第41話 『 遅れて駆け付けた暴風の化身 』


 そして場面は再びミィリスとギルラたち冒険者たちの邂逅へと戻る。


「――なんだよ、あれ」


 樹上からこちらを見下ろしてくるミィリス。彼女から放たれる〝重圧プレッシャー〟に、ギルラたちは戦慄を覚えた。


「人生最期の狩りは楽しかったかしら?」

「何者だ、貴様は!」


 ミィリスの問いかけには応じず、ギルラやシスティンを庇うように前に出たユーリスが憮然として声を上げた。彼もギルラたちと同様に恐怖を感じているはずなのに、それを押し殺して、眼前の強敵に対し強い眦を向ける様にギルラは不覚にも敬服を覚えた。

 しかし、ユーリスの問いかけに、ミィリスは横髪を指でいじりながら退屈そうに答える。


「さぁ誰でしょうか。問わずとも、もう分かってるんじゃないの?」

「……っ」


 挑発するように返答し、ミィリスは頬を固くするユーリスを嘲るようにくすくすと笑う。

 ミィリスを認識した瞬間にユーリスは腰に構える剣に手を乗せていた。なかなかに慧眼の持ち主だと一度感嘆としかけたが、意図的に放出している魔力を見ればミィリスが只者ではないということは即座に気付くだろうと感嘆を引っ込めた。


「……貴様、ノズワースの『魔王』か?」

「はいそうです、って答えたらどうする? 戦うの?」


 試すような問いかけ、それにユーリスは仲間を一瞥して葛藤をみせた。


「貴方たちが戦って勝てる相手かどうか、試すくらいは付き合ってあげるけど、生憎と私忙しいの。まだ他にも冒険者がいるみたいだし、それも退治しにいかないといけないから」

「――ッ! ……シグレを、他の冒険者を殺したのはお前か⁉」

「シグレって奴は知らないけど。そうよ、貴方の同僚を殺したのは私よ」


 悪びれもなく殺害を認めたミィリス。それにギルラは犬歯を剥きだし、ユーリスとシスティンは息を飲み、ガウセンとベンドは恐怖した。

 三者三様の表情をみせる冒険者たちを見下ろしながら、ミィリスは「よっ」と木枝に腰を下ろして足をぱたぱたさせた。


「先に仕掛けてきたのは貴方たちでしょ。なのに何故怒るの? 散々好き勝手やって魔物を殺してきたのに、いざ自分たちが狩られる立場に逆転した途端理不尽だと憤るの? そんなのはお前たちの勝手で、こちらはただ防衛しているだけよ。正当防衛というやつね」


 木枝に足を掛け、朱髪が垂れる。まるで遊ぶように宙をぶらぶらと揺れながらも自分たちの行動理念を説くミィリス。それに反発したのはギルラだった。


「ふざっけんな! お前たち魔物が世界を荒らしてるんだろ! 好き勝手やらせれば人が死ぬ! 人が傷つく!」

「だから自分たちは人を守る為に魔物を殺しますって? あははっ。笑わせないでよ、アナタ、そんな大層な行動理念で動いてる人間? とてもそうは見えないけど」

「――っ!」


 ミィリスはギルラの一瞬の動揺を見逃さなかった。

 反転した視界の中で、ミィリスは双眸を細めると唐突に指を伸ばした。その伸ばした指の先にあるものは――、


「なら貴方に質問するけど……世界を守る為に、人を守る為に、その子たちを殺す必要があったの?」

「その子たちって……ぁ」


 ミィリスの指が差した先にあったもの。それは、狩猟網に積まれていた魔物たちの死骸だった。

 その死骸を見て、ギルラは声を失う。


「ダツラビットは非情に臆病な性格で決して人間は襲わない。ヴェノムスネークは毒が危険だけど獲物を捕食するのは月に数度ほど。ジャンプスパイダーは普段は木の上で生活していて、好戦的な生き物ではない……どれも人間に害を及ぼす子たちではないのに、それを貴方たちは危険な魔物だと認識しているの?」

「――くっ」


 静かに怒りをはらんだ追求に、ギルラたちは何も言えず視線を彷徨わせる。

 ミィリスはそれを決して逃がしはしない。


「そう。それが答え。お前たちはただ、自分たちの私利私欲の為に生き物を殺してるだけ。それを正義だと嘯いて自分たちの行為が正しいと思い込んでるだけの、ただの愚者」

「ちがっ――」

「何も違わない。何も間違いではない。平然と命を奪っておいて、命を玩具のように扱っておいて、言い訳など許すはずがないでしょ。命への冒涜は命の冒涜でお返しするわ」


 反論する猶予すら与えず、ミィリスは一方的に感情をぶつけ、話を終わらせる。否、最初からギルラたちと会話をするつもりはなかった。

 ならばなぜ、数分間だけ彼らに付き合っていたかといえば、それは……、


「お待たせしました。ミィリス様」

「あ、もー。待ちくたびれたわよリズ」

「到着が遅れ申し訳ございません」

「ううん。私もかっ飛ばしすぎちゃったし気にしてない。むしろ想定した時間より早く来てくれてビックリしてるわ」

「お褒めにあずかり光栄でございます。しかし、自分の鈍足が憎いばかりです」

「真面目ねぇ。でもあまり自分を卑下しちゃだめよ。リズは十分私に尽くしてくれてるんだから」

「ふふっ。これからも、生涯を掛けてミィリス様に尽くす所存です」

「……忠誠心が激重」


 茂みの奥から遅れてミィリスの下へと駆け付けた配下――リズ。彼女は主君であるミィリスに敬礼をしたのち、ギルラたちを睨んだ。


「野蛮な連中どもめ。一人残らず駆逐してやる」

「魔王直属配下リズ! ……となるとやはり、あの朱髪は『魔王』なのか」


 皮肉にもリズの登場がミィリスの存在を『魔王』だと肯定させる材料となり、ユーリスはいよいよもって自分たちが置かれている現状の深刻さに奥歯を噛む。

 この状況を打開できる手立ては……残念ながらないと、数秒で答えに達したユーリスは、


「……システィン、俺がどうにか時間を稼ぐ。その間にギルラたちと逃げろ」

「ッ⁉ ダメよユーリス! 貴方を囮にして逃げるなんてできない! 私たちはパーティーでしょ。なら一緒に……」


 眼下、そんなやり取りが聞こえて、ミィリスは「なんだこのお決まりの展開は」と舌を打つ。

 誰かが一人、身代わりとなって他を逃がそうという算段なのだろう。その囮役がユーリス……ミィリスは名前など知らないから心の中で『爽やか好青年くん』と勝手に名付けているが、どうやら彼が囮役を引き受けようとしているらしい。

 仲間を逃がす為に犠牲になる主人公とそれを必死に止めるヒロインみたいなお約束の展開が始まってしまったが、ミィリスがそれを予期していないはずもなく、


「あー、囮役くんには申し訳ないんだけど、それ無意味だからー」

「なんだと?」

「実はもう既に……」

「お前たちの逃げ道など、とっくに塞がっているに決まっているだろう。貴様らは『魔王』様を見くびりすぎだ」

「むぅ。私が言おうとしたのに」


 言おうとした台詞をリズに取られてしまって、ミィリスは拗ねた風にぷくぅと頬を膨らませる。

 そんな拗ねている真っ最中のミィリスの下で、四方八方から茂みが揺れる音がした。

 ミィリスとリズの言葉。その意味に先に気付いたユーリスが、わずかにあった希望さえも撃ち砕かれたように顔を歪ませた。


「くそっ。囲まれた⁉」

「うそっ⁉」「マジかよ⁉」


 茂みの奥、全方位から姿を荒らした魔物たちに、ユーリスたちは愕然とする。

 リズがミィリスの下へと合流した時点で、既にユーリスたちは魔物たちに包囲されていたのだ。誰一人逃さぬ為に、ミィリスが事前に仕掛けていた罠。それに、ユーリスたちはまんまと嵌ってしまった。


「さぁ、処刑の時間よ――――なっ⁉」

「……ミィリス様⁉」


 樹上から降り、たおやかに着地したミィリスがユーリスたちに向かって宣言した――その直後だった。


「何か、ヤバそうなのが近づいてくる……っ⁉」


 発動していた『センリガン』に一つの気配を感じ取って、ミィリスは即座にそれがこちらに向かってきていることに気付く。

 尋常ではないほどに急接近したそれに、ミィリスの脳が警鐘を鳴らす。


「皆避けて!」


 そう叫んだのと同時――


「ソウハレツジン!」


 刃の暴風を吹き荒らしながら、勇者――ゼファードがギルラたちの下へと駆け付けた。


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