手を借りて飛び乗った。


「銀、こんな大騒ぎになって、もうそろそろ警察も来るだろうから、後のことはよろしく頼んだ!」


「ああ、任せとけ!」


 黒狼とシスルは、現場を後にした。


「なぁ、シスル。犯人から我聞ってやつのことを聞き出さなくて良いのか?」


「ああ、居場所さえ分かれば、どこへでも聞きにいけるからな」


「そうか。……でもシスルには、このスピードは退屈じゃぁ、ないか?」


「いや、これぐらいの風にあたるのも気持ちいい時もある」


 黒狼は、今日がシスルとの本当の出会いだった。かもしれないと感じていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る