第37話 『 死。悟って 』
――数日後。
「ヒャッハー!」
「オラヨット!」
「――ハッ!」
息の合った斬撃が魔物、ジャンプスパイダーの四肢を切り刻む。
人間よりも一回り大きな【成体】であったジャンプスパイダーだが、数の暴力には勝てずに脚を切られて機動力を失う。脚を切られ、その場で暴れることしかできなくなった所を最後の一刀が脳天を貫いた。
「――――キィィ」というか細い断末魔とともにジャンプスパイダーは身動き一つ取らなくなり、そのまま息絶えた。
「「ウェーイ!」」
見事大物を仕留めたガウセン、ベンド、そしてギルラは達成感を忘れぬうちにハイタッチ。
「最後の一撃ナイスう!」
「その前にお前らの連撃もよかったわ。おかげで楽に大物を狩れた」
額に滲んだ汗を拭いながら、ギルラはガウセンに親指を立てる。
ガウセンとベンドからのパーティー参加を承諾してから数日。ギルラは彼らとともにリドラ大森林の浅瀬なる地帯で魔物退治に勤しんでいた。
初めは『魔王』のことやゼファードの忠告、ユーリスとシスティンの本来組んでいるパーティに何も言わずに彼らと共に行動することに不安を抱えていたが、今はなんとも思わずこうして楽しく狩りをしていた。
安全地帯であれば全ての不満は杞憂、それに気づくのが遅すぎたと後悔するほどに、ここ数日の狩りは満喫していた。
溜まっていたストレスの発散になっている、というのもあるかもしれない。
「どうする? まだ昼だし、もう少し狩っていくか?」
「そうだな。今日の収穫はダツラビット四匹にヴェノムスネークの【成体】、それにジャンプスパイダーの【成体】と中々の収穫だが、狩るに越したことはねぇ」
「ギルラも絶好調みたいだしな!」
「言うな。自覚してる」
フサッ、と髪をかき上げながら自画自賛すれば、それを茶化すようにガウセンとベンドがゲラゲラと腹を抱えて笑う。そんな二人を見て、ギルラも盛大に笑った。
「つーかよ、やっぱ『魔王』が生まれたなんて噂、嘘なんじゃねえか。だって連日こんなに魔物狩ってんのに来やしねぇぞ」
「『魔王』はほとんど自分の城から出てこねえって話だぜ。自分の根城が荒らされる以外はどうでもいいだろ」
「じゃあもうちょいノズワースに近づいても問題ねぇんじゃねぇか?」
ギルラたちと同じ考えで動いている冒険者たちも多くいる為、そろそろ街近辺に生息する魔物の数が減ってきた。中にはもう奥地へ進んでも問題ないだろう、と自己判断してノズワースへ向かった冒険者もいる。
「……いや、流石にそれは愚策だと思うぞ。下手にノズワースに入って、ギルドに知られたらクエスト受注はおろか冒険者資格を停止されかねない」
現状、この浅瀬で狩りを続けるのが最も利口な選択だ。ここならばギルドの忠告は無視していないからいくらでも言い訳が効く。それに、仮に上位種が来てもここならば即座に街に引き返すことができる。
それに、これ以上ユーリスとシスティンに迷惑をかけたくなかった。
その罪悪感に似た感情が誤算ではあるがいい足枷となってくれて、ギルラに奥地へは進ませなかった。
「まぁ、俺らも死ぬのは御免だからな。下手に上位種と出くわしたら俺らじゃ確実に捻り潰される」
「俺たちにはまだドリームがあるからな! 金持ちになって、有名な冒険者になるってドリームがな!」
「そこは英雄じゃないのかよ」
二人がへっぴり腰でよかったと、ギルラは内心安堵する。
ガウセンとベンドは法の穴を突くのが好きだがそこから一歩踏み込むことはなく、引き際は理解していた。ある意味ではスリルを楽しんでいる、とも捉えられるが。
そんな二人ともう暫く付き合うことになりそうだ、と思っていると、こちらに近づいてくる二人組に気付いた。
それはギルラにとっては見慣れた人物で、ガウセンとベンドにとっては顔を合わせづらい二人だった。
「……楽しそうだな、ギルラ」
「――ユーリス」
ギルラに近づいてくる二人組は眼前で足を止めると、険しい表情を浮かべながらギルラを睨んでいた。
その青年、ユーリスの呼びかけに、ギルラは気まずそうに彼の名を呼んだ。
「ここ数日全く顔を見ないと思ったら、まさかガウセンたちと狩りに出ていたとはな」
「…………」
落胆したと、そう言いたげに視線を落とすユーリス。
「ギルドから、忠告が出ていただろう。ノズワースに近づくなと」
「近づいているがノズワースに入ってる訳じゃねえ」
「そんなのはただの屁理屈だ。いいから帰るぞ」
「――ハッ。勝手してるから連れ戻しに来たってか。お前は俺の保護者かよ」
心配しにわざわざ迎えに来てくれたはずなのに、口は自分の胸裏とは裏腹に悪態をつく。
それにいつもなら噛みつくシスティンだが、今日は何も言わず口を噤み、ギルラに不安げな双眸を向けていた。
「金がないなら俺たちが貸す。だから頼む。危険なことはしないでくれ」
「……っ」
先ほど悪態をつかれたというのに、ユーリスは怒ることもなければ呆れることもせず、そう懇願し頭を下げた。
その懇願を嬉しく思うのと同時、何故か無性に腹立たしくて。
「俺は、お前のそういうキザな部分が気に食わねえんだ」
「――――」
「リーダーだからっていつも澄ました顔してやがって。それがいつも気に食わなかった。なんでもそつなくこなせる天才のくせに、それ以上は踏み込もうとしないお前を見ていて不快でたまらなかった」
どうして今、自分は仲間を罵っているのだろうか。理解できず、けれど言葉はつらつらと勝手に吐き出されていく。
「俺は、危険な橋を渡ってでも早く勇者になりてぇんだ。ゼファードさんのようなかっけえ勇者に。なのにお前たちといたらいつまでも二の足を踏んでばかりで、一向に勇者に近づけねぇ」
「……罵りも、お前の不満も街に帰ったら全部聞く。お前がパーティを辞めたいというならそれで構わない。でも、今はここで言い争ってる場合じゃないんだ」
「――っ! だから俺はお前のその冷静な態度が気に食わないって……」
「帰って来てないんだ!」
「――っ⁉」
突然声を荒げたユーリスに、ギルラだけでなく後ろで様子を見守っていたガウセンたちまでもが肩を震わせた。
瞠目するギルラに、ユーリスは拳を握りしめながら告げた。
「一昨日から、数名の冒険者が街に帰って来ていないそうだ」
「――は?」
呆気取られるギルラに、ユーリスは神妙な顔つきで言った。
「彼らは皆、お前たちと同じように生活資金が底尽きて魔物狩りに出ていた者たちだ。ギルドの連中から聞いたよ。戻ってきていない者たちは皆、リドラ大森林の奥地、ノズワースへと足を踏み入れたそうだ」
「そんなの、ただ迷子になっただけじゃ……」
ユーリスの話を否定しようとして首を横に振れば、それまで沈黙していたシスティンがユーリスの言葉を継ぐように続けた。
「私たちはノズワースを熟知している冒険者でしょ。なのに、どうしてそんな人たちが迷子になって帰ってこれなくなってるの?」
「それは……」
システィンの言葉にギルラは反論できず狼狽した。
システィンの言う通り、自分たちはノズワースという魔境を熟知している。魔境にはどんな魔物が生息しているのか、どんな危険があるのか――それを理解している者たちが迷子になるのは、自分で口にしていて矛盾していると遅れて気が付いた。
「おそらく……いや確実に〝あの噂〟は現実になっている。だからすぐに帰るべきだ」
自分が罵倒されてなお、手放されてなおギルラに手を差し伸べるユーリス。
「さぁ、俺たちのギルドに戻ろう」
「――――」
散々悪態を吐かれたというに、ユーリスはまだ、ギルラを仲間だと手を差し伸べてくれた。
「帰ったら、今日はとことん、お前の悪口言ってやるからな」
「あぁ。構わない。お前の鬱憤も、不満も全部聞く。久々に、三人で酒を飲もう」
「チッ。わーったよ。今日の狩りはしまいにして、酒でも飲みに……」
差し出されたその手を、失いかけた友情が再び結ばれようとした――その刹那だった。
「――いたいた。獲物が五匹。やっぱりいた」
「「――――ッ⁉」」
嗤い声のようなものが、全員の頭の上から聞こえた。
全員はその声音の方へ一斉に顔を上げると、樹上からギルラたちを見下ろす『人』のような姿を捉えた。
捉えた、その瞬間。脳がこれ以上ないほど警鐘を響かせた。鳴らすという表現では足りず、何度も何度も、絶え間なく鐘を打ち付け続けている。
心臓がドクドクと騒ぎ出す。冷や汗が、止まらない。
それは、かつて味わったこともない、身の毛がよだつような〝恐怖〟だった。
「――ぁ」
大気を震わせるほどの絶対的な畏怖。内側から溢れだす魔力は禍々しさそのもので、感じ取っただけで全身が震えた。
立っていることが奇跡とも思えるほどに、呼吸さえも忘れて、ギルラたちは地上に降りたそれに目を見据える。
深紅の豪奢なドレスをふわりと靡かせながらそれは着地して、猛獣のように鋭くも宝石のように美しい
幼女のような体躯でありながら、しかしそれが放つ圧倒的な畏怖に、ギルラたちは瞬時に悟った。
「初めまして。そして、さようなら」
――あぁ、彼女が〝噂〟の『魔王』なのだと。
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