第55.5話 『 ティーブレイク 』
「……なんか、ほとんど勧誘終わっちゃった」
「それも全てミィリス様の手腕ですよ」
こぽぽ、と紅茶を注ぐ音を耳にしながら、私は背もたれにぐったりしていた。
そんな私を専属給仕係であるトワネットが子どもをあやすように宥める。
「なんだかあまり嬉しそうじゃありませんね?」
「だってなーんも障害も問題なく終わっちゃたんだもん」
「そこは普通、滞りなく召集できたことに喜ぶべきじゃないですか?」
「それリズにも言われたわ。けど私としては、もっとストーリー的に盛り上がりが欲しかったのよ」
「どういう意味ですそれ?」
私のメタ的な発言に小首を傾げるトワネット。
気にしないで、と手を振りながら言って、私は焼き菓子を頬張る。
「あぁ、ミィリス様いけませんよ。そんな行儀悪く食べたりしたら」
「私魔王だもーん。食べ方自由だもーん」
「なんか幼児退行してませんか?」
「ばぶぅ」
「本当に赤ん坊になちゃった⁉」
燃え尽き症候群……まではいかないけど、なんだか急にやる気が萎えてしまった。
「はぁ。こんなに簡単に集まったなら、しばらくぐーたらしましょうかね」
「もぉ。他にやることたくさんあるんじゃないんですか?」
「あるけどー。でもどうせすぐ片付きそうだしー。一週間くらい休んでも平気だと思うのよわたしー」
「なんて活力の見られない憐れなお姿。元気出してくださいよミィリス様。ほら、淹れたての美味しい紅茶ですよ」
「ありがとトワネット。ひふぃ~」
転生前は紅茶より断然ビール派だったが、この上品な香りも悪くない。
いい感じにリラックスできて、私は一息吐きながら脱力した。
「ほらほら、トワネットも座ってティータイムにしましょ」
「わーい! ミィリス様と一緒にティータイムだ!」
たんたん、と机を叩きながら促せば、トワネットは両手を広げて席に腰かけた。
彼女は自分で紅茶をマグカップに淹れて、そのまま口に運んでいく。
「ふぅ。やっぱり一息入れるのは大事ですよね~」
「そうそう。これも立派なお仕事。頑張った自分たちにささやかな休憩は必須よ」
今日何もしてないけど。
「その通りですねぇ。本当に、こんな風に毎日穏やかで平和だったらいいのに」
「それはそれで退屈だから、私はたまには刺激が欲しいな」
「ミィリス様ってやっぱり『魔王』ですよね。見かけに反して好戦的ですし」
「ふふっ。可愛い女の子が強いって興奮しない?」
「えぇ、どうでしょうかねぇ……でも、この間のイボブタを狩っている時のミィリス様はすごくカッコよかったですよ!」
そうでしょうそうでしょう。戦場に咲き誇る一輪の花のように美しかったでしょう。
トワネットに褒められて分かりやすく鼻の下を伸ばす私は、そのまま気分上々に焼き菓子を口に放り込む。うむ、やっぱりあまり美味しくない。
この焼き菓子は、形状はクッキーみたいななのだが、味は乾パンに近い。
これが魔物の好む味なのかは分からないが、私としては、焼き菓子ならもう少し甘味が欲しいところだ。質素というか、素朴な味が魔物世界の食文化なのだろうが、それが私にはどうにも物足りなかった。
「今度料理も私好みに変えてもらいましょうかね」
「え、私が焼いたクルッキー、美味しくなかったですか?」
「美味しいわよ。でも甘味を加えるともっと美味しくなると思うわ」
そんな悲しい顔をされると良心が痛むから止めて欲しい。
私はリスのように焼き菓子、クルッキーを頬張りながら慌ててトワネットに釈明した。
「よかった」と胸を撫でおろすトワネットに私もほっと胸を撫でおろす。いかん、口の中の水分が急速になくなっていく!
とんとん、と胸を叩きながらクルッキーを胃に押し込んで、それを紅茶で押し込む。
「んっ、んっ、ん! ……ぷはぁ。死ぬかと思ったぁぁぁ」
「もぉ、ミィリス様頬張り過ぎですよ」
「お、美味しくてついね」
「ふふっ。まだ食べなかったら調理室にストックがあるので持って来ましょうか?」
「う、ううん。もう大丈夫。これ以上食べたら夕食が食べられなくなっちゃうから!」
「それもそうですね。お菓子でお腹いっぱいにするより、栄養のあるものをミィリス様には食べてほしいです」
聖母かキミは。
「アナタたちは私のことを『魔王』だからと好きにさせたり、でも時折過保護になったりよく分からないわ」
「全部本心から想っての行動ですからね。それに深い意味なんてないですよ」
トワネットは「でも」と継ぐと、
「お城にいる時のミィリス様はすごく子どもらしくて可愛いので、ついつい愛でたくなってしまうんです」
「うっ。なんだかすごく恥ずかしくなってきた」
屈託なく笑いながら答えたトワネットに、私は羞恥心で顔を真っ赤に染める。
これでも五度人生を経験してきてる女が、精神年齢では他者よりも圧倒的に年上なのに『子ども』だと思われる振る舞いをしているという事実が羞恥心を抉ってくる。
恥ずかしい。ちょー恥ずかしい。
「あははっ。照れるミィリス様。すごく可愛いですよ」
「バカにしてる⁉ アナタ、魔王である私をバカにしてるわね! 打ち首! 打ち首よ⁉」
「バカにしてませんよ。してませんから落ち着いてください。……ふふっ」
「やっぱりバカにしてる⁉ もういいもんシャルワールに構ってもらうから!」
結局笑いを堪えきれないトワネットに私は目尻に涙を溜めながらそっぽを向いた。
そんな行動が子どもっぽいのだと、また笑ったトワネットに気付かされるのだった。
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