第46話 『 紡ぐ未来への贈り物 / 変わる世界 』


「やっほーみんな!」

「ミィリス様……ってうわあ⁉」


 ピクニックの帰りに竜蜥蜴族リザードマンたちの住処へ寄った私たち。

 大きく手を振りながら現れた私に竜蜥蜴族リザードマンは気付くと途端に凝然とした。


「み、ミィリス様。なんですかそれは⁉」

「ん? なにってイボブタだけど」

「それは、はい。見れば分かるのですが……しかし、少々サイズが」


 竜蜥蜴族リザードマンが愕然としている理由。それは私が持っているイボブタだった。否、持っているというより、持ち上げていると言った方が正しいかもしれない。


 私が両手で持ち上げているのは、子イボブタを捕まえた時に姿を現した親イボブタだった。全長約三メートルはある巨体なので、片手で持ち運ぶのはどうにもバランスが悪く運搬が難しく、両手で運ぶこととなったわけだ。


 最初はリズが運搬するといったものの、私より非力なので引っ張ることもできず、シャルワールとトワネットの三人掛かりでも数メートル動かすのが限界だったので、結局私が運搬することになった。ちなみに、子イボブタの方はシャルワールが持ってくれている。というか自分が持つと言ってきかなかった。


 兎にも角にも無事親イボブタを竜蜥蜴族リザードマンに届けることができたので、私は地面に捕獲した親イボブタを降ろした。


「ふぅ。肩凝る~」


 一息入れて、


「これ、私からの差し入れ。皆で食べてちょうだい」


 と言うと、竜蜥蜴族リザードマンたちは一斉に首を横に振った。


「い、いただけませんこんな大物! ましてや魔王様からの贈物など受け取れるはずがございません! むしろ私どもが貢べきで……」

「まぁまぁそんな堅いこといわないで。それにほら、これは私たちからの贖罪でもあるから」

「贖罪?」


 はて、と小首を傾げる竜蜥蜴族リザードマン。無理解を示す彼らに、私はその言葉の意味を告げた。


「私たちのせいで、貴方たちの同胞を多く犠牲にしてしまったでしょう」

「それはっ……仕方ないことでございます。それに、ミィリス様はお約束を果たしてくれました。勇者を倒し、冒険者を追い払ってくれたのは紛れもなくミィリス様でございます」

「我々はそれだけで十分でございます。この住みやすい環境も与えてくださったのに、これ以上望むのは恥の上塗りでございます」


 竜蜥蜴族リザードマンは跪拝してそう言った。

 彼らとしてはもう満足なのだろう。言葉通り、勇者を倒し、冒険者を追い払い、住み心地がいいかは分からないけど安寧が手に入った。

 それは不幸中の幸いと言っていいのかもしれない。

 でも、私は満足なんてしてなかった。


「いいのよ。幸せはいくらでも望んでも」

「――ぇ」


 ぽつりと、私の呟きに竜蜥蜴族リザードマンが顔を上げる。

 私は親イボブタを叩きながら、竜蜥蜴族リザードマンに微笑を浮べて言った。


「失った命は天に還ることはあっても、此処に帰ることはない。私は、貴方たちの仲間全員に遭ってみたかった。でも、それはもう叶わない」

「――――」

「だから、代りに貴方たちが未来を作って。失った仲間のことを慈しみながら、その想いを未来の子たちへ繋げてほしい」


 冒険者の襲撃によって、竜蜥蜴族リザードマンの失ったものは大きい。片腕を持っていかれた者。尻尾を奪われた者。子を奪われた者もいる。

 それは悲しいことだ。でも、いつまでもそんな暗い現実に縛られているのは、もっと悲しいことだ。


 彼らにはまだ、未来がある。同胞は大勢失われても、全滅はしていない。オスがいるしメスもいる。何より、子どもたちがいる。

 そんな未来に私ができることはせいぜい、明日を笑って生きてもらえるように美味しいお肉を送るくらい。


「美味しいご飯を食べれば、自然と明日も頑張ろうって思える。一人より皆で食べた方が、美味しいものがもっと美味しく感じる」


 食事は生物にとって最も大事なものだ。食べなければ生物は餓えて死ぬ。

 飢餓の苦しみを、私は嫌というほど味わっている。

 それと同時に、誰かと食卓を囲んで食べるご飯の美味しさも。

 五度も人生を経験しているから、その想いは誰よりも強い。


「だから、ね。皆で美味しいご飯を食べて、元気でいてちょうだい。これは魔王命令よ」


 優しい声音で、竜蜥蜴族リザードマンに言い聞かせる。そこに強制はなく、ただ私の気持ちを受け取って欲しいと願いを込めて。

 それに竜蜥蜴族リザードマンたちはお互いの顔をしばらく見合った後、ハハッと笑った。


「魔王様のご厚意。我々一同、万感の思いで頂戴いたします」

「ふふっ、シャルワール曰く親イボブタも絶品らしいから、今日は皆で宴でもしながら味わってね」


 私の想いを受け取ってくれた竜蜥蜴族リザードマンたち。そんな彼らに、私はほっと安堵しながら微笑みをこぼしたのだった。


 こうして私――ミィリスという魔物の生活は、順風満帆に過ぎていくのだった。



【第一章 エピローグ】


 バルハラ大陸中央部。

 円形状の壁に覆われたその都市の名は、魔帝都市・カルディア。

 その中央に、天に続くように高く伸びる塔があった。

 その塔の最上階にて。


「……なるほど。では間違いないのだな」

「はい。魔境・ノズワースに隣接するギルドと、実際に『魔王』に遭遇したという冒険者から話を聞いて参りました。確証としては十分かと」


 片手に資料を持ちながら報告する女性に、賢老たちはローブの下で深刻げに吐息をこぼす。


「どうされますか。今すぐにでも討伐に向かえば、【成体】となる前に討伐可能と思われますが」

「いや、もうしばらく様子を見よう。こうも早い時期に三体も【魔王】が出現したのは極めて異例。龍皇歴が始まって以来の出来事だ」

「ですが、このまま放っておけば、いずれ人類に災厄が訪れることが確定しております」

「無論承知だ。しかし、勇者の数も英雄の数も有限。ならばこそ慎重に、戦力を整え、そして次の芽を芽吹かせる時期なのではないかな」

「――――」


 近い将来。おそらく十年も満たない内に戦争は始まる。人間と魔物の。

 英雄は現在いまに、賢老は未来さきに向けて危惧する。

 そのどちらも正しく、そのどちらも重要だ。


「ふむ。困ったのう。実に困ったのう」


 賢老は思惟する。


「我々の戦力を整えつつ、他の魔境の戦力も削っていかねばならんな。来る、魔王の集会――『ラグナロク』に備えて」


 数十年に一度、行われるとされる全魔境の『魔王』が集う日。おそらく、今年がまさにその時だ。

 全ての『魔王』が揃って何をするのかは分からない。しかし、人間側にとってろくでもないことは明確。

 できれば、それを阻止したいと賢老は思った。


「英知の勇者・セフィリアよ。其方そなたに一つ、お願いしたいことがあるのだが」

「なんなりとお申し付けください。賢老・ダルバ様」


 胸に手を当て、賢老――ダルバからの命令を聞いたセフィリアは、一度目を閉じたあと、ゆっくりと瞼を開いて、


「承知いたしました」


 それが必然とでも言うように、凛々しく返答した。

 それから賢老たちに一礼したセフィリアは、凛然とした表情を崩さぬまま部屋を退室した。


「……ふぅ」


 パタン、と小さな音を聞き届けたダルバは、他の賢老たちと同様わずかに肩の力を抜く。


「これは単なる偶然か、あるいは必然か」


 セフィリアから渡された資料。それに目を落として、ダルバはぽつりと呟いた。

『魔王』・ミィリス。何故か、その名がダルバの胸を無性にざわつかせる。

 不意に窓辺から見た群青には、少しずつ、ゆっくりと暗雲が浸食を始めていた。

 それはまるで、嵐の前ぶりかのように。


『魔王』・ミィリス

 人間に絶望し、人間を辞めて魔物に転生した少女。

 皮肉にも彼女の誕生が、バルハラという惑星の運命を大きく変えることになる。

 それは世界の均衡か。或いは魔物の繁栄か。また、或いは人類の絶滅か。

 神すらも知らぬバルハラの未来が、静かに、しかし大きく動き出した――。


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