第54話 『 いざ配下集めへ 』
ミィリス様による働き方改革ぅ~~! いぇーい。ぱふぱふぅ。
はい、茶番はやめて分かりやすく説明しますよ。最近の子のノリなんて元社畜は知りませんよと。
てな訳で、ざっくりと私が提案した働き方改革について説明しよう。
『一つ。魔界城で働いている者たちに安息日を与える。ただし、安息日を取ることを強制するつもりはない。働いてないと体調不良を起こすという不思議な子も中にはいるからである。
二つ。それに伴い城内の従事者を増やす。人手不足解消とさらなる効率化を促す為だ。ただし、召集数は限定する。
三つ。魔界城の戦力増強。戦力を広めると人間からの危険視される確率がぐっと上がるらしいが、同時に抑止力にもなるので増やすに越したことはない。
四つ。戦力増強に合わせ、ログハウスの用意もする。いわゆる社宅というやつだ。魔界城で暮らしてもらうのもいいが、なにせ部屋の数は有限。なので、兵士になる者に優先してログハウスに移ってもらうことになる。当然、ログハウスに関してはそれなりの設備を設けるつもりだ。魔界城に住みたい! という不満が出ても困るしね。
五つ。そのログハウスの建設についてだが、ドワーフたちとの会議の末、ゴブリンたちに協力を願おうという話で纏まった。協力してくれた時の報酬が高くつきそうなのが懸念材料ではあるが、家造りを手伝ってもらうのだ。我儘は言っていられない』
とまぁ、こんな感じで働き方改革を進めていくつもりだ。基本は全部同時進行になるので、私が過労死しないかだけが心配。けれど焦る必要は特ないので、一つずつ確実にやっていこうと思う。その間に人間が襲ってきたら追い払えばいいだけだしね。
はい! では、そんな感じで魔界城働き方改革編、スタートになります! あ、タイトルは今適当に考えました。
****
早速、従事者募集といこう。
召集に赴くメンバーは、私とリズ(この子は当然付いてくる)。そしてクロームと少数精鋭で行うこととなった。交渉には魔界城の長である私が出ることが一番効果的だと思うしね。
そして今日はそのメンバーに加えて、魔界城で働いているドワーフのリーダー的ポジション、ガリックに同伴してもらった。
彼を呼んだ理由は他でもなく、ゴブリンたちにログハウス建設の協力を仰ぐためだ。
「おーい、ガガールさーん」
「おや。ミィリス様」
ゴブリンの村長、ガガールさんを見つけた私は大きく手を振ると彼も気付いて歩み寄ってきた。
「今日の村の調子はどう?」
「お陰様で今日も平和でございます。最近は冒険者の数も滅法減って、我々としては嬉しい限りでございます」
ガガールさんの言葉を聞きながら周囲を見れば、皆が私に気付いて頭を下げていた。子どもたちは笑顔で手を振ってくれていて、私はそれに微笑を浮べながら手を振り返す。
「うんうん。子どもたちの笑顔こそ宝。皆が平和に暮らせているようでなによりね」
「これも全てはミィリス様がノズワースを統治してくださっているおかげでございます」
「安心してちょうだい。私の目が黒いうちは絶対に人間の好きになんかさせないから」
「ははっ。心強い限りでございます」
どんっ、と胸を張る私に、ガガールさんはからからと笑った。
「それで、ミィリス様。本日はどういったご用件で? 見たところ、ただの視察ではないようですが……」
笑い声を止めると、ガガールさんは私の後ろにいるリズとクローム、それとガリックに視線を注いだ。
「そうそう。今日はガガールさんにお願いがあって来たの」
「私に、でございますか」
「うん。まぁ、ガガールさん……というより、ゴブリン全員にお願いしたいことがあるの」
「……お願いですか。命令ではなく?」
「うん。ちょっと協力して欲しいことがあってね」
一通り挨拶も済んだところで、私は件の相談を持ち掛けた。
「実はね。私たち、戦力を増やそうと考えてるの」
「ほぉ。つまり、我々の中から優秀な者を召集しようということですか」
「まぁ、それもあるといえばあるんだけど……けど、一番ガガールさんたちにお願いしたいことは、ログハウスを造るのを協力してほしいの」
「え? そちらですか……兵の召集ではなく?」
「うん」
ぽかん、と拍子抜けたような顔のガガールさんに、私はログハウス建築についての詳細を話した。
これから集まる兵士の為に家を造ろうとしていること。その為に、建築能力に優れたゴブリンの力を借りたいこと。
私の説明をガガールさんは腕を組みながら神妙な顔で聞いていて、時折相槌を打った。
「……なるほど。事情は概ね理解しました」
「どう? お願いできるかしら」
「無論、協力致します。魔王様のご命令とあれば、従うのが道理でございます」
なんかあっさり承諾されてしまった。
あまりに呆気なくて、私は肩透かしを食らった気分だった。
「ええと、べつに無理に承諾しなくてもいいのよ」
「何をおっしゃいますか。我々魔物にとって、魔王様に頼られる以上の栄誉はございません。ログハウス建築の件、喜んで協力いたします」
どん、と胸を叩きながら快諾するガガールさん。
それにもう一度呆気取られた私は、隣に立っているガリックに小声で訊ねた。
「……ねぇ、なんでこんなに簡単にお願い聞いてくれるの?」
「そりゃあれだろ。姫様の人徳の賜物ってやつだ。ほぼ毎日顔出してて冒険者も追い払ってくれる。そんな主君を慕わねぇ魔物はいねぇと思いますぜ」
にっ、と白い歯を魅せながら賞賛をくれたガリックに、私は何度目かの面食らった顔になった。
やや遅れて、私の中にこんな感情が湧き立つ。
あぁ、頑張ってよかったなと。
これまで生きてきた五度の人生で、誰かに慕われるようなことはあっただろうか。多少はあったかもしれないけど、でも落胆されることの方が圧倒的に多かった。
そんな中でガリックがくれた言葉が、予想以上に私の胸に突き刺さった。
最もガリックとしてはただ事実を述べただけで、他意はないんだろうな。
でも、その飾らない言葉が無性に嬉しくて。
「うおっ。どうしたんでい姫様。急に泣き出して……」
「うるひゃい泣いてらい! ちょっと目に蚊が入っただけよ!」
「一大事ではありませんか⁉ ちょ、ミィリス様っ、あまり目を擦られてはかえって痛みます」
蚊が入っているのは思わず零れそうになった涙を誤魔化す為の言い訳だったのだが、冗談が効かないリズとクロームは大騒ぎだ。
そうして私が泣き止んだ(べつに泣いてないけどっ)あと、改めてガガールさんにログハウス建築の協力について確認した。
「それじゃあ、ガガールさん。協力してくれるってことでいいわね」
「無論でございます。ミィリス様に日頃の感謝を返せるまたとない機会。我らゴブリン族一同、誠心誠意尽くして手伝わせていただきます」
「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」
もう少し難航するかと思ったゴブリンへの協力は、私の予想をはるかに超えて簡単に契約を結べたのだった。
****
「それでガガールさん。報酬の件についてなんだけど」
「……え」
「ごめんなさい。私、まだ魔物に対しての報酬は何が適切なのかよく分かってなくて……だから報酬はガガールさんたちの望むものを用意しようと思うんだけど」
ログハウス建築に関する話も纏まろうとした頃、最期に私は協力に対する報酬の内容について確認していた。
それなりに長い期間働いてもらうのだから、相応の対価を支払うべきだろう。ならば報酬については彼らの望むものを与えるべきだと判断したのだが、
「しょ、少々お待ちくださいミィリス様っ」
「ん? どうしたの?」
なぜか慌てているガガールさんに私はこてんと小首を傾げる。
じっと狼狽しているガガールさんを見つめていると、彼は指をもじもじさせながらこう言った。
「話を中断させてしまい申し訳ございません。しかし、その、一つ確認したいことがございまして」
「確認したいことって?」
「その、報酬の件についてですが……我々に報酬を与えてくださるのですか⁉」
「ひょえ?」
え、何その「給料が出るって本当⁉」とでも言いたげな驚き方。
「あ、当たり前じゃない。タダ働きなんてさせる訳ないでしょ」
「本当ですか⁉」
頷くとガガールさんは目を剥いた。
状況がイマイチ飲み込めていない私は、興奮しているガガールさんに訊ねた。
「え、もしかして、ずっと報酬が出ないと思ってたの? なのに、あんなに心強く協力するって頷いてくれたの?」
「その通りでございます!」
「うええええええ⁉」
タダ働きすることに笑顔で頷くとか頭ぶっ飛んでるでしょ⁉
満面の笑みで私の疑問に肯定したガガールさんにドン引きしていると、隣に並んでいるリズが「進言失礼いたします」と耳元に唇を近づけた。
「……ミィリス様。本来、魔郷に生息し、かつ集団を築いている種族に対して我々が命令を出し、その報酬を与えることはございません。彼らは我々が統治している存在。故に、魔界城の命令に対し協力することは絶対なのです」
「ちょっと待ちなさい。それだと、昔からガガールさんたちに
「当然です」
「やば。魔物の世界やば」
タダ働き強要する挙句に報酬でないとか狂ってるでしょ⁉
なんだそのブラック通り越して墓場みたいな会社はッ⁉ 給料出ないのに喜んで働くとか狂人が過ぎるんですけど⁉
ちらっとクロームを見ると、「それがルールですから」みたいな澄ました顔してた。ちょっとイラっとするわね。
……まぁ、魔界城で働いてる子たちも皆報酬なしで働いているから嫌な予感はしていた。ただ、彼らは衣食住が付いてるからそれが報酬なのかもと思っていたが、どうやらこの様子だと自分たち側の労働環境を今一度確認する必要がありそうだ。
兎にも角にも、恐るべし魔物の世界。
「えーと、ガガールさん。報酬についてなんですけど、それはちゃんとこちら側で手配します。ただ、どういったものを望んでいるかは分からないので、それはそちらで任せても大丈夫ですかね?」
唐突にゴブリンたちに申し訳なさが募って、恭しい口調になってしまう私。そんな私にガガールさんは戸惑いながら、ぎこちなく頷いてくれた。
「分かりました。報酬の上限などは」
「ないです。もう好きに頼んでくれていいです。今までのお詫びを込めて、肉でも酒でも城でも何でも言ってください」
「ミィリス様、流石に城は渡す訳にはまいりません」
「じゃあ城以外なら何でも渡します」
投げやりに聞こえるかもしれないが、ちゃんと誠心誠意込めた発言だ。
魔界城の代表として、せめて先代たちの分まで彼らに詫びようと頭を下げようとした時だった。
ガガールさんは「……何でも」と顎に手を置きながら呟くと、妙案を思いついたように目を見開いて、
「ではその報酬の件ですが……我々ゴブリンを魔界城の兵士として雇ってはいただけませんか」
「――ぇ」
何を言われたのか分からず、目を瞬かせる私。
体が斜め四十五度で硬直している私に、ガガールさんは真剣な顔を向けながら言った。
「どうか我々を、ミィリス様の正式な配下として加えていただきたいのです」
「え、それって報酬じゃない気が……」
「何を言いますか。我々魔物にとって、『魔王』の配下に就くこと以外の喜びはございません。魔王様の配下に就けるのは一部の優れた魔物のみ。しかし、私を含め多くの者たちは、魔王様に付き従いたくも、しかし能力が伴わずこうした安寧の日々の中で過ごすしかない者たちがいます。どうかその者たちに、魔王様の配下となる許しを乞いたく」
「――――」
それは、とても報酬とは言い切れない願望だった。けれどそれは私の感想で、ガガールさんたちにとっては心からの願望なのだろう。
普通は、高級な肉を寄越せとか、金をくれとか、そういう私利私欲を望むだろう。人間は大抵がそうで、そしてたぶん、私も同じだ。
けれど魔物は違う。
故郷の為に、家族の為に、私の為に働きたいと言ってくれる者たち。
「それは、命を落とすかもしれないと分かっての発言かしら?」
一つ、私はゴブリンの村の長に訊ねた。
酷く静かな声音で、試すような問いかけ。
それに、ゴブリンの村の長は地面に膝をつき、
「全て、覚悟してでの懇請でございます」
「――――」
「どうか、我々に魔王様に尽くすことをお許しください」
私に対して、誠心誠意込めた跪拝。
「顔を上げなさい。ガガール」
「……は」
恐る恐る顔を上げたガガールに、私は一つ、深い吐息をこぼした。
それを落胆か拒否と感じたのか、ガガールの瞳に寂寥がはらんだ。
――どうやら、彼は何か勘違いしているようだ。
私が重たい吐息をこぼしたのは、懇請を否定する為でも、命を軽々しく扱うことに落胆した訳でもなく――そのあまりに魔物らしい生き方に、呆れたからだ。
「とてもそれだけじゃ、報酬にはならなそうね」
「――ぇ」
「ログハウス完成の暁には、ゴブリンを兵士として迎えるだけじゃなく、上質なお肉とワインも用意しなくちゃね」
「っ‼ それは、つまり……」
どういう意味なのかと、声を震わせるガガールさんに、私は微笑を浮べて、告げた。
「分かったわ。ログハウス建築の協力。その報酬は、ガガールさんの望み通り私の正式な配下となってもらいます」
「やった……」
「ただし! その対象はあくまで有志者のみだからね!」
「はいっ! はいっ! それだけで十分でございます!」
喜びのあまりその場で飛び跳ねるガガールさんに、私は「全くもう」と心底呆れた。
本当に魔物という生き物は不思議だ。平気でタダ働きするし、自ら戦場に立とうとする。
本当に不可解で、不思議で、けれど同時に、面白くて愛しい。
知れば知るほど、彼らをどんどん好きになっている気がするな。
「あの、ミィリス様! この事を、この事を早速村の者たちに伝えてきてよろしいでしょうか⁉」
「好きにしなさい。貴方たちの村で、貴方はその村長なんだから」
「で、では少しの間失礼させていただきます!」
「はいはい。皆にこの事早く伝えてきてー」
私に深く一礼したあと、脱兎のごとく勢いで同胞たちに報告に向かったガガールさん。
次々に騒がしくなっていくゴブリンの村を、私は愛しいげに見つめたのだった。
「これで第一関門クリアってところだな、姫様」
「そうね。まだ一歩目だけど、出だしとしては悪くないわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます