第36話 『 バカ二人からの勧誘 』
ゼファードと別れてその後。宿に戻ろうとしたギルラだったが……、
「おっ、ギルラじゃねえか!」
「……ガウセン」
今日はやたらと知り合いと遭遇するなと思いながら、こちらに向かって手を振る顎髭を生やした男、ガウセンの下へ寄った。
「なんだ、お前も暇つぶしに賭け事でもしにきたのか?」
「んな気分にゃならねえよ。ただでさえ今はクエスト受注不可だってのに」
「んだよ。いつもの威勢のよさはどこに行ったんだよ」
顔をしかめるギルラを挑発するように言ったのはガウセン――ではなく、彼とパーティーを組んでいるもう一人の男、ベンドだった。
彼らも同じギルドに所属しており、自分たちのパーティーがクエストを受注しない日にはたまにガウセンたちのパーティーのクエストを付き合ってるやるくらいには良好な関係だった。それに賭け事も一緒にやる仲、とも付け加えておこう。
「そんな毎日威勢よくしてたらいざって時に力が出ねえだろ」
「いざって時ってなんだよ。あれか、女を口説く時か?」
ベンドの軽口にガウセンは腹を抱えながらゲラゲラと下品に笑う。
こういう所は嫌い、と殴りたくなる拳をどうにか堪えながら、ギルラは彼らに言った。
「つーか、お前ら賭け事なんてしてる余裕あんのかよ?」
「あ? んなのある訳ねえから博打打ってるんだろ」
「盛大にバカだなお前ら」
自分たちのパーティではシスティンがそのバカをする歯止め役を担ってくれているが、彼らは二人組でおまけにバカ二人だから歯止めが効かない。
付き合ってられん、と背を向けて歩き出そうとした時、「まぁ待てよ」と両側から肩に腕を伸ばされて足を止められた。
「なんだバカ。付き合ってられるかバカ二人に。賭け事なんてしないぞ」
「お前も貯金が少ねぇからだろ?」
「……うぐ」
ギルラはその指摘に思わずうめく。
自分に貯金がないということを何故ガウセンとベンドが知っているかといえば、1+1の答えが2なのと同じくらい簡単な話だ。彼らの賭け事にいつも付き合わされるからである。否、付き合わされるから、ではなく自分から率先して賭け事に乗っていた。
「
「俺たちは止めろっつたのに、お前は「今日の俺は運がいい! 絶対勝てる!」とか言ってな」
「……うぐぐっ!」
他人の不幸話を必死に笑い堪えながら掘り返す二人。
そう、ギルラは
「だ――っ! 過去の事をいちいち掘り返すんじゃねえ! お前らは何が言いたいんだよ⁉」
遂に我慢の限界に達して、肩に乗る腕を乱暴に振り払いながら叫んだギルラ。
そんなギルラにガウセンとベンドは一度振り払われた腕をもう一度肩に乗せ、ゲヘヘ、と汚く笑いながら耳元でささやいた。
「今の俺たちには金がねぇ」
「お前らと一緒にすんな。あと数日は持つ」
「あと数日しか持たねえなら無いのと同じだ」
「……うぐ」
「そんな金なし冒険者に残された選択肢はなんだ?」
「日雇いのバイトくらいだろ」
「バカ野郎! そんなの冒険者でもなんでもねえだろ!」
いや割と日雇いで仕事をしている冒険者はいるぞ、とツッコもうとしたのだが、しかしそれは腹パンで遮られた。
「俺たちには金がない。……けど、装備ならある」
「――っ! ……まさかお前ら」
嫌な予感がして、慌てて腕を振り払おうとするも、けれどガッチリホールドされて逃げることはできなかった。
藻掻くように暴れるギルラに、ガウセンとベンドは怪しげに目を光らせると、こんな提案をしてきた。
「なぁギルラ。一狩り行かねえか?」
やはりかと、ギルラは嘆息する。
二人の提案は、つまりギルドからの受注ではなく自己討伐と呼ばれる狩りの提案だった。
それ自体は違法行為ではないので法律や厳罰を食らう事はない。街を出れば森で狩りをしながら生きている人間や亜人、獣人だっている。しかし、正規の方法ではないので報酬はないに等しい。
けれど、表もあれば裏がるのがこの世界だ。
正規の方法ではないから得られない報酬も、違法な手立てを使えば報酬を得ることができる。
その手法とは――闇市場だ。
ギルドに加入している冒険者たち。その中で活躍できず報酬を得ることができない者たちは、闇市場でのクエストを受注しているものも少なくない。
ガウセンとベンドはそれに該当する者たちだった。故に、彼らの生活は実質的に闇市場が支えていると言っても過言ではなかった。
念のために言っておくが、彼らは決して悪いやつらではないのだ。ただ、才能に恵まれず、それでも諦めきれず冒険者の道を選んだバカな二人。
「一応言っておくけど、お前ら、今ノズワースが侵入不可ってことは知ってるよな?」
「当たり前に決まってんだろ。大丈夫だって! 街の近辺であれば上位種は近づいてこない。近場で適当に狩りして、それを売るだけでも金になる!」
「言わんとしてることは分からなくもないが……」
要はリドラ大森林の浅瀬で狩りをしようという提案だ。それならばギルドの忠告を無視した訳ではないので処罰は下らない。というか、ほとんどの冒険者たちがまさに今、ガウセンたちがやろうとしていること、時既に始めている最中だった。
唯一、自分のパーティーのリーダー。ユーリスだけは「絶対止めろ」と言って動くことはしなかったが。
不快な顔が脳裏に過ってつい舌打ちしてしまったが、ガウセンとベンドは気にせず勧誘を続けていた。
「な! 久しぶりにパーティー組もうぜ?」
「……うーむ」
先のゼファードとの会話が、ギルラの胸中に逡巡を生む。
『魔王』が誕生したとなれば、リドラ大森林の浅瀬で狩りをするのも正直危険だ。未だに『魔王』とは対峙したこともなければお目にかかったことはないが、自分たちが敵う相手ではないというのは明白。危険を顧みてまで狩りに出たいとは思わない。
けれど、ガウセンとベンドの言い分もまた事実。どのみち、報告を待っているだけではいずれ金も底をつく。
結局、答えは最初から決まっていたかもしれない。
はぁ、とギルラは深くため息を吐くと、羨望の眼差しを向ける二人を交互に見てから、
「――分かった」
「「いよっしゃあ!」」
渋々と承諾したギルラに、ガウセンとベンドはハイタッチ。
そんなバカ二人の浮かれ様を肩を竦めながら、ギルラは「ま、なんとかなるか」と微苦笑を浮かべた。
――その軽はずみの自分の行動が、地獄の幕開けとも知らずに。
――――――
【人物紹介】
ギルラ ギルドに所属する冒険者の一人。ユーリス、システィンという冒険者とパーティーを組んでいる。好物は酒と肉。趣味は賭博。将来は勇者として活躍したいと野心を燃やす冒険者。
ユーリス ギルドに所属する冒険者の一人。ギルラ、システィンとパーティーを組んでおりリーダーを担当している。好物はミートパイ。趣味は鍛錬。物静かな性格だが、戦闘となると的確な指示を出し勝利に導くパーティーの司令塔。
システィン ギルドに所属する冒険者の一人。ユーリス、ギルラとパーティーを組んでいる。支援と回復魔法に優れ、パーティーでは後衛でギルラたちをサポートする。戦闘だけでなく、あまり仲良くない二人の繋ぎ役でもある。端的にはいえば損な立ち位置。だが本人は気に入っている模様。
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