第48話 『 休暇要請 』
『魔王』である私は、基本的に自由行動が許されている。
基本好きな時間まで寝てていいし、好きな料理を注文したら用意してくれる。お菓子だって種放題だ。
私のお母様、メルルアが『政治関連の仕事は私やクロームにまだ任せて』と言われているので、仕事らしい仕事はない。これから関わってくると思うと少々憂鬱だが、それも本来は自分の務めだから仕方がない。
そんな訳で魔界城で基本威張るだけが私の仕事なのだが、これが言わずもがな退屈である。
退屈なので外に出て周辺を警備しても、冒険者や勇者は私を怖がって街に引っ込んでしまった。意気地なし共め。
気骨のある者とただの馬鹿な奴がたまに現れるので、それを排除しつつ『ゴウダツ』で魔力を徴収する。ただ始末するのは勿体ないからね。
それが終われば
私が生まれてからは森は平和なようで、魔物たちは安心して暮らせていると笑顔で言ってくれた。これは嬉しい報告だ。
自分が統治している魔物たちが平和だと知れば、私も嬉しい。なにせ彼らだって生きているのだ。魔物になって知るが、彼らだって争いを好き好んでいる訳ではないし、できれば平穏無事に毎日を生きたいと望んでいる。
それに、魔物は以外と優しい。
善意と善意が結びあって、物事が円滑に進んでいく様を見ていると、私は「魔物ってなんて素晴らしいのかしら!」と感慨深くなる。前世では善意を悪意に返された思い出が数多くあるので、その反動からか余計に魔物たちの純粋さに感激しているのかもしれない。
ちなみにその思い出の一つが、若者に道を譲ろうとしたら舌打ちされたことだ。いやー、マジであの時ナイフで刺してやろうかと思ったよー。あははっ。次あったら確実に殺るね。
人間というのはそういう生き物、と思考を切り替えつつ話題を戻しましょう。
そんな訳で私が統治する魔境・ノズワースに平和が訪れた訳なのだが、問題なのが私だ。
べつに問題というほど問題ではないし、重大というほど重大ではない。というか、バカバカしすぎて自分でも言うのが恥ずかしいくらいだ。
まぁ、一応。その問題を言いましょうか。
その問題っていうのはね、
「……はぁ、暇だぁ」
そう、退屈なのだ。
「やることといったら鍛錬か警備かお菓子をつまみ食いするくらい。勇者と冒険者はすっかり引きこもりになって『ゴウダツ』で奪えない。読み書きもとっくにマスターしちゃったし、この部屋の本も全部読んじゃったからもう読むものもない。……暇、退屈、憂鬱よ」
ぐだーと背中を伸ばしながら天を仰ぐ私。こんな所リズに見られたら呆れられるだろうが、私の頼れる専属秘書はこの執務室には入って来ない。許可をすれば入ってくるが、逆を言えば許可があるまで入ってこないのだ。というか、今はクロームの所に行っているからそもそも居ない。
「そろそろ新しい魔法でも編み出そうかしら。あれはあれでかなり時間潰せるし楽しいのよね。でもいいアイディアが思いつかないし、披露する場もない。これじゃあ宝の持ち腐れよっ」
並の冒険者なら魔法を使わずとも倒せるし、勇者だって『クモイト』と初級魔法を組み合わせただけで完勝できる。
この一か月の間で私が大技を使ったのは一度だけ。歴戦の猛者らしい風の勇者・ゼファードに放った炎熱系魔法『エクスプロージョン』だ。
しかしこの世界にそんな魔法は存在せず、いわゆる私が編み出したオリジナルの魔法というやつだ。
『ファイア』のさらに上の魔法、『ヴォルカニック』。それに雷系魔法の『サンダ』を掛け合わせることで炎の大爆発が起こる。
説明してしまえば簡単だが、実際に魔法を掛けわせることはリズ曰く『魔法の達人でも魔法を掛け合わせるのは困難』とのこと。つまり、一か月足らずでそれを成し得た私は化け物だそう。
ならば今度リズに魔法の掛け合わせ方をレクチャーしてあげよう、と暇を潰すネタを手に入れた私はふと気づく。
「……そういえば、リズが休んでるところ見てないな」
私は、私の専属秘書が休んでる所を生まれて一度も見たことがないことを思い出したのだ。
*****
ということで早速リズに聞いてみることにした。
「ねぇリズ。アナタ、ちゃんと休んでる?」
約一時間ぶりに私の所へ戻ってきたリズを早速私の寝室へと連れ込み、事情も分かっておらず戸惑うリズを椅子に座らせ、まるで刑事ドラマの事情聴取がごとく顎に手を乗せながら私はそう質問した。
するとリズは目をぱちぱちさせながら、
「は、はい。きちんと休息はいただいております」
と答えたのだが、私は睨み続ける。
何故ならば、彼女は『休息は』と答えたからだ。
「休息は取っていても、休日は取っているのかしら?」
「……安息日、でございますか」
この世界では休日を安息日と言う。言葉が違うだけで意味は一緒なので深くは気にしないでいい。
「そう。安息日、ちゃんと取ってる?」
と返答を促すと、リズは確固たる意志を持った目でこう答えた。
「私に安息日など必要ございません。私の務めはミィリス様をお傍でお仕えすることでございます。それが私の本懐であり、生きる意味でございます」
「……はぁ」
「なんでため息を吐かれるんですか⁉」
自分の答えに何か不備があったのかとショックを受けるリズだが、それは見当違いというものだ。
確かに私はショックを受けている。だが、ショックを受けているのは休まないと言い張る根性よりも、その魔物としての忠誠心だった。
「リズは私がリズに支えていられないと生きていけない干物カレシみたいな魔王だとでも思ってるの?」
「なんですか干物カレシって?」
「今気にするのはそこじゃない。リズのきょとんと小首を傾げる仕草大好きだけど、気にする所はそこじゃない」
リズもこの一ヵ月で私に色々な表情をみせてくれるまで親密な関係になった。ほぼ毎日一緒に行動しているからというのもあるからだろうが、今はどうでもいい。
「私はリズがいないと満足に生きられないダメ魔王かって聞いてるの」
「そんなことはございません。ミィリス様は私など傍に居らずとも立派に『魔王』を果たすでしょう」
「やだちょっと。私リズが隣にいてくれないと寂しいんだけど。そんな寂しいこと言わないでよ」
我ながらに面倒くさい女だと思った。でも仕方がない。リズに毎日お世話されているのだから。半ば彼女に依存している生活を送っている自覚もある。……あっ、じゃあリズが休みを取らないのは私が原因じゃん!
私が『バカか私⁉』と頭を搔きまくっていると、リズはふふ、と口許を手で隠して上品に笑いながら言った。
「心配なさらずとも、私はずっとミィリス様のお傍に仕えていますよ」
「やだっ。もう秘書というか
ついでに言えばリズも女だ。なので、私たちの間に発展はしない。いや、転生する前は女と女が愛し合う百合ものが流行ってたからアリなのか?
魔王と秘書の禁断の恋、アリだなと馬鹿な妄想を広げつつ、私はコホンッと咳払いすると愛しの秘書に向かって言った。
「まぁ、それはそれこれはこれとして……ちゃんと休みは取るべきだと思うのよ」
「……はぁ」
リズは未だ納得がいかないというようなため息。
「他の子たちだってちゃんと休みは取ってるでしょ」
とさり気なく言うと、リズは目をぱちぱちと瞬かせた。
「いえ。他の者も安息日など取っていませんよ」
「は?」
「はい」
「は?」
「はい?」
リズの言葉に、私は絶句。あまりに衝撃の一言過ぎて、脳が理解に追い付かなかった。
私はこめかみを抑えてリズに確認する。
「ええと……私の聞き間違いかしら。皆休みを取ってないって」
「いえミィリス様。聞き間違いではございません。我々魔界城に居る者全て、魔王様に健やかなる日々を送っていただけるよう毎日働いています!」
「かぁ――――――っ」
「ミィリス様⁉」
絶句を通り越して奇声を上げた。
……なんてこったい。とんだブラック企業じゃないか魔界城という職場は。そんなんでよくシャルワールやトワネットは毎日笑顔でいられるわね。仕事が日課ですってか。過労で死ぬぞ。
「思い当たる節、めっちゃあったぁぁ」
今更だが、いくらか思う節はあった。私専属の給仕係の二人、シャルワールとトワネットはいつも給仕服に身を包んで私を甲斐甲斐しく世話をしてくれる。二人だけじゃない、クロームも毎日燕尾服だし、ドワーフたちも毎日地下工房で熱い鉄を叩いている。
……思う節、あり過ぎでは。
むしろ今更になって気付く私のこの目の節穴ぶりよ。本気になれば一キロ先も見通せるほどの視力なのに、目の前は全く見えていなかった。
自分の節穴さ加減に落ち込む。
「だ、大丈夫ですかミィリス様」
「…………」
ちらっとリズを見て、私は危惧する。
この城、色々とヤバい気がする。労働基準とか、そういうの一端見直した方がいい気がする。
前世の社畜の記憶が蘇る。こんな会社早く潰れろと毎日思っていた。なんでこんなアホみたいな労働環境なのに労働基準監督署は来ないんだとずっと苛立っていた。毎日が地獄だった。笑顔も減って、そして一切笑わなくなった。
そんな辛い思いを、この城の子たちにさせたくない。
彼らにとっては『毎日働く』ことが普通なのだろうが、私とっては『普通』じゃない。
「……さい」
「なにか仰られましたかミィリス様?」
休みがあるのは大事だ。趣味に時間を費やせるし、丸一日だらけてたって誰も文句言われない。連休は最高だ。酒もよく進む。
私はこの城の『魔王』だ。つまり社長。一番偉い社長が、社員を気遣わないでどうする。
社長ならば、社員が大事ならば、私のすることは一つ。
「……休みなさい」
「――ぇ」
私は勢いよく椅子から立ち上がって、部下に向かって指を指す。
部下はずっと困惑していて、おろおろしていた。そんな部下に向かって私は、
「明日! 早速休みを取りなさい、リズ! これは魔王命令よ!」
社長権限を発動して、強制的に社員を休ませることにしたのだった。
「――ひょえ?」
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