第52話 『 ミィリス様による働き方改革 』


 翌日。

 突然だが、この魔界城には『魔王の間』と呼ばれる部屋が存在する。そこは読んで字の如く、魔王(私)の専用部屋だ。


 部屋の場所は魔王城最上階に位置し、広さはなんと一階層丸ごと。合計十本の石柱が左右に五本ずつあり、扉を開けると真っ赤な絨毯が道を成しているように敷かれている。その絨毯は階段で途切れており、階段を上ると金細工を施された一脚のみの玉座が鎮座している。


 この『魔王の間』の用途としては、配下の子たちを集めて集会をしたり、客人を招いたり、時々魔界城に侵入してきた勇者を待ち構える場所として使用される。ここで戦うとテンション上がりそうだ。


 さて、ではどうして私が突然『魔王の間』なんて部屋を紹介したかというと、それは当然、現在私が此処にいるからだ。

 正確には私だけでなく、リズや他の魔王直属配下たちも集まっている。あとメルルアお母様もいる。

 そして、私は現在、体をもじもじさせていた。というのも、


「あの、リズ……なんだこれ、すごく恥ずかしいというか居心地悪いというかそわそわするんだけど」

「何を仰られますか。ここは本来、魔王様が座るべき場所。〝玉座〟なのでございます。我々魔王直属配下を呼び出したということは、何か重大な議題があってとの事のはず。ならば、ここに集うのは必然かと」


 顔を羞恥心で赤くしている私に、リズは澄ました顔で答えた。


 昨晩、リズに「大事な話があるから直属配下たちを集めておいて欲しい」とお願いしたところ、この『魔王の間』に連れていかれ半ば強制的に玉座に座らされた。

 既に集まっていた直属配下たちは私が椅子に座ると同時に跪拝を始め、楽にしてと散々命令しているにも関わらずいう事を聞かず頭を下げ続けている。


 そして、私の居心地をさらに悪化させていたのが、


「でもその、お母様まで膝をつかせるというのは私の良心が痛むんだけど……」

「それはダメよミィリス。貴方は正式なこの城の主。この場に集うということは、例え私がアナタの母親であっても敬意を尽くさねばならないの」

「じゃあ今すぐ場所変えましょう! ここ、すごく居心地悪いから! 母親に膝をつかせて頭を下げさせるって、傍からみればとんでもない娘だから⁉」


 とみっともなく喚くも、私の信頼する秘書ちゃんことリズは「それがこの城のルールでございます」と私の意見に耳を傾ける素振りすらみせない。

 私はどっと重たいため息を吐くと、喚くのを止めて額に手を当てながら皆に命令した。


「分かった。とりあえず、全員顔を上げて」

「「――ハッ」」


 なぜその命令には従順なのかと疑問を呈したくなるが、今はその気持ちをぐっと堪えて私は話を続けた。


「今日皆に集まってもらったのは、大事な相談をする為。最初に言っておくけど、全肯定は止めて。無理なもの無理とハッキリ言ってくれた方が助かるわ」

「あのー、ミィリス様」

「なに、メム」


 おずおずと手を上げたのは、練色の髪が特徴的な童顔の少年、メムだった。少年といっても彼はクロームと同じ魔人族デーモンで【成体】の魔物だ。

 メムはおっとりとした目を私に向けながら、こう進言した。


「大事な話、ということですが、それに僕は必要あるのでしょうか。このような事をミィリス様にお告げするのは恥ずべきだとは重々承知しておりますが、僕……いえ、僕とジャカルトに相談するのは役者不足かと」


 それは自分たちの問題に対する能力不足を理解しての発言だろう。ジャカルトが俺を巻き込むなよ、とでも言いたげな顔をしているが、自分自身の能力をきちんと理解しているのは美点だ。それに、この城に関わる大抵の問題はクロームかリズが解決しているので、それも含めての進言だろう。聡明な者たちで会議した方が合理的だと。

 それは正論。だが今回は違う。


「これはできれば私たちで話合って決めた方がいいと思うの。だからメム、自分のことを役者不足なんて言わず、私の相談に乗ってくれると嬉しい」

「……畏まりました。ミィリス様のご命令とあれば、如何なる願いも聞くのが配下の務めでございます」

「協力してくれてありがと」


 メムはまだ不服そうだが一応はh納得してくれたようで、私おっとは胸を撫でおろす。


「ちなみに、ジャカルトは私に意見するようなことはある?」


 私は視線をメムからゴブリン――ジャカルトに移して尋ねると、彼からは「何もございません」という返答をもらった。

 クロームは問わずとも協力してくれることを理解しているので、これで全員から会議への参加は承諾されたことになる。

 というわけで、早速魔王直属配下とメルルアお母様と私で話し合いだ。


「それじゃあ、本日の議題を上げるわね」


 私は一拍置いてから彼らに告げた。


「……本日の議題。ずばりそれは――働き方改革よ!」

「「働き方改革?」」


 ドヤ顔で言い放った私に、リズたちが一斉に首を捻る。


「なんですかミィリス。その、働き方改革というのは」


 と質問してきたのは、きょとんとした顔も美しいメルルアお母様だった。

 私はコホンッ、と咳払いしてからその質問に答えた。


「読んで字の如く、でございますお母様。私はこの一ヵ月。この城で働く者たちを見て参りました。そして私は知ってしまったのです」

「何をですか?」

「彼らに休みがない、ということをです」


 そこまで言ったところで「お待ちください」と手を上げたのはクロームだった。


「ミィリス様。我々城に就く者たちに安息日がないのは当然でございます。配下一同、日々魔王様に尽くすのが生きがいで――」

「それは個人の意見であって、他の者たちはそうでないかもしれないでしょ」


 私はクロームの意見を遮ってそう言った。

 しかしクロームは私の言葉に反論するように眉尻を上げて、


「そんな不届き者のような考えを持つ者はこの城にはございません! もしいれば私がそく指導を――」

「しなくていい。というか、休まず働かせるって普通ありえないから。労働には休息がちゃんと含まれてなきゃいけないの」


 皆が「そうなの?」と言いたげな顔をしていた。ただ一人、メムだけは私の言葉に賛同するように強く頷いていたが。

 本当に魔物という生き物は変わってるな、と肩を竦めつつ、私は続ける。


「いい。休むのも立派な仕事。そうじゃないと、いつか体壊しちゃうかもしれないでしょ」

「それは精神が弱いからで……」

「昭和の考え方よそれは。今は令和のじだ――失敬。今は龍皇歴2568年ね」


 ここは日本じゃないんだった。

 コホンッ、と咳払いして失言を誤魔化しつつ、私は話を再開させた。


「とにかく、クロームも他の子たちも考え方が古い! 今はもう新時代! ……ではないけど。でも私がノズワースに誕生したんだから、働き方も一新するべきよ!」

「……そうだそうだー」


 一人だけやけに乗り気である。なるほど、メムは休みが欲しい一人なようだ。実に素直でいい子だ。

 しかし、やはりクロームやリズたちがいる手前で強く同調することはできないようで、私の聴力でぎりぎり聞こえるくらいの声量だ。まぁ、上司の前で迂闊な発言をできない気持ちはよく理解できる。


 そんな子たちの為に、私がいるのだ。労働の対価、しっかり与えなければいけない。


「ミィリス。その働き方改革というのはわずかですが理解はしました。アナタの言い分にも納得はできます。ですが、具体的に何処を変革するつもりなのですか?」


 私の言い分を静かに聞き届けていたメルルアお母様は、手を上げるとそんな質問を投げかけた。

 論理的かつ具体性のある回答を求める姿は熟年のキャリアウーマンを彷彿とさせるなと思いつつ、私はお母様の質問に答える。


「勿論無策で改革を謳っている訳ではありません。先ほども述べた通り、この城で働く者たちに休日……じゃなかった、安息日を取ってもらうつもりです。実際に、リズには一度安息日を取ってもらいました」

「あぁ、あれはこの為だったんですね」


 厳密にいえばそれがきっかけでこの働き方改革を思いついたのだが、それを今説明する暇はないのでリズには都合のいいように解釈してもらう。

 正面でポン、と手を叩いているリズを横目に、私は説明を続けた。


「ただ単に安息日を取れ、と強制するつもりはないんです。中には働いていないと逆に体調を崩してしまうような者もいます」

「私です!」

「うんそうねー。リズは毎日私の為に働いてくれてすごく助かってるわー」

「いえいえ! これも魔王秘書として当然の務めでございます!」


 従順なわんこは適当にあしらいつつ、


「それでも、日々多忙に終われ、少しばかり安寧を望む者たちもいましょう。故に、そういった者たちに憩いの時間を上げたいと思うのです」

「なるほど。よく分かりました。私もその考えには賛成です。皆、日々私たちの為に働いてくれています。こちら側から労いの敬意を示すのにも有効な手だと思いますよ」


 説明を聞き終えて、メルルアお母様は承諾の意を示した。しかし、その中で一人、空気の読めないやつ……じゃなかった、優秀な論客がいた。


「ですが、そうなると連日休む者も出てくるのではないのですか」


 迂遠な言い回しだが、要は働かず居座る会社ニート野郎が現れるのではないかとクロームは懸念しているのだろう。無論、その意見も想定済みだ。元社畜舐めんなよ?


 1つ意見を言ったら、10の質問は来ると思って毎度資料作ってたんだぞこっちは。

 その労力がいま活かされるとは思いもしなかったが、おかげでクロームの疑問にもすぐに返答できた。


「だから連休は最低二日にするつもりよ。基本的には週七日間のうち、二日決めて安息日にしてもらう」

「でもでも、そうなると休みの者が重なった場合は人員不足に陥りませんか?」


 と意見を出したのはメム。おっとりとした目からは想像できないいい指摘だ。


「そうね。ぶっちゃけると、それが一番の問題なの。クローム、今この城で働いている魔物の合計で何名いる? 私とお母様、直属配下である貴方たちを除いて答えて」

「64名でございます」


 流石は魔界城一優れた配下。即答だ。


「そう64名しかいない。正直言って、この城の大きさと労働者の数が比例してない気がするの。だから皆、休もうにも休めず、毎日一生懸命働いてくれてると思うの」

「んー。それを言われると確かに。ミィリス様もご誕生されたし、そろそろ従事者を増やしてもいい頃合いなんじゃないですかクローム様」

「メムは素晴らしい洞察力の持ち主ね。私が思ってることを的確に言ってくれるわ」

「えへへ。ミィリス様に褒められちゃった」


 意外にも鋭い洞察力を持つメムに対し賞賛を送ると、リズが「私の方が」とでも言いたげに頬を膨らませていた。鉄仮面に見えて意外と表情豊かなリズに可愛いかよとまた胸をきゅんとさせられながら、私は続けた。


「今メムが言ってくれたんだけど、従事者を増やすには丁度いいと思うの。幸い、今は人間の脅威も収まって森も安泰している。ならばこの時間を有効的に使って、私たちは戦力を増強し、整えていくのが最もベストだと思う」

「私はミィリス様のご提案に一切異論ありません。ミィリス様が戦力を必要としているのなら、それが正しいのでしょう」

「僕も賛成です。戦力が増えれば人間への対抗手段が増えるし、それに休みがもらえるかもしれないし」

「私も、異論ありませぬ」


 リズは相変わらず私の提案には全肯定で、メムも意気揚々と乗り気だ。ジャカルトも声は小さくてあまり聞き取れなかったが、たぶん肯定してくれている。


「私はアナタの道を見守るだけです。ミィリスの好きなようにしなさい」


 リズとは若干肯定の仕方が異なるが、メルルアお母様も私の施策を承諾してくれた。

 残るは一人のみだが……、


「クロームはどう? 安息日の取り入れに戦力増強、賛成してくれる?」


 クロームはしばらく顔を伏せていて、何かを考えているようだった。

 数秒の沈黙のあと、クロームはようやく顔を上げて、力強い眦を私に向けながら、


「全ては魔王様の御心のままに」

「それってつまり?」

「ミィリス様が望むことを実現するのが私ども魔王直属配下の務め。働き方改革の件。承知致しました。このクローム。微力ながらご協力する所存でございます」


『魔王』に忠実なる僕は、厳かに顎を引きながら私の考えに賛同してくれた。


「――決まりましたね」

「はいっ」


 クロームからの承諾も得て、これで全員賛同した事となった。

 微笑を浮かべるメルルアお母様に、私もやる気を漲らせる。

 こうして本格的に、魔界城の働き方が始まったのだった。


【あとがき】

26、27日の二日は休載となります。気付けば50話書いていて、二章の原稿が想像以上に進まず死んでる作者です。どうっすかなー。

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