第4話 再会
《続きまして、昨日、市内岩本町で、UFOを見たと言う複数の百十番通報があった。とのことでした。今のところ今回の未確認飛行物体についての警察及び防衛省などからの発表はされていません。》
《次のニュースは、先月の七日から行方不明になっている藤堂小百合ちゃん(八)の捜索について、明日から捜索員を増やして、これまでの捜索範囲を更に広げて、黒岩川下流まで捜索にあたるとのことです。》
ドライブイン昭和
「何か最近変なニュースが多いよな」
「そうなの? ニュースなんか全然見ないからさ。俺」
「お前さぁ、ニュースぐらい見ないとダメだよ。俺ら高校にも行ってないんだから」
「ヘェ~い」
総長補佐の翔(山崎翔太郎)は、いつも一番にドライブインに姿を現していた。実家は農家で、土地資産の運用なども手掛け、そこそこ裕福であった。
翔は、五人兄弟の末っ子で、家の仕事も殆どせず、学校にも行かずブラブラしていることが多かった。銀は、昼は家業のドライブインの手伝いをしているため日中に翔が姿を現すことはなかった。
大体いつも三人が集まると翔と銀が話をして、黒狼は黙ってその話を聞いていることが多かった。
「おい、銀! うどん三つ上がったぞー!」
厨房の方から濁声で銀を呼び出したのは、銀の父親の館林昭平だった。
「俺行ってくる。」
「黒狼、ちょ、ちょっと……」
銀が止める間もなく、黒狼は厨房口へ向かっていた。
「おー、黒狼か。かけうどん三つな」
「親父さん、此間は自販機壊してすみませんでした」
「おぅ、まなぁ、いつも弁償して貰ってるから、別に良いんだけどさ。他所ではやんなさんな。捕まるからな」
「いつもすみません……」
昭平に礼儀正しく頭を下げた黒狼は、うどん三つをお盆に乗せて、テーブルに戻って行った。
「しかし黒狼って子は、銀よりあんなに小柄だって言うのにさぁ、何処にそんな馬鹿力が有るんだろうねぇ」
昭平の妻の和子は、呆れながらボヤいた。
「つーか、馬鹿力にも程があるだろうに。ありゃ、人間離れしてる………でもあまり深く突っ込まん方がいい。家も大層な金持ちのようだけど、自販機壊したのも、これで三台目だからなぁ」
うどんを持ってテーブルに戻る小柄な黒狼の後ろ姿を見ながら、厨房の中から、昭平と和子は黒狼の馬鹿力に感心していた。
「きたきた。うおー、腹減った」
「俺と翔はこれが晩飯みたいなもんだけど、黒狼も一緒に、いつもうどん食ってるけど、晩飯食ってないのか?」
「晩飯いつも早いから、夜中に腹減るんだよ」
「そうなんだ。俺なんかこれ食べても、夜中に腹減るぜ」
翔は、箸を手に取り、すぐさまうどんを啜りながら、話し出した。
「それでさぁ、今日は休日前で、これからセイジン、コウ、ユッキー、キワにグレーらが今こちらに向かってるって連絡貰ってるし、その他にあと七~八人は、集まると思うけど。どうする?」
「今日は久しぶり、みんなで走れるな~」
「それでさぁ、もし此の間の謎のバイカーも来たらどうする? 黒狼」
「連合は女人禁制だけど、統括グループだけだったら、一緒に走ってもいいよな。なぁ、黒狼?」
翔の口も止まらないが、うどんの箸も止まることはなかった。
「つーか、お前よくうどん食いながら、そんなに喋れるね」
銀は、毎回、翔の食べながら多くを語る姿に呆れていた。
「いや、もう食べ終わったっす!」
「はぇっ!」
────
「よし、大方面子揃ったら、出発するぞ」
黒狼は、食べ終わったうどん鉢の上に箸を置いて、思い立ったように立ち上がった。
「うっす!」
銀と翔は揃って返事した。
「それまで、銀、俺と勝負だ!」
「よっしゃあ! 今日は負けねえぞ!」
銀も食べ終わったうどん鉢の上に箸を置き、黒狼と続いて外に出た。
翔は、慌てて空のうどん鉢を集めて返却口へと向かった。
翔がイートインから外へ出てくる頃には、黒狼と銀は既にバイクに跨り、エンジンをかけていた。
「よし! ここから国道を上って市内中心街に入る手前の小池の交差点をUターンしてから、このドライブインの前までな」
「全てウイリーで、前輪が地面についたら失格。どっちが早いか勝負だ!」
銀は、黒狼に勝負の条件を提示した。
「ああ、わかった」
「翔、合図くれや」
黒狼と銀のウィリーレースの始まりだった。
ウィリーレースとは、バイクの前輪をアクセルと後輪ブレーキの調整で、フロントアップさせた状態で、走行させることである。難関は交差点内でのフロントアップさせたままのウィリーターンである。交差点の手前でスピードダウンして、交差点に入って直ぐに体重移動とフロントアップのバランスを取りながらバイクをUターンさせることだった。そしてウィリーを維持したままスタート位置までの往復のタイムレースだ。
黒狼と銀は、国道の車が途切れるのを見計らって、ドライブイン右端の入り口から国道に出た。二人は並んで翔のいる中央に来た時、翔の合図で一斉にウィリースタートを切り、そのままエンジン全開で飛ばした。
「スッゲーよなぁ。二人とも。俺もウィリーできたら三番手ぐらいには認めてもらえるかな?」
黒狼と銀のスタートを見送った翔には、二人が憧れだった。
その時、翔は後方からまだ来るはずのない車の気配を感じ取った。
振り向くと一台のバイクが接近してくるのが見えた。と思った瞬間、黒いバイクがウィリーをしたまま猛スピードで翔の前を走り過ぎて行った。
此の間の謎のバイクであった。そのバイクは前に見た時と同様にエンジン音は全く聞こえず、通り過ぎる時の風を切る音と流れる銀髪のキラキラとした音しか聞こえてこなかった。
フロントアップしたそのバイクには、ステップに立った状態でタンク付近にベッタリとへばりついている銀髪を靡かせた少女がいた。
「────」
翔はその衝撃に圧倒された。
「……そうだ。銀の流星がイイ」
黒狼を先頭に二台のバイクは、折り返し交差点付近に近づいていた。
やはりバイクの性能の差が二人の差となっていた。黒狼がややリードをしていたが、交差点でのウィリーターンのための減速が二人の距離を縮めた。しかも交差点は赤信号であった。
二人のバイクは信号が青のタイミングになるようにスローダウンして、交差点に入った時には、銀がほんの少しリードをしていた。
信号が青だとは言え、対向車から避けるタイミングも計らなければならなかった。そこへ交差点中央の対向車線側へウィリーをしたまま、此の間の謎のバイカーが飛び込んできて静止した。
静止した謎のバイカーの車体が対向車を塞ぐ形になり、それを機に黒狼と銀は、ウィリーターンをしてドライブイン方向へと国道を下って行った。
謎のバイカーは、それを見届けるようにして、そのままウィリーをした静止状態から颯太たび走り出して二人の後を追った。
謎のバイカーは、直ぐに銀や黒狼の横に並んだ。
次第に謎のバイカーと黒狼は横並びの状態となり、銀が少し離されて、そのままの状態で三台はドライブイン前の反対車線を猛スピードで通り過ぎて行った。
暫くして三台は、その先でUターンしてドライブインの駐車場に戻ってきた。
三台は揃って翔の前に止まった。
「くっそー! また負けたー」
銀は、バイクのスタンドを立て、ハンドルの上に足を投げ出した。
「くそッ、何だか勝った気しねぇな」と言いながら黒狼は静かにフルフェイスをとった。黒狼と銀との勝負とはいえ、黒狼は謎のバイカーに勝てなかったことが悔しかった。
「黒狼の勝ちー。銀も凄かったけど。それにしてもあんた何者?」
「あんたスッゲーよ! ねぇ、ねぇ、名前教えてよ? 歳いくつ?」
翔は、無言の謎のバイカーに問いかけた。
謎のバイカーは、黒狼の方をじっと見ていた。
黒狼もその視線を感じた。
「ああ、歳聞いちゃいけなかったか。それじゃ、名前だけでも教えてよ。ね」
「────」
謎のバイカーは、翔の問いかけに答えず、黒狼の方をじっと見ていた。
「あっ、そっか。まず名乗らなきゃ、だね。俺は帝都連合メフィストの統括グループ総長補佐の翔、山崎翔太郎。それでコイツは銀、館林銀次郎。副総長。それで、最後に総長の黒狼。それで黒狼の歳や本当の名前はだれも知らないんだ。以上」
「さあ、ねぇ、お願い。名前教えて」
何度も話しかけてくる翔に気づいた謎のバイカーは、
「? あっ? シ…スル」
と少し詰まりながら答えた。
「シースルー? えぇ? シースルー?」
「バカ、シスルだよ」
銀は、翔に諭した
「そっか、外人さんだったのか」
シスルと名乗ったその少女は、黒いライダースーツとは少し違った。全身の頭から爪先までがジャンプスーツのようなもので、全身タイツに覆われたような服装であった。目元はマスクで隠され、頭のヘルメットのような部分は、バイクが停止した時にどこかに消えていた。髪は銀髪で腰まで届くほどのストレートロングであった。その美しい髪が時折、風に流れる様は見ている者をうっとりとさせた。
「それにしても、そのバイク、スタンドも立てていないに、なんで立ってられるのかな?」
「そういうものだから」
シスルは、お喋りな翔の問いかけにぶっきらぼうに答えた。
「ふーん? どこのメーカー? そんなバイク見たことないや。やっぱり電動なのかなぁ? 全く音がしないから」
「ふーんじゃねぇし! どう見てもおかしいだろ!」
銀は翔の呑気さに苛立った。
ただでさえウィリーをした状態で、交差点でターンすることは曲芸スタントなのに、シスルはその上、その状態で静止していた。
黒狼の人間離れした運動能力やライディング技術を日頃目にしていた銀でさえもシスルの異常さには驚かされたのだった。
「ナイショ」
「えぇ~、そんな~」
黒狼は、銀と翔、シスルの会話をシスルの顔を見ながら黙って聞いていた。
「これから他のメンバーも集まるから、あんたも一緒に走らねえか?」
翔は、驚きより、シスルと走ることに憧れのようなものを感じていた。
シスルは、黒狼の方を見たままであったが、黒狼はその視線に少し恥ずかしくなり俯いた。
「黒狼もそれでいいよな!」
「え、あぁ、俺らのグループだけとだったら良いんじゃね」
そう言いながら、黒狼は峠道で一緒に走った興奮が忘れられず、誰よりもシスルともう一度走ってみたいという思いが強かった。
黒狼はあの日以来、毎日夕食を早目に済ませて、あの峠道やその近辺を走り回り、ドライブインへと足を運んでいたのであった。
「よし! 決まり! シスルもまだ良いだろ?」
「ああ」
そして黒狼を始め、統括グループメンバーの十八人が集まった。
翔は、シスルの名前と集まったメンバー全員の名前を紹介した。
「取り敢えず、シスルはメチャクチャ凄いんだ。シスルは恥ずかしがり屋さんだから色々不思議に思うこともあるだろうが、あんまり聞かないでやって欲しい」
翔は後から集まったメンバーにそう言って、シスルの機嫌が損なわれ、気が変わらないように気を遣った。
「あと今日来れない奴が2人いるけど、帝都連合メフィスト統括グループ総勢二十名。残りの二人はまた今度紹介するよ。」
グループメンバーは、誰もが前回のパレードの後の謎のバイカーとの遭遇が何より好印象でしか記憶になかったことで、これから一緒に走ることへの抵抗はなかった。
統括グループだけで走る時は、あの背中に目立つ「匁呎州都」の刺繍の入った派手なロングジャケットは着なかった。
それでもどのバイクもロケットカウルに三段シート、改造マフラーに派手なカラーリング。ミュージックホーンが取り付けられ、それでノーヘルや特攻服であれば、誰が見ても暴走族にしか見えなかった。
そんな中に黒狼のレースタイプの黒いバイクやシスルの無音の黒いバイクのようなものが一緒に走っていても、暴走族といった見た目に変わりはなかった。
「今日はこれから市内方面を抜けて、首都高に入るから。今日は少し飛ばすぞ! 着いて来いよ!」
黒狼とシスルの二台を先頭に銀、翔と続いて他十五台のバイクが走り出した。
グループ全体の速度は、八十から百キロぐらいであったが、信号はきちんと守っていたため、信号機のタイミングによって数台のバイクが集団から外れることもあった。それでもその後の直線で遅れたバイクは、グループに何とか追いつきなが市内から首都高へと進んで行った。
シスルは、集団で走ることに喜んでいた。そんな微笑みを浮かべながら走るシスルの横顔を見ながら、黒狼も嬉しくなってきた。
首都高に入ったグループは、スピードを増して行く黒狼、シスル、銀、翔と他のメンバーとの差がぐんぐんと開いて行った。
そして追越車線を更に黒狼がスピードを上げると、とうとう銀と翔ともその差が開いてしまった。
黒狼は前回の峠道の興奮を思い出していた。
黒狼の視界に入る道路の中央線や脇の照明灯、道路の塀が流れるように走り出す。視界はどんどん狭くなり、身体は少し先の、少し遠くの何かに吸い込まれて行くように、その勢いに任せて黒狼のアクセルは全開となった。
シスルは、そんな黒狼の横にピッタリ張り付くように走った。
その時だった。
直線左走行車線の一台の大型トラックの右ウインカーが点滅を始めた。
距離はまだ遠く離れてはいたが、一回、二回と点滅に気づいた時には、もう目の前だった。その大型トラックは、どうやら黒狼たちの後方車に気づいておらず、追い越し車線に進路変更を始めたのだった。
黒狼は急減速をかけ、ブレーキに力を込めた。バイクは横滑りを始め、黒狼が間に合わないと思った瞬間。
シスルが一瞬にして進路変更をして来る前方の大型トラックの右端に並び、左手でトラックの荷台部分を押して進路への侵入を防いだ。
黒狼は危うくバイクが転倒するところであったが、何とかバランスを立て直すことが出来た。
そしてシスルは、また黒狼の隣に並び、そのまま平然と走り続けた。
黒狼は少しずつスピードを落とし、シスルに左車線へ変更するように左手で合図を促した。
左走行車線に進路変更した後、更に速度を落として行き、そのまま道路左側に広く取られた路肩部分に二人は停車した。
路肩に停車した二人の横を先程追い越した大型トラックや乗用車が通り過ぎて行く。
「シスル、助けてくれて、ありがとう」
ヘルメットを脱いだ黒狼は暫く沈黙していたが、左隣に並ぶシスルを見て穏やかに感謝の言葉を素直に述べた。
「あぁ、気をつけて」
都会の夜空を見上げていたシスルは、言葉は無愛想だが、黒狼の顔を見て微笑みながら答えた。
黒狼もただシスルを見つめていた。
黒狼は、隣を並んで走っていたシスルが一瞬にして大型トラックの左端に現れたことや片手でトラックを押し返したことを不思議には思ったが、その理由を聞こうとはしなかった。黒狼自身も、トラックを押し返すぐらいの力はあったが、シスルからそのことを深く聞いてはいけないオーラのようなものを感じ、聞けなかったというのが本当のところだった。
「ねぇ、シスルの連絡先を教えてくれない?」
「大丈夫。用があれば、こちらからいつでも連絡するから」
「大丈夫って、でも、俺の携帯は……」
やがて銀と翔が追い越していき、少し遅れて残りのメンバーも二人の横を走り去って行った。
シスルもそれを目で追っていた。黒狼はそんなシスルを見て、それ以上のことを聞くことは出来なかった。
「…行こうか?」
シスルは無言で頷いた。
中等科食堂 夕食時
寄宿寮生は、外出以外に毎朝昼夕の三回をこの食堂で食事をとることが決められていた。他に学園内にコンビニのような施設はあるのだが、食品類は僅かなお菓子類と清涼飲料が置かれているだけで、その他の食物は一切置かれていなかった。
寮生の食堂の利用時間は、朝は六時からハ時半まで。昼は十二時から十三時まで(全生徒共通)。夕食は十八時から二十一時までに食事をとることが決められていた。通学生の利用は、この昼の利用時間のみとされていた。
人付き合いの苦手な五十棲香織は、出来るだけ人数の少ない夜八時頃に食堂を利用していた。そして今日も五十棲は、八時に食堂に入り食事を始めていた。
「何とか夕食までに間に合ったね」
「門限が夜十時までだから、外食でも良かったんだけどね」
「何故か、ここの食事が癖になっちゃうんだよね」
普段この時間になれば食堂の生徒の数は少ないのだが、今日は一年C組の外出してカラオケで遊んで帰ってきた男女数名が、夕食に間に合ったことを喜びながら入ってきた。五十棲はその声に気づいて目立たないようにひっそりとしていた。
「あれれ? なんか変な香りがしない?」
手で鼻を軽く抑えるような素振りで、女子の一人が五十棲を目にして言った。今日お昼に葵を誘った木原明日香であった。
五十棲は、その声を聞いて食事の箸が止まってしまった。
遅れて入ってきた男女数名は、厨房口のカウンターで注文した後、それぞれ食事を運んで、五十棲の食事をしている近くのテーブルに座った。
「何だ。香織ちゃんじゃない。いたんだ」
「明日香、さっき食堂に入った時になんか変な香りがしない? って聞いてたけど何のこと」
女子の一人が木原に薄ら笑いを浮かべながら聞いた。
「ねぇ、ねぇ? 香織ちゃん、何かココ変な臭いしない?」
木原は、聞かれた女子には答えず、五十棲にその理由を尋ねた。
「────」
「何? 黙っちゃって? 香織ちゃん、どうかしたの?」
「おい、明日香、それ香織ちゃんに聞いちゃダメじゃん。変な香りが余計にヤバくなっちゃうよ」
男子生徒の一人が木原にそれを言うと一斉に笑い出した。
五十棲香織は、寄宿寮に入寮してからというもの直ぐに同じクラスの進級組から陰湿な嫌がらせ、虐めを受けていたのだ。
入寮した最初は、皆んなと合わせて明るく振る舞っていたのだが、小学生の頃より、人付き合いが苦手な性格は、周りから五十棲に無理強いして付き合わせているかのように見られてしまっていた。
そんな周りからはやがて、五十棲を揶揄ったり、陰湿な嫌がらせをすることが、寮生活の鬱憤晴らしのようになって行った。
「あ、あの、私……お、お先に失礼します」
五十棲は、食事が喉を通らず、まだ食事を終えていない食べ残しの食器を持って席を立った。
「なんだ、もう行っちゃうの?」
「残念だなぁ」
「あれれ、でも急に変な香りがしなくなったぞ」
「そりゃ良かった。これでご飯が美味しく食べられる」
陰湿な言葉による虐めであった。そして最近ではそれが少々エスカレートを始めていた。
寄宿寮は、学年ごとに、それぞれ男子と女子に分かれていて、中等科は四人で一部屋が割り当てられていた。
部屋には、二段ベットが二つとそれぞれの専用机が置かれていた。
五十棲の部屋には、B組の二人と同じクラスの木原が同室だった。
嫌がらせが始まった最初の頃は、朝になるとノートが紛失していたり、夕食が終わり、五十棲が部屋に戻ると中から鍵が架けれれていたりとか。直ぐに中から開けてはもらえるのだが、度々、同じようなことがあると良い気分ではない。
最近では朝起きると顔に落書きがされていることもあった。
そしてどうやらその寝顔を写メに撮り、画像をクラスで回してクスクスと笑っているようである。それはクラスの男子が五十棲の横を通り過ぎる時に、五十棲が気づくようにワザとスマホの画面を見せて通った。そこには五十棲の目の下にクマのような落書きをされた寝顔の写真が映し出されていた。
根っから人付き合いが下手な五十棲ではあったが、そういう性格を治そうと一生懸命周りと合わせるように振る舞ったり、少しばかり嫌な思いをしても、笑顔を見せるように五十棲なりに努力をしてきた。
しかしそれは報われなかった。
そんな時に初めて一緒にお昼を誘ってくれたのが、葵 沙耶であった。しかし葵は、クラスで五十棲が虐めを受けていることに気づいていなかった。それでも葵の誘いは五十棲にとって希望であった。
木原は、葵にお昼を断られた理由が五十棲やいつもいるか居ないかさえ気づかない望月にあり、それが木原の身勝手な自尊心を傷つけられたことに怒りを覚えていた。そして昼食時の食堂にて、学園の憧れの黒川と葵や五十棲らが、楽しそうに会話しているところやその後も、席についた後に男子の中山や他の女子からチヤホヤされている光景が、木原の異常な嫉妬心に火をつけていた。
部屋に戻った五十棲は、直ぐに自分の机に座り、スマホのレインの未読メッセージに気づいた。
葵からであった。
五十棲は、落ち込んだ心が少し軽くなったように感じ、直ぐに画面を開き確認した。
『こんばんは、今日下校前に望月さんにもGWのお出かけのお誘いをしてオッケー貰ったので、明後日の午前九時に中等科通学門の前で待ち合わせはどうかしら?』
五十棲は、直ぐに承諾の返信をした。
四月三十日午前八時四十分
五十棲は、いつになく心を弾ませながら、通学門の前で葵と望月を待った。
暫くして中等科通学門前停車のバスがターミナルに到着して、そのバスから望月が降りて来た。
「望月さん、おはようございます」
五十棲は喜んで望月に駆け寄った。
「おはよう、ございます」
二人が挨拶交わしていると葵家の車が、ターミナルの駐車場にゆっくりと停車した。その車の後部座席の窓が開き、葵 沙耶がそこから顔を出して二人に手を振った。
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