第44話 『 強奪――ゴウダツ 』


 ミィリスが『センリガン』を発動しながらリズの下へ駆けつけたのは、およそ十分後だった。


「ミィリス様!」

「そっちはどう?」


 リズは主君の到着に勇者に勝利したのだと確信し、歓喜の色を瞳に宿す。

 しかしリズはすぐに視線を落とすと、


「申し訳ございません。生け捕りにできたのは二名だけでした」


 リズは体を半歩分ずらすと、その奥で竜蜥蜴族リザードマンとゴブリンに捕縛されている男二人がいた。幸の薄い顔をした二人――ベンドとガウセンだった。

 服も所々破けているのは、彼らなりに精一杯リズたちに抵抗した証なのだろう。


「残りは逃げられた、というより逃がされたか……こちらの負傷者は?」

「負傷している者はいません。皆、健在でございます」

「ん。皆が無事で二人捕まえただけでも十分よ。じゃ、ちゃっちゃと始めちゃいましょうか」

「何をなされるのですか?」

「お食事の時間をね」


 眉尻を下げるリズの疑問に舌を舐めず去りながら答えれば、彼女は無理解を示すように頭に疑問符を浮かべた。そんなリズの横を通り過ぎ、ミィリスは生け捕りにした二人の前に屈んだ。


「……ゼファ、ドさん……は」


 一人の男が虚ろ気な目を向けながら問いかけてきて、それにミィリスは淡泊に返す。


「殺したわよ」

「――――」


 ミィリスが此処にいる時点で、すでに察しはついていたのだろう。それでもわずかな可能性に縋り、男はミィリスに聞いた。それを、慈悲なく砕く。

 幻想を魅せて殺してもよかったが、最期まで勇者であった者の意思に敬意を払って男たちに現実をみせた。

 現実はどこまでも無情だが、幻想を見たまま死ぬのは惨めだと思うから。だからせめて殺すときは現実をみせてから――なんて想いはただ自分の殺戮を肯定したいだけか。


「貴方たちもすぐにあの男の下に送ってあげるわ」


 胸裏に渦巻く様々な感情。しかし今はそれを押し殺して、やるべきことに集中する。

 ゆらりと伸びた手が、生け捕りにした二人の男の心臓部分で止まった。

 男たちは既に自らの最期を悟ったような顔をしていて、抵抗をみせることはなかった。


「――ゴウダツ」


 発動と同時、男たちの魔力がミィリスへと吸われていく。


 ミィリスがリズに冒険者たちを生け捕りにしろと命令したのは、『ゴウダツ』で魔力を徴収する為だった。本来であればゼファードも『ゴウダツ』の餌食になっていたが、既に彼の亡骸は灰と化してしまってこの世界にはない。

『ゴウダツ』の発動条件は対象に触れなければならない。それはミィリスも理解しているが、『ゴウダツ』の真の能力を彼女はまだ知らなかった。


 相手の魔力を奪い、己のものとする魔法――『ゴウダツ』


その能力は、触れた対象の魔力とスキルを奪う。ミィリスは『ゴウダツ』の効果を相手の残り魔力を奪う力と勘違いしているが、しかしこれは間違いである。


『ゴウダツ』は、対象者の魔力を全て奪う。残量ではなく、全て、だ。つまり、対象者の残り魔力が【100―50=50】だったとしても、絶対的に【100】を回収する。魔力が0になったところで生命が死ぬことはないが、『ゴウダツ』の対象者は魔力残量が0になっても徴収が続けられる。そうして魔力を搾り取られる状態が続くことで、生命力まで徴収されてしまう。その結果『ゴウダツ』の対象者は確実に絶命するのだ。


 端的にいえば、命という雫が最後の一滴まで、そしてその一滴すら絞り取られるから生命エネルギーが枯渇し死に至る。


 これが、ミィリスの『強奪』。人間に全てを奪われた少女が獲得した、全てを奪うスキルだった。


「――ふぅ」


『ゴウダツ』の発動が終了し、ミィリスは深く息を吐く。消費した魔力が回復されただけでなく、上限まで上がったが、後者の実感はあまりなかった。


「なんと、素晴らしいお力だ」


 ミィリスの『ゴウダツ』が行われる現場を静かに見守っていたリズは、感嘆に打ち震えていた。

 ただでさえ底知れぬ魔力を持つ主君が、さらに魔力を得たのだ。その奈落よりも深く、満たしても満たされぬ器量に、リズはミィリスこそが世界を統べる『魔王』であると確信する。

 これこそが『魔王』。絶対的にして、唯一無二の存在。

 その者の隣に立っている、という実感に、リズは言い知れぬ幸福感を覚えた。


「――さ、リズ。お城に帰りましょうか」

「はい。ミィリス様」


 快感に打ち震えているリズ。その鼓膜に、主君の声音が響く。

 流麗に立ち上がり、ドレスを靡かせて歩き出すミィリス。リズは胸に手を当て敬礼したあと、主君に続くように歩き始めた。


 ――この数日後。風の勇者・ゼファードが死去した噂と、ノズワースに新たなる『魔王』が君臨した事実を、全世界が知ることとなった。

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