第53話 『 クロームの懸念 』
今後の方向性も決まり、ぞろぞろと自分の仕事に戻っていくメルルアお母様たち。
今私の近くにいるのは、専属秘書であるリズと、そしてクロームだった。
「ミィリス様」
「ん? なぁに?」
くぁぁ、と欠伸しながら腕を伸ばしているとクロームに声を掛けられた。
「……その一つ確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「確認したいこと?」
はて、と小首を傾げる私に、クロームは神妙な顔で顎を引いた。
「その、ミィリス様は魔界城に従事できる条件というのはご存じでしょうか?」
「え? ……うん。知ってるわよ。あれでしょ、確か、その魔境で暮らしている種族の中で、優秀な子がスカウトされるっていうやつでしょ」
リズからちょっと前教えてもらった気がする。
不安なのでリズに目配せすると、彼女は無言で『概ねその通りです』と満足げに顎を引いた。
クロームも「その通りでございます」と肯定してくれたが、しかしどこか不服気な顔をしていた。
「魔界城に従事できるのは本来、【成体】の中でもさらに優秀とみなされた極一部の魔物のみ。しかし、ミィリス様がこれからやろうとしておられるのは、それを無視した召集でございます」
「なるほど。つまりクロームは、能力の不測している者を働かせていいのか、って言いたい訳ね」
「恐縮でございますが」
公務員みたいに国家試験があるわけではないが、魔界城で働くにはそれなりに高い潜在能力を持っていることが必須条件ということなのだろう。当然といえば当然か。平民を貴族の仲間入りにさせるようなものだから。長らく城に仕えているクロームとしては懸念は尽きないだろう。
「でも優秀な子たちだけを集めても、いざ人間や他の魔境と戦争を始めるとなったら確実に数で劣勢になると思うわよ。今までは奇跡的に戦争が起こらなかっただけで、今後は起こりうるかもしれない。その時はどう対処するの?」
「それは……」
クロームが口ごもる。
そんなクロームを見かねてなのか、リズが「進言してもよろしいでしょうか」と手を上げた。
「ミィリス様が危惧されている戦争についてですが、その場合はその魔境に属している魔物たちの召集が義務化されているのです」
「あらそうだったの」
「はい。戦争とは、いわば縄張り争い。故に全魔物が自らの領土を守る為に戦うのは道理なのでございます。戦わずして守れるものなど我々の世界にはございませんから」
うむ、実に魔物らしい生き方だ。
弱肉強食。そんな言葉が最も似合うのが魔物の世界。強者は尊重され、弱き者は淘汰される。平穏無事でいたければ、それは戦って得るしかない。
「分かったわ。ではこうしましょう。働く者たちを増やす動きは変わらない。でも、数は限定する。いずれにせよ人手不足には変わりないんだし、増やすには申し分ないでしょ」
「はい。そのお考えには私も賛同しております」
「そうね。今この魔界城で働いているのは私とお母様を除いて64名。リズたち直属配下が5名。警備の子たちが23名。給仕係が19名。ドワーフが7名。雑務担当の子たちが10名。……全ての役職に+10名は欲しいわね」
兵士はもうすこし増やしてもいいかもしれない。
それでも他の魔境の兵士の数に比べると兵士は少ないそうなので、やはり戦力増強は迅速に対応したいところだ。
「それくらいなら問題ないと思うけど、意見はある?」
「私は最初からございません」とリズ。
アナタはずっと私の意見を全肯定だもんね、と苦笑しつつ、クロームに顔を向けた。
クロームはしばらく沈黙したあと、恭しく頭を下げた。
「異論ございません。私のような粗末な懸念にも真摯に向き合い対処してくださったこと、感謝いたします」
「礼なんていいのよ。私はただ、皆には快適に仕事をしてほしいと思っただけ。もちろん、リズにもクロームにもね」
「――本当に、不思議なお方だ」
「? 何か言った?」
「いえ、なんでもございません」
顔を上げて微苦笑を浮かべるクロームを訝し気に感じながらも、私は特に気にすることなく話をまとめた。
「よし、それじゃあ明日から皆で頑張って魔物たちをスカウトしにいこー!」
「畏まりました」
「ミィリス様のご命令とあらば」
畏まった返答の配下二人に、私は『そこはえいえいおーでしょ』と心の中で文句を垂れたのだった。
ともかく、明日から忙しくなりそうだ。今日はぐっすり寝よう。
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