第50話 『 安息日後の報告 』


 リズの安息日から一夜明け、私は執務室に当人を招いていた。


「それでどうだった、丸一日休んだ気分は?」


 私はそうリズに訊ねると、彼女は「はい」と一拍置いてから答えた。


「肩の力は、十分抜けたと思います。色々と苦悩はしましたが、そのおかげで他の者たちともいつもより話せましたし、一人でじっくり考えこむこともできました。くつろぐ、というのは私の想像以上に休息の効果がありました」

「そう。それはよかった」


 不安はあったが、リズからの感想に私はほっと胸を撫でおろす。


 生真面目な彼女のことだ。もしかしたら休日が窮屈になることを懸念したのだが、本人も努力して最良の休日になるよう工夫していたようだ。私個人としては、休日は自由にあるべきだと思うが、世の中には計画に休みを取り、その休日にも計画を立てて過ごす者もいる。おそらく、リズはそっちの方が性に合っているのだと思う。


 いずれにせよ安息日を取らせた効果があって何より、と安堵も束の間、リズは眉間に皺を寄せてこう続けた。


「しかし、丸一日も休むというのはどうにも性に合わないと言いますか、慣れないといいますか……城内の者にもどんな休み方をすればいいのか聞いて回ったのですが、どれもいまいちピンとこず……とてもミィリス様に堂々とご報告できるような安息日にはなりませんでした」

「ほんとリズは真面目すぎるなぁ。べつに、私に「上手に休めました!」なんて報告しなくていいのよ。休みというのは日頃一生懸命に働いている自分を労う日などであって、誰かの模範となるような行動なんてしなくていいの。大事なのは肩の力を抜いて、よしまた明日から頑張ろうと思えることなの」

「なるほど。肩の力を抜くのも一つの方法と」


 真剣に私の言葉を反芻しているリズに私は人差し指をくるくると動かしながら言う。


「そうそう。休み方なんて自由。例えば私はベッドで一日中ごろごろしたり、好きなものばっか食べて寝たりしてる。ストレスが溜まったら運動なんてするのもいいわよ」

「ふむふむ。参考になります」


 ついさっき休み方は自由と言ったばかりなのに、リズは脳内で私の言葉をメモしていた。

 やっぱり生真面目な子、と苦笑しつつ、


「まぁ、リズはいつも頑張ってくれるから、休みが欲しかったら言ってちょうだい」

「それはそれで必要とされていないようで嫌です!」

「何言ってるの。私がリズを必要としない日なんて来ないわよ。というか、私も私で、リズが傍にいないとなんだか落ち着かない体になってきちゃったのよねぇ」


 これは依存というやつのだろうか。リズは生まれてから毎日一緒にいるうえに頼れるお姉ちゃんみたいな存在だから、彼女が視界にいないとなんだか途端に不安になるのだ。昨日だけで何回「ねぇリズ」と虚空に向かって彼女の名前を呼んだか分からない。


 私も順調に彼女に毒されているな、と頬を引きつらせていると、リズは私の言葉にパァと目を輝かせていた。


「私は一生ミィリス様のお傍におります! というよりお傍にいさせてください!」

「うん。その気持ちは嬉しいんだけどね。でもそうなると、本当にアナタなしじゃ生きられない体になりそうだからそっちの方が怖いのよ」

「遠慮なさらずもっと私を頼ってください!」

「ちょっとリズさん私の話聞いてる?」


 ダメだ。私に必要とされていることが嬉しすぎて耳に入っていない。

『魔王』に必要とされていることが嬉しいのか、将又私に必要とされていることが嬉しいのかは分からないが、私的には後者だったら嬉しい。

 興奮しているリズを宥めつつ、彼女と話し合って、安息日についての取り組みを決めた。


「……よし、それじゃあ、リズが休みたい時は安息日にする。それまではこれまで通りでいいわね」

「はい。私としましてもそちらの方が健康によいので」

「仕事してる方が健康に良いとか聞いたことねぇ」


 本当に呆れるほどの忠誠心の高さだ。働いてないと死ぬのか魔物は。

 人間にもこういう子が一人いればよかったんだけどなー、と感傷に浸りながら、私は主君に尽くせると歓喜しているリズを頬杖をついて見守りながら微笑みを浮かべた。


「これで毎日ミィリス様を傍でお支えすることができる!」

「……なんかリズには悪いことしたわね」


 どうやらリズには私の下で働いている方がよっぽど健康にいいそうだ。

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