第51話 『 ドワーフに相談 』
リズに安息日を取ってもらってから数日が過ぎた。
そんなとある日のこと。私はドワーフたちの仕事場である地下工房にいた。
「ごめんねガリック。忙しいのに手を止めさせちゃって」
「いいってことですよ。俺たちも働いてばかりいたら死んじまいます。息抜きは必要ってもんです」
私の目の前に座っているドワーフのガリックは労働によって流れた汗を拭きながら快活な笑みをみせてくれた。あらなんてナイスガイなのかしら。恋愛対象外だけど。
「それで今日は改まって相談があるってなんですかい?」とガリックが眉根を寄せる。
それに私は「実はね」と前置きして、
「貴方たちに、この城の近くでログハウスを建てて欲しいと思ってて」
「ほぉ、ログハウスですか。それまたなんで?」
と当然のように説明を求められ、私はちょいちょい、とガリックに耳を寄せるよう促す。
私は近づいた耳に、そっと小さな声で彼に言った。
「……これはまだ誰にも話してないんだけど、実は近々、私たちの戦力を拡大していこうと思ってるの」
と私がログハウスを欲している理由を吐露すれば、ガリックは感嘆とするように吐息した。
「へぇ、そいつはいい考えだと思いますぜ。しかし、そうなると余計不思議ですな。わざわざログハウスを建てる必要なんてないんじゃないですかい? 姫様が一声掛ければ、それこそ
確かに彼らは私に恩義を感じているから、私の戦力に加わって欲しいといえば喜んで配下になってくれるだろう。
しかし、
「だからこその拠点となる家が欲しいのよ。ほら、彼らって他の魔物や冒険者たちの襲撃に備えて三角屋根みたいな簡素な拠点で生活してるでしょ」
「というかそれがオーソドックスですぜ。群れを形成している魔物たちは季節に合わせて土地を移動したり、拠点にしている地域で危険を察知したらすぐ移動できるように拘った拠点は造らねぇんですよ。中には洞窟を根城にしてる種族もいるくらいですぜ」
「あぁ、獣人族とか亜人族、たしか
「えぇ。
言下にわずかな寂寥を感じ取った私は、この世界の歪さに双眸を細めた。
「人間からの迫害、ね」
「そうです。俺たちドワーフは、亜人という種族に分類されます。数百年前はそうでもなかったんですが、数十年前から人間族は、純血な人の血を交えていない者たちを排除する動きが活発になりましてね。そのせいで俺たちの仲間は故郷を追われ、ちりじりになってしまいやした」
今ここにいるドワーフたちは、私の父、アシュトが人間から迫害を受けていた所を救われた者が集っている。皆、父に恩義を感じて此処で働き続きてくれているのだ。
「亜人たちの多くは人間に奴隷として働かさせられちまった。唯一逃げ切った者たちも、国や魔境を転々としながら暮らしてる。俺の仲間は……今はどこにいるか分からなくなっちまった」
悄然とした声音に、私はただ「……そう」としか返すことができなかった。
改めて、人間の業の深さというものが浮き彫りになった。
どの世界も、いつの時代も、人間のやっている行いに大差ない。自分たちが正義だと妄信的になり、自分たちと姿が違う者は異端者だと排除する。
厚顔無恥という言葉がこれほど似合う種族もそうそういないだろう。人間とは最も欲に従順で、利己的で自己中心的だ。親切心が世界に広がることもなければ、人間同士で醜く争うこともなくならない。排斥する動きもまた、きっと変わることはないだろう。
それこそ、世界に真の平和を願い、己を犠牲にする覚悟を持つ革命家でもいなければ。
革命家に期待するのは止めておくとして、
「……そうよね。そういう者たちを味方に付ければ、より世界の均衡化が進むんじゃないかしら」
「急にどうしたんですかい? そんな大願なんか掲げて」
私の呟きを拾ったガリックが失笑する。
「気にしないで。それより話を戻しましょう」
「おおっとそうでしたね。なんだか湿っぽい話をして申し訳ない」
「気にしないで。いつか必ず、貴方の仲間も見つけてみせるから」
「――――」
「? どうしたの、そんな素っ頓狂として」
面食らったような顔をしているガリックに小首を傾げると、彼は「……いや」と頬を掻きながら、
「見つけるって、あまりにも当たり前に言うもんだから、少し驚いちまって……」
「当然でしょ。その為の『魔王』なんだから」
人間は嫌いで今も変わらずどうでもいいと思うけれど、それ以外は違う。
私に笑顔と幸せを感じさせてくれている者たちに、少しでもその恩を返したい。ガリックの望みが離れ離れになってしまった仲間ともう一度会いたいというのなら、私は彼の願いを叶えるべく尽力するだけだ。
その意思を瞳に宿す私に、ガリックは呆れたように笑った。
「ははっ……本当に姫様は、魔王らしくねぇ『魔王』だな」
「それ皆に言われるんだけど。他の魔王になって遭ったことないから全然ピンとこないのよね」
「細かいこと気にする必要ないと思いますぜ。俺は――姫様の下で働けて光栄だと思ってるんで」
「あら嬉しこと言ってくちゃって。褒めても何も出ないわよ。ワインなら出せるけど」
「へへ。流石にそいつは貰いすぎってもんですわ。ミィリス様からもう、たくさんのものを頂やしたから」
「なにもあげた覚えはないけど……まぁ、気にしないことにしましょう」
快活に笑いながらそう言ってくれたガリックに、私も微笑みを浮かべたのだった。
*****
さて、一度逸れた話題を元に戻そう。
「それで、ガリック。ログハウスの件なんだけど。やっぱり造るのって難しい?」
「あぁ、それでしたら建築は可能ですぜ」
意外とあっさり首肯された。
なら早速準備を始めてもらおうと思ったが、ガリックは「ただ」と前置きすると眉間に皺を寄せた。
「俺たちは武器だけでなく建築の腕に関してもある程度の自信があるが……姫様、そのログハウス、いくつ建てる予定なんだい?」
「そうねぇ。一家族に一家は欲しい……最初はそんなに多くなくていいわ!」
理想を口にするとガリックにのすごい形相をされて、私は慌てて希望軒数を減らした。
ガリックは大仰にため息を吐くと、
「いいか、姫様。家を建築するのはそれなりに時間が掛かるんだよ」
「そんなの知ってるわよ。大体半年から一年くらいでしょ」
「どんな豪邸造らせる気なんだよ……だいたい三週間もあれば造れる」
「へぇ! すごく早いじゃない!」
驚く私にガリックは世間知らずとでも言いたげな顔だ。私の反論としては、まだ生まれて一ヵ月目の子どもが家の建築期間を知っている方がおかしいと思うですがいかがでしょうか。
まぁ、言われてみればこの世界と前世の世界では家の構造の根本が違うから完成期間が違って当然だ。
この世界に排水管はないし、明かりを点ける為に電線を引く必要もない。ガスも設置する必要もない……というより元からガス管なんてこの世界には存在しない。
全て魔法か自然を利用して成り立っている世界なので、前世のような手間の掛かるような作業は存在しないようだ。それとドワーフの建築技術も相俟って、和の匠も驚きの期間で家を建てられるという訳らしい。
まぁ、そこに掛かる費用や人材を度外視した話だというのは理解しているが。
「で、ガリックさん。その家を三週間で造るにはどれだけの人手が必要なの?」
「そうだな。俺たちだけでやって二週間切るか切らないかだ」
この城で働いているドワーフの数は現在、7名。わずか7名で二週間で一軒家を建てるだけでも驚きだけど、裏を返せば七名全員が必要不可欠ということ。
「うーん、できれば皆にちゃんと休んで欲しいな」
「あぁ。流石に休息なしで家造り続けたらぶっ倒れちまう」
分かっていますとも。休みは週2は欲しいわよね。
「ね、例えばなんだけど、その建築を手伝えそうな子たちっていないの?」
「あぁ。いますぜ」
こくりと頷いたガリックに先を促せば、彼は腕を組んで答えた。
「ゴブリンたちだよ」
「ほほぉ。ゴブリンなのね」
「姫様も村を視察に行ってるなら、何度もアイツらの拠点を何度も見てるだろ。あれは他の魔物の根城と比べても優秀な出来してなかったか?」
「言われてみればたしかにそうね。なんか頑丈に造られてるような気がしたわ」
「ゴブリンは力が強いだけじゃなく意外にも器用でな。姫様の直属配下のジャカルト殿だって、メルルア様の第二補佐を務められるほどの聡明な方だぜ。まぁ、戦闘になると腕力で解決しようとする粗暴さが目立ちますが」
「へぇ。ジャカルトって頭いいんだ。いつも無表情だしあまり話したことないから全然そのイメージつかないなぁ」
魔王直属配下であるジャカルト、それとメムと呼ばれる子も、城内で姿を見ることは少ない。彼らは基本的に専用部屋で仕事をしているからという理由もあるが、一度ちゃんと話し合ってみたいものだ。
「今度仕事部屋にお邪魔しようかしら」
「何言ってんだ姫様。アンタはこの城で一番偉い『魔王』なんだから、そんなこと考えず呼びだしゃいいだろ。それに戦力増加の件、これは俺じゃなく直属配下の者に話すべき事案じゃないか」
「ごもっともです」
「しっかりしてくれよ『魔王』様」
部下に正論を説かれる上司みたいな私。まぁ、傍から見るとおじいちゃんに呆れられてる孫みたいな構図にも見える。
しかし、ガリックの言っていることは事実だ。件の戦力増加の件、一人で考えるよりも一度、メルルアお母様やリズ、それとクロームたちとしっかり話し合った方がいい気がする。
まぁ、この城の主は私なので、提案しただけですぐ承諾される未来が目に見えているのだが。
「ありがとねガリック。相談に乗ってくれて。私なりに色々と考えて、皆にもっと住み心地の良いと思える魔境を作ってみせるわ」
「おう! 期待してますぜ『魔王』様。俺たちはどんな命令も聞いてやりますよ」
「ふふっ。期待してるわ」
なんとも頼りになる返事を貰って、私は破顔したのだった。
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