第39話 『 郷に入れば郷に従え 』

 

 忽然と消えた人の気配。しかし――


「みーつけた」


 私たち側の警備が強まれば、人間の行動は制限されるのは自明の理だろう。

 それに基づいて私は、意図的に警備を竜蜥蜴族リザードマン鬼族オーガといった集落のみに注力してみた。

 その効果が出たのは二日後の今日だった。

 それは抜け穴を見つけ嬉々とする者たちの戯れ。

 私の『センリガン』に引っ掛かったことなど彼らは知らず、命の冒涜を続けていた。


「おい見ろよ! バイコーンのペアだ! 角と毛皮売って、肉は昼飯にでもしようぜ!」

「ナイスアイディア! それじゃあ早速狩りに――」


 二頭のバイコーンを捉えた冒険者の二人組が、目の色を変えて鉈と剣を構えた。

 それを空中で確認した私は、木枝に足を着くと同時に腰を低くした。足に力を溜め、それを〝敵〟と認識した私はまるで獅子が獲物を狙うがごとく瞳孔を細くする。


「――――」


 呼気すらも置き去りにするほどに、私は跳躍した。

 私の肉体はまるで弾丸のように加速し、樹木の間を縫いながら最速で〝敵〟の背後を取る。

 一秒。遅れて私の存在にようやく・・・・気付いた冒険者たち。振り向いた彼らは突然この場に現れた私に驚愕しているようだった。まるで手品でも観たように驚愕する冒険者二人。そんな驚愕などお構いなく、私は殺意を放ちながら振り向いた二人の首を掴み、そして軽々と持ち上げた。


「ごきげんよう。人生最期の魔物狩りは楽しめたかしら?」

「……ぐ、ぎぃぃ」


 容易に成人男性、それも筋肉の塊みたいな男二人を容易に持ち上げる私。

 そんな事実も彼らの驚愕に加わっているのだろう。全ての出来事があまりに一瞬に起きているものだから、脳の情報処理が追い付かず目を白黒させている。

 ニコッ、と爽やかな笑みを浮かべながら問いかける私は、首を絞める手にさらに力を籠める。

 殺すのは容易い。けれど、どうせ殺すならたっぷり絶望というものを味わわせてから殺そう。


「……なん、なんだ……お、前はっ」

「この魔境の長ですが何か」

「――っ⁉」


 息をこぼしながらの問いかけに、私は素っ気なく答える。

 魔境の長、という単語で私がどういう存在か理解したのだろう。二人に動揺の色が強くなった。


「随分とまぁ好き勝手遊んでくれたようね。次の狙いはあのバイコーンだったのかしら。いいわよねバイコーン。あれのお肉食べたことあるけど、歯ごたえがあって甘味のある油が食欲をそそるのよ」


 私の手の中で必死に藻掻く冒険者たち。私の話を聞け、と握る手にぐっと力を籠める。

 こひゅぅ、とさらに肺に溜まった酸素がこぼれていく。顔も見事に真っ青だ。


「貴方たち冒険者なら、自分も狙われる立場だっていうのはちゃんと自覚してた? ねぇ、いつから〝狩る側〟だと思い込んでたの?」

「……ぐ、がァ」


 爽やかな笑みを浮かべ続ける私と対照的に、息継ぎを満足できず顔から血の気が引いていく冒険者たち。

 その気持ち分かるわよ。私も二回首を吊って自殺してるから。呼吸ができないって苦しいわよね。死にそうなのに、どうしてまだ生きてるのか不思議に思ってくるわよね。誰か助けてくれって思うわよね――その苦しみ絶望、少しは分かってもらえるかな。


「あはぁ」


 腕の中で目の光が失われていく冒険者を見て、私は思わず熱い吐息をこぼす。

 嗜虐心、というのだろうか。彼らの苦痛に歪む顔を見て、私は確かに興奮を覚えていた。


 ――なるほど。あの盗賊野郎どももこんな気持ちだったのか。


 私は冒険者たちの首を絞めたり緩めたりを交互に繰り返しながら、三度目の人生を述懐した。

 弱いくせにしゃしゃり出た私を、嘲笑って強姦した最低最悪の盗賊ども。そんな奴らの心情を理解するのは奴らと同レベルになった気がして甚だ不本意だが、しかしいざその立場になると愉快なものだ。

 弱いやつを虐めるのは案外楽しいんだな。


「私を虐めてたあのバカ共も、こういう気持ちだったのかしら」


 三度目の人生だけでなく四度目の苦痛の記憶まで思い出してしまって、私は憎悪が収まらず舌打ちした。


「……おね、がい……たすけ、て」

「あ? 助けてですって? 貴方を助けて私の何のメリットがあるのよ」


 精一杯、振り絞るように吐かれた懇願に、私は不機嫌そうに顔を顰めた。


「お前たちをここで見逃したらまた森の子たちが襲われるのは目に見えてる。それなのに何故お前たちを助ける必要性があるの?」

「しませ、ん! ……もう、二度と、ころし、ません……から」


 咽び泣くような命乞い。けれど、


「私、人間の言葉を信用するの止めてるの。どいつもこいつも嘘ばかり吐くから。上司てめぇがこれでいいつった案件次の日にボツしてんじゃねえよ殺すぞ! ……おっとごめんなさい。つい前の会社のストレスが爆発しちゃった」


 今となってはどうでもいい話なので割愛するけど、本当に脳みそがダチョウみたいな上司だったなー。

 思わず唾を吐き出してしまう粗相が出してしまいながらも、私は〝処刑〟を再開する。


「さて、もうお前たちを生かさないことは決定してるけど、どうやって死にたい? ご注文があれば承りますよ」

「いや、だ⁉ ……いや、だぁ!」

「ああちょっと暴れないでよ。ずっと腕伸ばしてるのも疲れるんだから」

「――ごぼぁ」


 ミシミシ、と黙らせるように手に力を入れれば、泡を吹くほどの苦鳴がこぼれる。

 力加減を調整しているから確実に死ぬことはないが、もはや死の間際にまで来ている冒険者たちは抵抗する力すらなくなっていた。


「ふむ、もう十分苦しんだかしら。なら最期は楽に……」


 殺してあげよう、と思った私の視界に、それは再び浮かび上がった。

 それは神様からの贈り物であり異世界に不慣れな私を手助けしてくれる管理システム。この世界では不可視のものを可視化させてくれる便利な私専用の【メニューバー】だ。

 それが以前、勇者を倒した時のように自動的に開いて私の選択を迫ってきた。


「ふーん。このスキルはつまり、私に負けた相手だけに使えるスキルってことね」


 開かれたメニューバー。空中に浮かぶ四角形のホログラムは、私にスキル『ゴウダツ』の発動を促してきた。


 このスキルは発動条件こそ制限されるが、しかし使用できればメリットの方が大きい。まだ一度しか使ったことはないけれど、たぶん対象者の魔力とスキルを全て奪うことができるスキルなのだろう。

 つまり、勝てば勝つほど強くなるという、ある種では最強と呼ぶに相応しいスキルだった。

 そしてこのスキルは、今の私が生きている世界を具現化しているものでもあった。


 魔物の世界というのは、弱肉強食。

 勝ったものが正義で、負けた奴が敗者。


 なんとも潔くて、小気味よく理不尽で、不思議と心地良い世界だ。

 ただただ私に理不尽だった前世とは大違い。


「だから、ね。お前たちもその作法に乗っ取って――私に食われろ」


 言下。ドスの利いた声でそう言い放ったのと同時、私はスキル『ゴウダツ』を発動する。

 発動と同時、冒険者たちは全身から生気が抜けていくように震えだす。既に絶叫を上げる気力はなかったのだろう。「あ……あぁ」というお粗末な断末魔が数十秒続く。

 彼らから抜き取られていく生気――魔力は、『ゴウダツ』の発動者である私の下へと注がれていく。全身が賦活するような感覚に耽りながら、私は腕の中で絶命していく冒険者たちを見届けた。


「――ふぅ」


 静かに、そして深く息を吐いて、私は脱力した。掴んでいた首を離せば、屈強な肉体が二つ、地面に鈍い音を立てながら重なるように落ちた。

 この死体は、家族を殺された魔物たちに任せよう。煮るなり焼くなり好きにさせて、少しでも恨みを晴らさせてあげたいと思った。

 人というのは、理不尽にものを奪う生き物だ。それが者であれ命であれ、同胞の尊厳であれ。

 だから私は、見下ろす死体に何の同情も一切湧くことはなかった。


「じゃあね。おバカな冒険者さん」


 冷たく怜悧な一瞥を最後に、私は魔王城へと帰還した。


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