第45話 『 『魔王』始めました 』
本日はお日柄もよく、行楽に出向くにはうってつけの日だった。
「ん~! 美味しい! この甘味とほどよい酸味。とても自然の中で実った果実とは思えない味だわ」
「ですよね、ですよね! こんな野生の環境下でこんなに美味しいリリンの実を食べられるのはノズワースだけだと思います!」
勇者討伐から数日後。私は以前〝給仕係と打ち解けよう作戦〟で二人と約束していた狩り……だとちょっと野蛮な感じがするのでピクニックとでも言っておきましょうか。それに赴いていた。
冒険者や勇者がいるのに安易にピクニックして危険なのでは? と思うかもしれないが、幸いなことにこの数日は勇者や冒険者の姿は見ていない。戦いの後に聞いた話だが、私が倒した勇者・ゼファードはかなりの実力者だったようだ。
そんな相手を殺してしまったから、ギルドや彼の仲間からの報復を懸念して警備を強化していたのだが、どうやら私の思惑とは真逆で、冒険者たちはノズワース……というよりリドラ大森林に姿を現さなくなった。
おそらく、逃した冒険者三名がギルド側に報告でもしたのだろう。ノズワースに『
その二つの事実が、冒険者たちを魔物狩りから足を遠ざけさせたのだろう。危険にずけずけと足を突っ込むバカどもではあるが、明らかに危険度が跳ね上がったうえに対して成果や目ぼしいお宝もない森に冒険に出るほど愚者ではないようだ。こちらとしては僥倖でしかない。
そんな訳で私が統治する魔境・ノズワースに安泰が訪れたので、こうして楽しいピクニックが実現しているわけだ。
そして今は、トワネットが以前言っていた『リリンの実』を実食している最中である。
「もう、トワネット。アナタ食べすぎじゃない?」
「はむはむ……だって食べるの久々らんらもん」
「しっかり咀嚼し終えてから話なさい」
トワネットの方が城に仕えたのは早かったと聞くが、シャルワールの方がしっかりしているせいか立場が逆転して見える。
私はもう一口追加で口に運びながら、微笑ましい二人の会話を聞く。
「だって食べるのすごい久々なんだもん。私たちは外出する機会少ないし、休日があってもリリンの実を食べるだけに半日も歩く気はしないし。だからその分いっぱい食べておこうと思って」
「そんなにばくばく食べてたら給仕服が入らなくなるんじゃない?」
「そんなすぐ太りません~。というか、食べる量だったらシャルワールの方が多いでしょ!」
「んなっ⁉ 私はいいのよ! 誰かさんと違って間食は制限してるし、すぐ肥える体質じゃないから!」
「むきー!
「はぁ⁉ アナタとメルルア様が同じ訳ないでしょ! 種族が同じでも性格も気品もスタイルも全然違うわ!」
「むきー!」
「ガルル!」
微笑ましいですなぁ。しゃくしゃく。
喧嘩と言えば喧嘩だが、見ている私としては姉妹の喧嘩のようでとても和む。ずっと一人っ子だったからか、二人の距離感を羨ましいと感じた。
まぁ、隣でこの喧嘩を眺めているリズはそうでもないようだけど。
リズは「ミィリス様の前でなんてはしたない」とでも言いたげに額に手を当てて嘆いていた。
「申し訳ございませんミィリス様。給仕係ともあろう者たちがあのような粗末を」
「いいじゃないべつに。私はこっちの方が好きよ。静かよりも賑やかな方が楽しいもん」
「ミィリス様がそう仰るのなら……しかし、あれは賑やかというより、どちらかと言えば喧噪の方が正しいかと思うですが」
「ま、まぁ喧嘩できる相手がいるっていうのはいいことよ! うん! それにこうも言うじゃない。喧嘩するほど仲がいいって」
「……喧嘩するほど仲がいい、ですか」
どうやらこちらの世界ではそのことわざはないようで、私の言葉にリズは目を瞬かせると喧嘩真っ最中のトワネットとシャルワールの方へ視線を移した。
私よりも彼女たちと過ごしてきた時間が長いリズは、頭の中で思い出を辿ると、
「――ふふ。そうですね。喧嘩するほど仲がいい二人です」
そう慈しむように双眸を褒めながら微笑んだのだった。
****
さてお次はシャルワールの好物の『イボブタの丸焼き』を食べる為に、イボブタの捜索。
私の『センリガン』を使えばすぐに見つけることもできるけど、それだとつまらない。せっかくのピクニックなので、私は自力でイボブタとやらを探す。
きょろきょろと周囲を見渡しているよ、突然シャルワールが「あっ!」と大声を上げた。
「見てくださいミィリス様! あれがイボブタです!」
「およっ。どれどれ……あー、本当にブタね」
シャルワールが指さす方角に視線を向ければ、ブタとほぼ同じシルエットをした魔物を見つけた。
鳴き声もブヒブヒ、なので、もはやただのブタだった。
ただ私の記憶に深く残っているピンク色の皮膚ではなく、焦げ茶色の皮膚をしていた。たぶん、環境に合わせてあんな体色になっているのだろう。いわゆる保護色というやつだ。
そしてもう一点、私の知るブタと異なっていたのは、体の一部にイボみたいな腫れがあった。
キノコを食べているイボブタを四人で木に隠れながら観察していると、シャルワールがイボブタについて説明してくれた。
「イボブタはどこの地域にも生息している魔物でございまして、環境下によって皮膚の色が変わるんですよ。ノズワースではあの色ですが、雪原地帯だと白いイボブタがいるそうなんです」
「ほほぉ。イボブタについてやたら詳しいわね」
「シャルワールは魔物の知識が豊富なんです。……ま私には及びませんが」
と部下に対してマウントを取ってくる嫌な上司ことリズ。
リズに視線で『お黙り』と釘を刺しつつ、私はシャルワールの説明に耳を傾ける。
「イボブタの特徴はなんといってもあのコブみたいなイボです。あそこには栄養が詰まっていて、そのイボが小さければ小さいほど濃厚な肉が取れるんです」
「へぇ。てっきり大きければ大きいほどいいものかと思ってた」
「いいえ、ミィリス様。それは素人。浅薄というものです。小さいイボにはそれだけ栄養が詰まっているということなんです。特に子イボブタは【成体】になるために莫大な栄養が必要になりますから、イボにはその分の栄養が蓄積されるんです」
シャルワールの説明を聞いた私は、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。私だけじゃない、トワネットも、リズも、音が聞こえるほど生唾を飲み込んだ。
今、私たちの目の前にいるのはシャルワールが説明してくれたイボブタが……それも栄養がたーっぷり詰まっていそうな子イボブタちゃんがいる。
私は無意識に零れる涎を拭きもせず、シャルワールに説明の先を促した。
「シャルワール。つまり、どういうことかというと……」
「つまり、どういうことかいうと……あの子イボブタはまさに上物! 極上のお肉を持って歩く宝石箱なのです!」
「イボブタ狩りじゃあああああああああ!」
カッと目を見開いてシャルワールが告げたとほぼ同時、私は奇声とともに子イボブタに襲い掛かった。
『魔王』の私に子イボブタ如きが勝てるはずもなく、一瞬で狩りは終わった。
いきなり木の陰から出てきた私に驚いた子イボブタだったが、気付いた時にはもう遅かった。慌てて逃げようとする頭に一撃を叩き込み、よろけたところを『クモイト』を使って捕獲。
狩人すら目を剥く早業に、リズたちが「おぉ」と声を上げて拍手していた。
「ミィリス様の食に対する執念は凄まじいですね」
「きっと極上のお肉が食べられますよ!」
「ミィリス様カッコいい!」
と三者三様のコメントをいただきつつ、私はドヤ顔で三人に手を振る。
と、そんな私の背後で不意に、ドスン、ドスンと大きな足音が聞こえてきた。
「ミィリス様!」
「ふにゃ?」
振り返るよりも早くリズが危険を察知して叫んだ。シャルワールとトワネットも声にもならない叫びを上げていて、私はなんとなく、それが何なのか察しながら背後に振り返る。
「……子がいるんだから、親がいるのは当たり前といえば当たり前よね」
振り返った正面。そこには、子どもを捕まえられて怒りに狂う親のイボブタがいた。
全長三メートルはあろう巨体。岩の塊を想起させる親イボブタは鼻息を荒く立てて、今にも突進しようと右足を動かしている。
「わざと『センリガン』を発動してなかったから薄々としか気付かなかったけど、しかし想像以上に大きいわね。シャルワール! この親のイボブタも美味しいの?」
「え⁉ は、はい! 子には劣りますが、そちらも上質な肉を蓄えていると思います!」
よし。
「ミィリス様、まさかそれを捕まえる気ですか⁉」
慌てて木影に隠れたシャルワールが目を白黒させて問いかけてきた。
「当たり前じゃない。美味しいお肉が自分から現れてくれたんだもの。捕まえなきゃ損。そうだ。アナタは
常人であれば逃げの一択。しかし、私は眼前の巨躯に対して舌を舐めずさった。せっかくなら何匹か狩って各種族の集落に差し入れとして持っていこう、と。
私の膨れ上がる殺意、ではなく食力に、イボブタが前足で地面を蹴る。
「ブフォオオオオオオ!」
怒れる親イボブタが雄叫び、突貫する。
それを、私は悠然と佇みながら――
「掛かって来なさい。魔王・ミィリス。そう簡単にやられる『魔王』じゃないわ」
ノズワースを統べる『魔王』として、威風堂々とそう宣言したのだった。
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