第42話 『 決意と殺意 』
「ハァ!」
放たれた刃の暴風が配下を吹き飛ばし、そのまま風を纏いながらミィリスへと突貫してくる。
「ミィリス様!」
「動かないでリズ! ――ヒョウヘキ」
振り下ろされる剣撃に身代わりになろうとした足を上げたリズを制止させて、ミィリスは迫りくる獰猛な生物に対し冷静に対処した。
ミィリスの声音に応じ、不可視の力が空中で凝縮されていく。瞬く間に形成されたそれは、まるで氷の華を連想とさせた。
美しく、透明の氷華。それはミィリスが独自に編み出した魔法だった。
氷系魔法『グライス』を防御に特化させた、さしずめ防御形態の氷魔法といったところか。華型になったのは偶然だが、美しい見た目に反してミィリスの打撃を耐えるほどの硬度を備えている。
まさしく〝氷壁〟と呼ぶに相応しい氷の盾は、ミィリスを一刀両断せんとする一撃を見事に受けきってみせた――しかし、
「フン!」
「チッ。ごり押し野郎かよ」
一度は防がれた攻撃。しかしゼフォードは剣を引くことなくさらに押し込む。常人を遥かに超えた筋肉の塊は壁を少しずつ、しかし確実に剥ぎ、ついに砕いた。
パリィィィン、と甲高い壊音が鳴り、『ヒョウヘキ』が破られる。
「風の魔法を使ったからてっきりスピード重視のおっさんなのかと思ったけど……まさかパワータイプだったとはね」
「何事も鍛えれば凡庸に勝る。全て鍛える越したことはないだろう」
「素晴らしい思想だこと。でもその考え、理知的にみえてかなり脳筋よ」
既にゼファードの射程範囲から離脱していたミィリスは、赤瞳を鋭く細めて対峙する勇者を睨む。ゼファードもまた、相まみえた『魔王』に対し殺意を宿した目を向けた。
「遅くなってすまない」
「ゼファードさん。……どうしてここに」
ミィリスに警戒心を向けつつ、ゼファードはギルラたちに向かって此処へ着いた経緯を明かした。
「冒険者たちがノズワースに入っているという情報を聞きつけてな。そいつらに注意しようと来てみたら嫌な予感がしてな。それで散策していたら……まさかこんな恐ろしいやつと出くわしているとはな」
「ごめんなさい。俺……俺」
涙ぐんだ声で謝罪しようとするギルラだったが、ゼファードは首を横に振った。
「反省も謝罪も今は後回しだ。今は、あの化け物からどう逃げるかだけかを考えろ」
「……はい」
ギルラの罪悪感も分かる。が、今はそれに応じている余裕はなかった。ミィリスは様子見しているが、いつ再び動き出すかは分からない。
一瞬たりとも警戒を緩められぬ緊迫感の中、ゼファードはギルラに眼前に集中するよう叱責した。それに、ギルラも弱々しく頷く。
叱責を受け、ギルラも前を向く。だがしかし、相手がそう簡単に見逃してくれるようなやつではないということは、もはや言うまでもなかった。
『魔王』から放たれる
その事実に再び恐怖に震えるギルラを背中に庇いつつ、ゼファードはミィリスに意識を注ぐ。
「貴殿に一つ問いたい」
「なに?」
「貴殿が、この魔境・ノズワースに新たに生まれた『魔王』か?」
ミィリスは考え込むような仕草のあと、一拍置いて、
「えぇそうよ。私がこの魔境・ノズワースの『魔王』」
「名は……」
「教えるもんですか」
名まで教える気はないと頬を膨らませたミィリスに、ゼファードは「そうか」と短く息を吐く。
それから構えた剣を握り直すゼファードに、ミィリスも臨戦態勢と腰を低くした。
「この場の誰も逃がさない。お前たち全員ここで殺すわ」
「そうはさせない。ユーリス。システィン。……俺が言いたいことは、判っているな」
「「――っ! ……分かりました」」
ゼファードに名を呼ばれ、金色の目が何かを訴えるように見つめてきた。数秒かけて二人はゼファードの意図を理解すると、彼の雄姿に応えるようにこれまでで最も深く顎を引いた。
「退路はわずかに開けている。お前たち五人で、一気にこの戦線を離脱しろ」
「――は?」
ゼファードの言葉に無理解を示すよう呆けた声を漏らしたのは、ギルラだった。
「な、なに言ってんだよゼファードさん。ここいる全員で戦えば、『魔王』にだって勝てるはずだろ……」
「冷静になってよく見ろ。あれは、俺たちの手でどうにかできる相手じゃない」
「……そんなっ」
ゼファードの悲観ともいえる物言いに、ギルラは二の句も告げず呆ける。
勇者の中でも歴戦の猛者といえるゼファード。その彼がそういうのだから、冒険者であるギルラたちでは加勢はおろか足手まといにしかならないだろう。故に、ゼファードは少しでも生存確率を上げる為に、自らがミィリスの相手――囮役となることを決意した。
既に覚悟を決めているゼファード。その意思を尊重する為に、ユーリスとシスティンはギルラの腕を引く。
「行くぞ、ギルラ」
「ふざけんな! ゼファードさんを一人残して逃げろってのかよ!」
「あぁそうだ」
「――っ! お前らがなんと言おうと、俺はここに残ってゼファードさんと一緒に戦う。足手まといかもしんねぇけどせめて肉盾くらいにはなれ……」
「ギルラ!」
なれる、そう言おうとした言葉はゼファードの怒号にも似た叫びで遮られた。
硬直するギルラに、ゼファードはただただ静かな声音で諭した。
「自分たちのすべきことを、今なすべきことを理解するんだ」
「だからここでゼファードさんと……」
「お前たちのすべきことは俺を加勢することじゃない。ノズワースに再び『魔王』が君臨したことを、ギルドに報告することがお前たちが最優先にすべきことだ。それが、今のお前たちに課せられた
それはまるで我が子に言い聞かせるように、静かに、けれど確固たる意志を以て紡がれた想いだった。
大きな背中。それが今は、さらに大きく見えて。
「お前たち若者こそ、これからの時代に必要となる次の人類の希望だ。あれを討つ為にすべきことを考えろ。ギルラ」
「――っ」
「なに、俺が負けるとも限らんだろ」
ゼファードは小さく笑いながら軽口を叩く。
ギルラは、それに強く奥歯を噛んだ。あらゆる激情を押し殺して、勇者に向かって叫んだ。
「……なら、なら必ず勝って、戻って来てくれよ! 俺たち、先に行って、ゼファードさんのこと、待ってるから!」
「ふっ。……あぁ、必ず帰る。その時は朝まで叱ってやるから、覚悟しておけよ」
「あぁ。ああ! 絶対に待ってるからな!」
それが果たせぬ約束だと分かっていても、ゼファードは誓った。今すぐにでも、彼らをここから離脱するために。
ようやくギルラも覚悟を決めて、ユーリスとシスティンと共に戦線離脱を決意する。
しかし、そんなことをミィリスが許容するはずもなく、
「リズ。誰一人逃がさないで」
「もとよりそのつもりでございます。忌まわしき人間どもは一人残らず、駆逐してやりましょう」
「いいわね気合十分」
リズの気合を見届けるや否やミィリスは地面を爆ぜた。弾丸のように跳躍し、まずは一人と爪を鋭利に立ててその命を狩ろうと――
「そうはさせない!」
「――ッ。やっぱり貴方が私の相手になるわよね!」
ミィリスの移動速度を難なく捉えたゼファードが、行く手を阻むように剣を振り下ろす。ミィリスは慌てて突貫を止めると、振りかざされた一閃を顔面すれすれで回避し、そのまま後退した。
その間にも、彼の背中に隠れていた冒険者たちが先のゼファードの攻撃によって開けたわずかな退路に向かって走り出していた。
「リズ! 貴方は動ける子たちと一緒に逃げた冒険者たちを捕えなさい。できれば生け捕りでお願いしたいけど、無理なら殺して構わないわ」
「承知しました。ミィリス様は……」
「私はこの勇者と遊んでからにするわ」
「ハッ。ではミィリス様。どうかご武運を」
「リズもね。期待してるわよ」
「――ッ! ミィリス様の期待、必ずや応えてみせます」
主と配下、共にすべきことに尽力を注ぎ、行動に移る。
「貴様も行かせはしない!」
それを阻むべくゼファードがリズの妨害を図るも、
「そうはさせないわ」
「――くッ!」
先の意趣返しかのように、ミィリスはリズを妨害せんとするゼファードに向かい足蹴りを放つ。それを剣で受けられたが、ミィリスは後退することなく力を押し込んだ。
力と力の押し合い。鍔迫り合いとなった隙を乗じて、リズとその他の配下たちが逃げた冒険者たちを追って消えた。
「これで一対一。図らずも、貴方の望み通りの状況になったわけね」
「それでもないさ。俺が本当に望んでいたのは、貴様ら全員を相手することだったからな」
「あはは。威勢だけは立派ね。……二人きりになったことだし、いいわ。教えてあげる」
「何をだ?」
「私の名をよ」
それは先ほど、ミィリスがゼファードに尋ねられて意図的に伏せていた返答だ。
ミィリスとて人間嫌いではあるが礼儀は忘れていない。彼の勇敢さに敬意を表して、自らの名を名乗ることにした。
それにゼファードはわずかに瞳を見開いたあと、剣を構えながら静かに待った。
「私の名はミィリス。先代魔王・アシュトの子にして現ノズワースの『魔王』」
「――我の名はゼファード・ダルバ。リシュタルの勇者」
互いに名乗り。そして――
「推して参る!」
「ぶっ殺してあげるわ」
決意と殺意。剣と魔法が大気を震撼させた。
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